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81-4

「あれ、鍵足りなくない?」


 ホテルで部屋の鍵を受け取ると、カノンがそんな疑問を漏らした。

 宇佐森さんが受け取った鍵は、二本。

 玲たちは、三人でひとつの部屋を使うことになっている。

 残った部屋はひとつ。人数は二人。確かにおかしい。このままでは、俺と宇佐森さんが同じ部屋で寝泊まりすることになってしまう。


「――――すっ、すいやせんでしたぁ!」


 宇佐森さんが、深々と頭を下げる。

 聞くところによると、マネージャーが泊まる部屋を、二人部屋で取ってしまったらしい。

 相部屋がどうしても嫌というわけではないが、一応男女な訳だし、問題はあるだろう。フロントで他の部屋が空いていないか確認してみたが、しばらくは満室のようだ。


「……どうします? 俺と宇佐森さんで、ひと部屋使うしかないですかね?」

「そうですね……兄貴……じゃなくて、志藤さんさえ嫌じゃなければ」

「まあ、俺は別に」


 というか、こういうことを嫌がるのって、普通女性のほうでは?

 そんなふうに考えていると、何故か玲たちから、ジロッと睨まれた。


「そんなの、絶対ダメ」

「あり得ないわ」

「いくらなんでも許せないね。葵ちゃん? やっていいことと悪いことがあるんだよ?」

「ひっ……!」


 三人から詰め寄られ、宇佐森さんが悲鳴を漏らす。

 さっきまでの和気あいあいとした空気は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。


「まったく、間違いが起きてからじゃ遅いんだ。そこのところ、ちゃんと分かってるのかい?」

「ま、間違いとは……?」

「それはほら、あれだよ。……大人なら分かるんじゃないかな」


 ミアの声が、徐々に小さくなる。

 恥ずかしくなるくらいなら、無理して言わなきゃいいのに。


「とにかくダメなのよ! 若い男女が二人きりで寝泊まりなんて!」


 母親かよ、こいつ。


「だ、大丈夫です! 私、年下には興味ないし!」


 そう、俺はこの情報を知っていたからこそ、二人部屋であることに抵抗がないのだ。


「いや、ダメよ葵ちゃん。凛太郎はただの年下じゃないわ」

「そうそう。高校生にしては、ちょっと余裕がありすぎるよね」

「年下扱いしてると、きっと火傷する」

「ええ⁉」


 三人から詰め寄られ、宇佐森さんが困った顔をする。

 こいつら、俺をどうしたいのだ――――。



 結局、他に名案も思いつかず、俺と宇佐森さんが相部屋で過ごすことになった。

 何か言いたげな玲たちを部屋に押し込み、ようやく静かな時間がやってくる。

 部屋のベッドに腰かけると、一瞬にして眠気が襲ってきた。移動の時間が長かったためか、思った以上に体が疲れている。


――――いかんいかん。


 頬を叩いて、眠気を吹き飛ばす。

 あくまで、仕事で来ているのだ。やるべきことをやらないまま、寝落ちするわけにはいかない。

 冷蔵庫を開けると、そこには市場で買った魚介類が入っていた。

 届いてすぐ、ホテルの人がしまってくれたらしい。

 こいつらの調理は、明日の朝までお預けだ。今は、他にやっておきたいことがある。

 俺は、市場で買っておいたメロンを取り出した。海鮮だけじゃ寂しいと思い、つい手に取ってしまったものだ。


「ふー、さっぱりしたぁ」


 メロンを切っていると、室内の浴室から、ウィッグを外した宇佐森さんが現れた。

 最近はずっと黒髪だったからか、知っているはずなのに、少し驚いてしまった。


「おっ、何やってんだ?」

「明日の弁当のデザートでも作ってやろうと思ってさ」

「え、今からか⁉」


 時計を見て、宇佐森さんは目を見開く。

 確かにもう遅い時間だが、このデザートはしばらく冷やす必要があるため、今から用意しなければ間に合わない。


「兄貴も、移動ばっかで疲れてんじゃねぇのか? 大丈夫なのかよ……」

「別に、これくらいなんともねぇよ」


 これは、俺がやりたくてやっていることだ。

 それに、あいつらが喜んでくれるなら、苦労は厭わない。


