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まずは、散らばっているゴミをすべてまとめていく。
それから、必要なものと要らないものを仕分けて、要らないものはゴミと一緒にまとめておく。
ついでに、水回りの掃除や、家全体に掃除機をかけて、ひとまず終了。
もっと丁寧にやりたいところもあったが、今日の目的は、あくまでパッキング。
大掃除で時間を取られるわけにもいかない。
「ツアーが終わったら、もう一度来る。そのときは、部屋の隅々までやらせてもらうからな」
「大歓迎だ! 兄貴!」
宇佐森さんは、そう言って潤んだ瞳を俺に向けた。
オラオラ系かと思えば、こういうところは小動物にしか見えない。
「で、パッキングだったな」
部屋の中央に、キャリーケースを広げる。
「必要最低限のものは、リストアップしてある。これを見ながら詰め込んでくぞ」
「お、おう!」
俺のリストには、最低限必要なものしか書いていない。
このリストに加え、玲たちの場合は、シャンプーやボディソープ、それから、ドライヤーや、ヘアアイロン、化粧水や乳液などの基礎化粧品も、気に入ったものを持っていく。
ホテルのアメニティは、基本使わない。それ故に、いつも荷物がかさばりがちだ。箱根旅行のときも、その荷物の多さに驚いたものである。
幸い、宇佐森さんにはそういったこだわりが特にないようで、俺と同じリストで事足りた。
「ふぅ、まあこんなもんかな」
「兄貴ぃぃい! あんたはアタシの恩人だぜ!」
「やめろ! ひっつくな!」
腕に絡みついてきた宇佐森さんを、しっしと振り払う。
「いやぁ、ツアーに同行なんて初めての経験だからよ。思わずテンパっちまった」
宇佐森さんは、綺麗になった床にへたり込み、深く息を吐く。
その気持ちは、俺も一緒だった。
「こんなことでよければ、いくらでも手伝うさ。宇佐森さんの仕事は、あいつらがツアーに全力を注げるようにしてやることだろ? そんなあんたを支えることも、俺の仕事だからな」
「ううっ……兄貴ィ! 惚れちまいそうだぜ!」
「それは勘弁してくれ」
「でも残念、アタシ年下はナシなんだ」
――――あれ? 告ってもないのにフラれたぞ?
というか、改めて年下と言われると、混乱しそうになる。
宇佐森さんは、俺の五つ上。間違ってないよな?
「兄貴の支えがあれば、上手くいく気がしてきたな……アタシ、しっかりやり遂げてみせるぜ。先輩たちにも任されちまってるからな」
キュッと拳を握り、宇佐森さんは真剣な表情を浮かべる。
すると、宇佐森さんの腹が、くぅと鳴った。
思わず、噴き出すように笑ってしまう。何も、真剣な顔のときに鳴らなくてもいいのに。
「は、恥ずかしかぁ」
宇佐森さんの頬が、赤く染まる。
その表情は、まるで小学生が先生を「ママ」と呼んでしまったときのようだった。
少し不思議なのは、夕飯時にはまだ早いこと。
「もしや、昼飯食ってないのか?」
「うっ……パッキングでテンパっちゃって、今日はなんも食ってねぇんだ」
「そりゃダメだろ。体持たねぇぞ?」
またしても縮こまってしまった宇佐森さんに、俺は小さくため息をついた。
こんなにも申し訳なさそうな態度を見せられると、こっちがいじめている気になってくる。
「仕方ない、今から飯、用意しようか?」
「よかと⁉」
「あいつらの夕飯も用意しなきゃだし、あんまり手の込んだもんは作れねぇけど」
「何から何まで……もう兄貴に頭上がらねぇよ」
「大袈裟だよ。冷蔵庫開けるぞ」
「あ、今なんもなかった気がする」
開けてみると、確かにすっからかんだ。
調味料はいくつか置いてあるものの、他はゼリー飲料や、缶ビールが並んでいる程度で、とても料理できる状態じゃない。
それにしても、このビールは、本当に宇佐森さんのものなのだろうか?
飲んでいるところがまったく想像できない。
「アタシ買ってくる! なんでも言ってくれ!」
「俺も一緒に行くよ。食材の選び方も、ちょっとしたコツがあるんだ」
「へぇ……さすがは兄貴だな!」
よく分かっていなそうな宇佐森さんを連れて、近所のスーパーへ向かうことにした。
帰宅してすぐ、料理に取り掛かる。
使われた形跡のないキッチンだが、包丁やフライパンなど、基本的な調理道具は揃っていた。
なんでも、上京したてのときは、自炊に挑戦しようと思っていたらしい。
今ではすっかり心が折れて、やる気にもならないようだ。
味の濃いものが食べたいという宇佐森さんのリクエストで、鶏肉とネギの照り焼きを作ることになった。
まずは、鶏肉とネギを食べやすいサイズに切る。
油を引いたフライパンで、鶏肉を焼く。このとき、皮が香ばしくパリッとなるように、皮目から焼くことを忘れてはいけない。
同時にネギも焼き始め、薄っすら焦げ目がつくまで焼く。
いい感じに火が通ってきたら、醤油、砂糖、みりん、酒でタレを作り、鶏肉とネギに煮絡める。
このまま火にかけ、汁気が飛んだら、鶏肉とネギの照り焼きの完成だ。
「美味そうだなぁ……」
宇佐森さんが、物欲しそうに見つめてくる。
今にも口から涎が垂れそうだ。
「米が炊けるまで、もうちょっとの辛抱だからな」
「また作ってもらっちまって……ほんとにありがとな、兄貴」
大したことはしていないが、こんなに感謝されると、悪い気はしない。
これ以上、この場所で役に立てることはないだろう。
そろそろ帰らねば、今度は玲たちが腹を空かせてしまう。
「……なあ、兄貴」
「ん?」
靴ひもを結ぶ手を止めて、振り返る。
宇佐森さんは、口をもごもごと動かし、やがてため息をついた。
「やっぱ、長くなりそうだからいいや」
「なんだよ、気になるなぁ」
「今話すようなことじゃないと思ったんだよ。また、ゆっくりできそうなときに話すから」
「……そうか」
靴を履き終え、立ち上がる。
「それじゃ、また明日」
「おう! 遅れるなよ!」
「自分の心配をしてくれ……」
そう言い返すと、宇佐森さんは「おっしゃる通りで」といった顔で、ニヤニヤと笑った。




