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81-1 北海道

 翌日、俺たちは飛行機に乗って、最初の開催地である北海道へ向かっていた。

 実のところ、俺は今まで飛行機に乗ったことがなかった。

 いずれ機会があるだろうと思っていたが、まさか、アイドルのツアーに同行するためとは。

 人生、何が起きるか分からないものである。

 ちなみに、俺や宇佐森さんには、ファンタジスタ芸能がビジネスクラスを用意してくれた。

 宇佐森さんだけならともかく、俺の分まで取ってくれたのは、かなり太っ腹である。

 玲たちは、ファーストクラスにいる。最高級の席が一体どれほどすごいのか、素直に興味がある。あとで三人に訊いてみよう。

 隣を見てみると、イヤホンをつけた宇佐森さんが、足をぷらぷらさせていた。

 どうやら、スマホでミルスタのMVを見ているらしい。遠目ながら、サナ考案の衣装を着た三人が見える。

 やはり、どこからどう見ても子供だ。特に、座席に深く腰掛けると、床に足が届かなくなってしまうところとか。

 ビジネスクラスは、恐ろしく静かだった。

 座席の間隔も空いており、人の会話なんて、まったく聞こえてこない。

 何はともあれ、暇だ。

人間、あまりにも暇だと、普段考えもしないことが頭に浮かんだりする。

 ふと、窓の外に視線が吸い寄せられた。

 そこには、果てしない雲海が広がっている。仮に、もし、飛行機にトラブルが発生して、墜落するようなことがあれば……俺たちはどうなるのだろう。

 嫌な妄想がよぎり、背筋がゾクッする。やってしまった。こういうことは、一回考えると駄目なのだ。

 なんとか不安を忘れるため、ノートを取り出す。

 こういうときは、余計なことを考えず、ひとつのことに集中したほうがいい。

 着陸までの間、俺はノートに料理のレシピを書きなぐった。



――――乗り切った……。

 レシピ考案に集中したことで、なんとか気を紛らわすことができたが、しばらくは乗りたくない。しかし、この先の移動も、飛行機を使うのである。今から覚悟を決めておかなければならないようだ。


「大丈夫か? 兄貴。なんか顔色悪いけど」

「ああ、大丈夫大丈夫。それより、玲たちとはどこで合流するんだ?」

「もう空港の外で待ってるっぽいぜ」


 荷物を受け取り、空港を出る。

 思ったよりも暑い。北海道はもう少し涼しいものだと思っていたが、案外そんなこともないようだ。


「あ、こっちこっち」


 ミアたちが、日陰で手を振っている。

 変装はしているが、その美貌までは隠し切れておらず、遠目でもずいぶん目立っていた。


「あら、なんか顔色悪くない?」

「んなことねぇよ」


 三人から見つめられ、思わず視線を逸らす。

 もうだいぶ回復したというのに、やけに察しがいい連中である。


「寒暖差にやられちゃったかな。少し休むかい?」

「そんなんじゃねぇって。……その、飛行機にビビったんだよ」


 変な心配をかけるくらいなら、正直に言ったほうがいい。

 しかし、ニヤリと笑った三人の顔を見て、自分の選択を後悔した。


「あら! お可愛いこと!」

「意外と苦手なものが多いよね、凛太郎君って」

「ギャップがあっていい」


 三人は、心底楽しそうに笑いながら、ジリジリと距離を詰めてくる。

 たまらず後ずさると、突然近くに車が止まった。

 運転席の窓が開き、宇佐森さんがぴょこっと顔を出す。


「……もしかして、お邪魔でした?」


 いや、むしろ最高のタイミングである。

 

 

 移動の日は、他の日に比べるとだいぶ時間に余裕がある。

 今は、ちょうどお昼時。まずは腹ごしらえということで、札幌の街へと繰り出すことにした。


「見て! 時計台よ!」


 カノンが指差した先には、白い建物があった。

 かの有名な、札幌市時計台である。


「いや、すごいんだけど……うーん」


 ミアが苦笑しながら頬を掻く。

 時計台を初めて見た者の多くは、思ったよりも建物が小さいことに、がっかりするらしい。確かに、その気持ちは分からないでもなかった。

 ただ、一八七八年に札幌農学校の演武場として建てられて以来、街のシンボルとして、正確な時を刻み続けているというのは、素晴らしいことだ。


――――という内容を、俺は彼女たちに説明した。


「へぇ、よく知ってるわね」

「歴史とか、意外と好きなんだよ」

「そういえば、料理の歴史とかもよく調べてるわよね」


 料理を作ることも好きだが、その成り立ちや、背景を知ることも好きだ。

 歴史を知ることで、その料理に対する理解度が上がる気がするのだ。

 それと同じで、「何故これがここにあるのか」を知ることが好きなのだ。

 外観だけでなく、歴史にまで目を向ければ、また新しい楽しみ方が見えてくる。


「ま、俺のうんちくはどうでもいいだろ。それより、今は飯だ」


 そう言うと、玲たちの腹が大きな音を鳴らした。

 これは急いで燃料補給しないとな。



 昼は、宇佐森さんがジンギスカンの店を予約してくれた。

 案内されたテーブルの中央には、真ん中が盛り上がった鉄板が設置されている。


「ここ、かなり人気のお店なんだね」


 ミアが、壁に並んだ著名人のサインを見ながら言った。


「一番良さそうなお店を選びました! 皆さんに喜んでほしいですから!」


 宇佐森さんが、誇らしげに胸を張る。

 この人は、いちいち可愛らしい仕草をするな。その内、無意識に頭を撫でてしまいそうだ。


「ジンギスカンって、なかなか食べる機会ないわよね」

「ん、楽しみ」


 おすすめセットを注文し、そわそわしながら待つ。

 こうしていると、ただの観光客でしかない。果たしてこれでいいのだろうか。トップアイドルのツアーともなると、もっと緊張感があるものだと思っていた。


「どうしたのよ。浮かない顔して」

「いや……仕事で来たってことを忘れそうになってな」

「ちっちっち、分かってないわね」


 そう言いながら、カノンは指を左右に振った。なんだか、妙に腹が立つな。


「観光することも、あたしたちの仕事のひとつなのよ」

「ライブのMCで、話題として使える。台本を自分たちで考えるときは、会場の近くを観光して、よくネタを探す」

「ボクらもリフレッシュになるし、話題も増えるし、一石二鳥ってわけさ」


 なるほど、そういうことなら納得だ。

 歌って踊るだけでなく、トークでも客を楽しませる必要があるってわけだ。


「だから、ツアーの間はいくら食べてもいい」

「それはどうかと思うが……」


 ていうか、普段もそこまで我慢していないだろうが。


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