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「あれ、鍵足りなくない?」
ホテルで部屋の鍵を受け取ると、カノンがそんな疑問を漏らした。
宇佐森さんが受け取った鍵は、二本。
玲たちは、三人でひとつの部屋を使うことになっている。
残った部屋はひとつ。人数は二人。確かにおかしい。このままでは、俺と宇佐森さんが同じ部屋で寝泊まりすることになってしまう。
「――――すっ、すいやせんでしたぁ!」
宇佐森さんが、深々と頭を下げる。
聞くところによると、マネージャーが泊まる部屋を、二人部屋で取ってしまったらしい。
相部屋がどうしても嫌というわけではないが、一応男女な訳だし、問題はあるだろう。フロントで他の部屋が空いていないか確認してみたが、しばらくは満室のようだ。
「……どうします? 俺と宇佐森さんで、ひと部屋使うしかないですかね?」
「そうですね……兄貴……じゃなくて、志藤さんさえ嫌じゃなければ」
「まあ、俺は別に」
というか、こういうことを嫌がるのって、普通女性のほうでは?
そんなふうに考えていると、何故か玲たちから、ジロッと睨まれた。
「そんなの、絶対ダメ」
「あり得ないわ」
「いくらなんでも許せないね。葵ちゃん? やっていいことと悪いことがあるんだよ?」
「ひっ……!」
三人から詰め寄られ、宇佐森さんが悲鳴を漏らす。
さっきまでの和気あいあいとした空気は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。
「まったく、間違いが起きてからじゃ遅いんだ。そこのところ、ちゃんと分かってるのかい?」
「ま、間違いとは……?」
「それはほら、あれだよ。……大人なら分かるんじゃないかな」
ミアの声が、徐々に小さくなる。
恥ずかしくなるくらいなら、無理して言わなきゃいいのに。
「とにかくダメなのよ! 若い男女が二人きりで寝泊まりなんて!」
母親かよ、こいつ。
「だ、大丈夫です! 私、年下には興味ないし!」
そう、俺はこの情報を知っていたからこそ、二人部屋であることに抵抗がないのだ。
「いや、ダメよ葵ちゃん。凛太郎はただの年下じゃないわ」
「そうそう。高校生にしては、ちょっと余裕がありすぎるよね」
「年下扱いしてると、きっと火傷する」
「ええ⁉」
三人から詰め寄られ、宇佐森さんが困った顔をする。
こいつら、俺をどうしたいのだ――――。
結局、他に名案も思いつかず、俺と宇佐森さんが相部屋で過ごすことになった。
何か言いたげな玲たちを部屋に押し込み、ようやく静かな時間がやってくる。
部屋のベッドに腰かけると、一瞬にして眠気が襲ってきた。移動の時間が長かったためか、思った以上に体が疲れている。
――――いかんいかん。
頬を叩いて、眠気を吹き飛ばす。
あくまで、仕事で来ているのだ。やるべきことをやらないまま、寝落ちするわけにはいかない。
冷蔵庫を開けると、そこには市場で買った魚介類が入っていた。
届いてすぐ、ホテルの人がしまってくれたらしい。
こいつらの調理は、明日の朝までお預けだ。今は、他にやっておきたいことがある。
俺は、市場で買っておいたメロンを取り出した。海鮮だけじゃ寂しいと思い、つい手に取ってしまったものだ。
「ふー、さっぱりしたぁ」
メロンを切っていると、室内の浴室から、ウィッグを外した宇佐森さんが現れた。
最近はずっと黒髪だったからか、知っているはずなのに、少し驚いてしまった。
「おっ、何やってんだ?」
「明日の弁当のデザートでも作ってやろうと思ってさ」
「え、今からか⁉」
時計を見て、宇佐森さんは目を見開く。
確かにもう遅い時間だが、このデザートはしばらく冷やす必要があるため、今から用意しなければ間に合わない。
「兄貴も、移動ばっかで疲れてんじゃねぇのか? 大丈夫なのかよ……」
「別に、これくらいなんともねぇよ」
これは、俺がやりたくてやっていることだ。
それに、あいつらが喜んでくれるなら、苦労は厭わない。
