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80-4

 まずは、散らばっているゴミをすべてまとめていく。

 それから、必要なものと要らないものを仕分けて、要らないものはゴミと一緒にまとめておく。

 ついでに、水回りの掃除や、家全体に掃除機をかけて、ひとまず終了。

 もっと丁寧にやりたいところもあったが、今日の目的は、あくまでパッキング。

 大掃除で時間を取られるわけにもいかない。


「ツアーが終わったら、もう一度来る。そのときは、部屋の隅々までやらせてもらうからな」

「大歓迎だ! 兄貴!」


 宇佐森さんは、そう言って潤んだ瞳を俺に向けた。

 オラオラ系かと思えば、こういうところは小動物にしか見えない。


「で、パッキングだったな」


 部屋の中央に、キャリーケースを広げる。


「必要最低限のものは、リストアップしてある。これを見ながら詰め込んでくぞ」

「お、おう!」


 俺のリストには、最低限必要なものしか書いていない。

 このリストに加え、玲たちの場合は、シャンプーやボディソープ、それから、ドライヤーや、ヘアアイロン、化粧水や乳液などの基礎化粧品も、気に入ったものを持っていく。

 ホテルのアメニティは、基本使わない。それ故に、いつも荷物がかさばりがちだ。箱根旅行のときも、その荷物の多さに驚いたものである。

 幸い、宇佐森さんにはそういったこだわりが特にないようで、俺と同じリストで事足りた。


「ふぅ、まあこんなもんかな」

「兄貴ぃぃい! あんたはアタシの恩人だぜ!」

「やめろ! ひっつくな!」


 腕に絡みついてきた宇佐森さんを、しっしと振り払う。


「いやぁ、ツアーに同行なんて初めての経験だからよ。思わずテンパっちまった」


 宇佐森さんは、綺麗になった床にへたり込み、深く息を吐く。

 その気持ちは、俺も一緒だった。


「こんなことでよければ、いくらでも手伝うさ。宇佐森さんの仕事は、あいつらがツアーに全力を注げるようにしてやることだろ? そんなあんたを支えることも、俺の仕事だからな」

「ううっ……兄貴ィ! 惚れちまいそうだぜ!」

「それは勘弁してくれ」

「でも残念、アタシ年下はナシなんだ」


――――あれ? 告ってもないのにフラれたぞ?


 というか、改めて年下と言われると、混乱しそうになる。

 宇佐森さんは、俺の五つ上。間違ってないよな?


「兄貴の支えがあれば、上手くいく気がしてきたな……アタシ、しっかりやり遂げてみせるぜ。先輩たちにも任されちまってるからな」


 キュッと拳を握り、宇佐森さんは真剣な表情を浮かべる。

 すると、宇佐森さんの腹が、くぅと鳴った。

 思わず、噴き出すように笑ってしまう。何も、真剣な顔のときに鳴らなくてもいいのに。


「は、恥ずかしかぁ」


 宇佐森さんの頬が、赤く染まる。

 その表情は、まるで小学生が先生を「ママ」と呼んでしまったときのようだった。

 少し不思議なのは、夕飯時にはまだ早いこと。


「もしや、昼飯食ってないのか?」

「うっ……パッキングでテンパっちゃって、今日はなんも食ってねぇんだ」

「そりゃダメだろ。体持たねぇぞ?」


 またしても縮こまってしまった宇佐森さんに、俺は小さくため息をついた。

 こんなにも申し訳なさそうな態度を見せられると、こっちがいじめている気になってくる。


「仕方ない、今から飯、用意しようか?」

「よかと⁉」

「あいつらの夕飯も用意しなきゃだし、あんまり手の込んだもんは作れねぇけど」

「何から何まで……もう兄貴に頭上がらねぇよ」

「大袈裟だよ。冷蔵庫開けるぞ」

「あ、今なんもなかった気がする」


 開けてみると、確かにすっからかんだ。

 調味料はいくつか置いてあるものの、他はゼリー飲料や、缶ビールが並んでいる程度で、とても料理できる状態じゃない。

 それにしても、このビールは、本当に宇佐森さんのものなのだろうか?

 飲んでいるところがまったく想像できない。


「アタシ買ってくる! なんでも言ってくれ!」

「俺も一緒に行くよ。食材の選び方も、ちょっとしたコツがあるんだ」

「へぇ……さすがは兄貴だな!」


 よく分かっていなそうな宇佐森さんを連れて、近所のスーパーへ向かうことにした。



 帰宅してすぐ、料理に取り掛かる。

 使われた形跡のないキッチンだが、包丁やフライパンなど、基本的な調理道具は揃っていた。

 なんでも、上京したてのときは、自炊に挑戦しようと思っていたらしい。

 今ではすっかり心が折れて、やる気にもならないようだ。

 味の濃いものが食べたいという宇佐森さんのリクエストで、鶏肉とネギの照り焼きを作ることになった。

 まずは、鶏肉とネギを食べやすいサイズに切る。

 油を引いたフライパンで、鶏肉を焼く。このとき、皮が香ばしくパリッとなるように、皮目から焼くことを忘れてはいけない。

 同時にネギも焼き始め、薄っすら焦げ目がつくまで焼く。

 いい感じに火が通ってきたら、醤油、砂糖、みりん、酒でタレを作り、鶏肉とネギに煮絡める。

 このまま火にかけ、汁気が飛んだら、鶏肉とネギの照り焼きの完成だ。


「美味そうだなぁ……」


 宇佐森さんが、物欲しそうに見つめてくる。

 今にも口から涎が垂れそうだ。


「米が炊けるまで、もうちょっとの辛抱だからな」

「また作ってもらっちまって……ほんとにありがとな、兄貴」


 大したことはしていないが、こんなに感謝されると、悪い気はしない。

 これ以上、この場所で役に立てることはないだろう。

 そろそろ帰らねば、今度は玲たちが腹を空かせてしまう。


「……なあ、兄貴」

「ん?」


 靴ひもを結ぶ手を止めて、振り返る。

 宇佐森さんは、口をもごもごと動かし、やがてため息をついた。


「やっぱ、長くなりそうだからいいや」

「なんだよ、気になるなぁ」

「今話すようなことじゃないと思ったんだよ。また、ゆっくりできそうなときに話すから」

「……そうか」


 靴を履き終え、立ち上がる。


「それじゃ、また明日」

「おう! 遅れるなよ!」

「自分の心配をしてくれ……」


 そう言い返すと、宇佐森さんは「おっしゃる通りで」といった顔で、ニヤニヤと笑った。

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