「なあ、兄貴。この前言いかけたことなんだけどさ……」

「ん? ああ……」


 宇佐森さんのパッキングを手伝った日、彼女が何か言いたげだったことを思い出す。一度手を止め、話を聞くことにした。


「兄貴はさ、どうしてそこまで、お嬢たちに尽くすんだ?」

「なんだよ、急に」


 からかわれているのかと思い、宇佐森さんの顔を見ると、そこには真剣な表情があった。

 ふざけた回答を待っているわけではなさそうだ。わずかに、緊張が走る。

 ここで取り繕っても仕方ない。素直な気持ちを口に出す。


「俺の人生を変えてくれたから、かな」


 ガキの頃、企業のパーティーで玲と出会い、そしてあの日、駅前で鉢合わせしたことで、俺の人生は大きく変わり出した。

 それから、ミアとカノンが俺を受け入れてくれて、四人で過ごすことが多くなった。

 親父とのわだかまりも解け、俺にも家族と呼べる人がいることを再認識できた。

 他にもたくさんの出会いに恵まれたが、それはすべて、あいつらがいたからこそ。

 今の俺は、あいつらによって形作られていると言っても、過言ではないのだ。


「感謝もしてるし、それに……大好きなんだよ、あいつらのことが」


 自分で話しておいて、頬が熱くなった。

 くそっ、言わなくていいことまで言ってしまった。


「――――そっか、なるほどな。クールなやつだと思ってたけど、兄貴は熱い男だったんだな。それでこそ、アタシの兄貴だ」

「別に熱いわけじゃ……まあ、いいか」


 熱くなってしまったからこそ、今の言葉が出たわけで。

 今更言い訳したところで、どの口が言っているんだという話である。


「俺のことはもういいだろ。それより、あんたはどうしてマネージャーになったんだ?」

「いやいや、なんでアタシの話になんだよ」

「俺ばっかり話すのも不公平だろうが」

「まあ……それもそうか」


 宇佐森さんは、どこか気まずそうに頭を掻いた。

 言いにくいのか、その唇はキュッと結ばれている。


「……高校の頃、たまたまテレビでアイドルを見て、一気にドはまりしたんだ。けど、当時つるんでた連中は、そういうキラキラしたもんに偏見があってさ。グループの中で、腑抜け扱いされるようになっちまって」

「アイドルが好きってだけで?」

「誰にも媚びねぇことをモットーに生きてたからな。愛嬌振りまいて生きている連中が、どうしても鼻についたんだろうさ」


 宇佐森さんは、小さくため息をついた。


「だけど、アイドルってのはそう単純なもんじゃねぇだろ? 少なくとも、あのときアタシが見たアイドルには、確かに情熱があった。全身全霊で、歌ったり、踊ったり……それが、めちゃくちゃかっこよくてさ。どうしても分かってもらいたかったんだけど、アタシの声じゃ届かなかった」


 宇佐森さんは、淡々とそう語る。

 しかし、その瞳の奥には炎が燃えていた。あの日、宇佐森さんが見たアイドルたちが、そのまま瞳に焼き付いて、輝き続けているようだった。


「だから、興味ないあいつらにも届くくらい、アタシがアイドルをもっともっと大きくしてやるって決めたんだ。今はまだドジばっかりだけど……いつか必ず、みんなから頼られる敏腕マネージャーになる!」


 宇佐森さんの気合いの入った声が、部屋に響く。


「ちと熱くなっちまった。笑ってくれてもいいんだぜ」

「笑うもんかよ。いい夢じゃないか」

「そ、そうか?」


 宇佐森さんは、照れ臭そうに鼻の下を掻く。


「な、なあ兄貴!」

「うおっ⁉ なんだよ……」


 急に近づいてきた宇佐森さんに、思わず驚く。

 相変わらず、感情の振れ幅が大きい人だ。


「アタシにもできることないか⁉ お嬢たちのために、何かしたいんだ!」

「何かねぇ……」


 手元に視線を向けると、そこには切りかけのメロンがある。

 ぶっちゃけ、包丁を握らせることはできないが、それ以外の工程であれば、任せられる。


「じゃあ、一緒に作るか」

「っ! うっす!」


 そう言って、宇佐森さんは両手で握り拳を作り、メロンに向き合った。

 やたら鬼気迫る表情をしている。この人、メロンと喧嘩でもする気だろうか。


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