「なあ、兄貴。この前言いかけたことなんだけどさ……」
「ん? ああ……」
宇佐森さんのパッキングを手伝った日、彼女が何か言いたげだったことを思い出す。一度手を止め、話を聞くことにした。
「兄貴はさ、どうしてそこまで、お嬢たちに尽くすんだ?」
「なんだよ、急に」
からかわれているのかと思い、宇佐森さんの顔を見ると、そこには真剣な表情があった。
ふざけた回答を待っているわけではなさそうだ。わずかに、緊張が走る。
ここで取り繕っても仕方ない。素直な気持ちを口に出す。
「俺の人生を変えてくれたから、かな」
ガキの頃、企業のパーティーで玲と出会い、そしてあの日、駅前で鉢合わせしたことで、俺の人生は大きく変わり出した。
それから、ミアとカノンが俺を受け入れてくれて、四人で過ごすことが多くなった。
親父とのわだかまりも解け、俺にも家族と呼べる人がいることを再認識できた。
他にもたくさんの出会いに恵まれたが、それはすべて、あいつらがいたからこそ。
今の俺は、あいつらによって形作られていると言っても、過言ではないのだ。
「感謝もしてるし、それに……大好きなんだよ、あいつらのことが」
自分で話しておいて、頬が熱くなった。
くそっ、言わなくていいことまで言ってしまった。
「――――そっか、なるほどな。クールなやつだと思ってたけど、兄貴は熱い男だったんだな。それでこそ、アタシの兄貴だ」
「別に熱いわけじゃ……まあ、いいか」
熱くなってしまったからこそ、今の言葉が出たわけで。
今更言い訳したところで、どの口が言っているんだという話である。
「俺のことはもういいだろ。それより、あんたはどうしてマネージャーになったんだ?」
「いやいや、なんでアタシの話になんだよ」
「俺ばっかり話すのも不公平だろうが」
「まあ……それもそうか」
宇佐森さんは、どこか気まずそうに頭を掻いた。
言いにくいのか、その唇はキュッと結ばれている。
「……高校の頃、たまたまテレビでアイドルを見て、一気にドはまりしたんだ。けど、当時つるんでた連中は、そういうキラキラしたもんに偏見があってさ。グループの中で、腑抜け扱いされるようになっちまって」
「アイドルが好きってだけで?」
「誰にも媚びねぇことをモットーに生きてたからな。愛嬌振りまいて生きている連中が、どうしても鼻についたんだろうさ」
宇佐森さんは、小さくため息をついた。
「だけど、アイドルってのはそう単純なもんじゃねぇだろ? 少なくとも、あのときアタシが見たアイドルには、確かに情熱があった。全身全霊で、歌ったり、踊ったり……それが、めちゃくちゃかっこよくてさ。どうしても分かってもらいたかったんだけど、アタシの声じゃ届かなかった」
宇佐森さんは、淡々とそう語る。
しかし、その瞳の奥には炎が燃えていた。あの日、宇佐森さんが見たアイドルたちが、そのまま瞳に焼き付いて、輝き続けているようだった。
「だから、興味ないあいつらにも届くくらい、アタシがアイドルをもっともっと大きくしてやるって決めたんだ。今はまだドジばっかりだけど……いつか必ず、みんなから頼られる敏腕マネージャーになる!」
宇佐森さんの気合いの入った声が、部屋に響く。
「ちと熱くなっちまった。笑ってくれてもいいんだぜ」
「笑うもんかよ。いい夢じゃないか」
「そ、そうか?」
宇佐森さんは、照れ臭そうに鼻の下を掻く。
「な、なあ兄貴!」
「うおっ⁉ なんだよ……」
急に近づいてきた宇佐森さんに、思わず驚く。
相変わらず、感情の振れ幅が大きい人だ。
「アタシにもできることないか⁉ お嬢たちのために、何かしたいんだ!」
「何かねぇ……」
手元に視線を向けると、そこには切りかけのメロンがある。
ぶっちゃけ、包丁を握らせることはできないが、それ以外の工程であれば、任せられる。
「じゃあ、一緒に作るか」
「っ! うっす!」
そう言って、宇佐森さんは両手で握り拳を作り、メロンに向き合った。
やたら鬼気迫る表情をしている。この人、メロンと喧嘩でもする気だろうか。




