79-3
午後二十時。
早めにスタジオをあとにし、車に戻った。
そして、何故か俺の隣で、玲が醤油味のカップラーメンを啜っている。
スタジオを出るときに、プロデューサーからお土産としてもらったらしい。
どういうわけか、俺の手にも、熱々のカップラーメンがある。
俺が食べるわけではなく、玲のお代わり用である。
ちなみに、こっちはシーフード味だ。
玲は、一瞬のうちにスープまで綺麗に飲み干した。すかさずお代わりを渡すと、瞬く間に麺が吸い込まれていく。
「す、すごい食べっぷりですね……」
「これでも抑えてるほう。このあと、凛太郎のご飯も食べるから」
「……マジか」
あまりの驚きに、宇佐森さんが素になってしまっている。
そうなる気持ちは分からないでもない。俺も最初は驚いていたが、今となってはすっかり見慣れてしまった。
「凛太郎、鮭おにぎり余ってる?」
「ああ、あるぞ」
「よかった。やってみたいことがある」
余っていた鮭おにぎりを渡すと、玲はそれを残ったスープに落とした。
シーフード味のスープに、鮭おにぎり。なるほど、いいアレンジである。
「おいひぃ」
解れた米をスープと一緒にかき込んで、玲は満足げな顔をする。
あまりにも美味そうで、俺も腹が減ってきた。
普段、カップラーメンはほとんど食べないが、たまに無性に食べたくなるときがある。しかも、それが深夜だったりしたときには、己の食欲を呪いたくなるものだ。
「できれば、チーズも入れたかった」
「いいな、それ。今度家でやってみるか?」
「ん、みんなでカップラーメンパーティーする」
なんとも背徳的な宴である。
そうこうしているうちに、家についてしまった。
宇佐森さんは、車庫に車を停めると、スケジュール帳を広げる。
「明日は、今日と同じ時間から、三人での番組収録があります。そのあとは、スタジオでダンスレッスンです」
「分かった、ありがとう」
「今日もお疲れ様でした!」
「ん、お疲れ様」
玲が先に車を降りる。
「今日はありがとうございました。勉強になりました」
「また気になることがあれば、遠慮なく訊いてください! いつでも待ってますから!」
「分かりました」
宇佐森さんが、不器用なウインクと共にサムズアップする。
「あ、そうだ。これ」
玲から守り抜いた二つのおにぎりを、宇佐森さんへ渡す。
「ま、まさか、本当にもらえるとは……!」
おにぎりを受け取った宇佐森さんの目は、キラキラと輝いていた。
大袈裟だなぁ。喜んでもらえて何よりだが。
「鮭しか残ってないんですけど。よかったら」
「いえ! ありがとうございます! 大切に食べます!」
「そんな大層なもんじゃないですから。それじゃあ、また」
苦笑いを浮かべながら、玲のあとを追った。
車を見送り、深く息を吐く。
慣れない空間に、ずっと緊張していた。精神的に疲れたのか、ひどく肩がこった。
大きく肩を回してみるが、そんな簡単に楽になるわけもなく。
「お疲れ様、凛太郎」
「ああ、お前もな」
「ん」
玲の顔には、まるで疲れが見えない。
これが素人とプロの違いか。そういえば、宇佐森さんも疲れている様子は見せなかったな。俺にはとても真似できそうにないが、今後はそうも言っていられない。
少しずつでも、慣れていかなくては。
「凛太郎、疲れてる。今日、ご飯作れる?」
心配そうな視線を受け、首を縦に振る。
玲は、しっかり仕事してきたのにもかかわらず、俺のことを気遣う余裕まである。ここで俺が、弱音を吐くなんてかっこ悪い真似はできない。
それに、こういう慣れないことをしたときほど、いつも通りのことをしたい。
「もちろん。こういうときこそ飯を作って、心を落ち着かせたいしな」
「嬉しいけど、その感覚はちょっと変」
「そうか?」
「ん、変。でも、ありがとう」
俺が納得できないでいると、玲はクスクスと楽しそうに笑った。
――――よし、もうひと頑張りだ。
気合いを入れて、再び肩をぐるりと回した。
リビングでは、部屋着姿のカノンとミアが、のんびりとくつろいでいた。
「あら、おかえり」
「意外と早かったね」
二人は寝転んだ格好のまま、視線だけで俺たちを出迎えた。
大人気アイドルに対して言うことではないが、スター性の欠片も見られない。
こいつらの顔を見たら、さっき入れ直した気合いが抜けていくようだ。
「ダンスが一発オーケーだったから、早く終わった」
「ふーん。で、凛太郎のほうはどうだったわけ?」
カノンが、ニヤニヤした顔をこっちへ向ける。
「どうもこうも、大してやることなかったよ。どっかの誰かさんが優秀すぎてな」
そう言いながら、玲を見る。
玲は俺と目が合うと、自覚がないのか、きょとんとした顔で首を傾げた。
「ま、ボクらって割としっかりしてるほうだから。トラブルとかも滅多に起きないからね」
「そういえばさ、葵ちゃんって、聞いてたより優秀よね。もっとおっちょこちょいなのかと思ってたけど」
宇佐森さんはド級の不器用だが、少なくとも、今日は頼れる大人であったことは間違いない。
ツアーに関しても、彼女がいてくれるのであれば、そこまで心配することはないかもしれない。
「よし、飯作るか」
「え、いいの? あんた帰ってきたばっかりじゃない」
「作らねぇと調子が出ねぇんだよ。それとも、どっかで食べてきちまったか?」
「ううん、まだだけど……」
「んじゃ、ちょっと待っててくれ」
エプロンをつけながら、キッチンに立つ。
冷凍庫には、前に特売で買ったエビがあったはず。
今日はこいつを使おう。
まず、長ネギ、しょうが、ニンニクを細かく刻んでおく。
解凍したエビに、卵液、酒、塩こしょうをかけ、片栗粉をまぶし、よく揉み込む。
油を引いたフライパンで、エビに焼き目をつけていく。
ほどよいところで、一度エビを皿に移し、空いたフライパンでチリソースの準備をしていく。
再び油を引き、しょうがとニンニクを炒める。
火が通ったら、豆板醤、ケチャップ、水、鶏がらスープの素を入れ、煮立たせる。
ふつふつとしているところに、酒、砂糖、塩コショウ、刻んだ長ネギを入れる。
ここにエビを戻し、水溶き片栗粉を加え、絡ませるようによく混ぜる。
最後に塩コショウで味を調えたら、エビチリの完成だ。
「できたぞー」
「エビチリ⁉ 最高じゃない!」
大皿の周りに、満面の笑みを浮かべた三人が集まってくる。
片手間で作ったたまごスープと、炊き立ての米を運んで、俺たちはテーブルについた。
「ん、ぷりっぷりでおいひぃ」
玲はエビを頬張ると、幸せそうな顔をした。
結構大きいエビだが、ひと口でいくとは恐れ入った。
彼女たちの食べる様子を眺めながら、たまごスープを口にする。
エビチリが濃いめの味つけだから、こっちは優しい味にしてみた。ほんのり鶏ガラの出汁が利いたスープと、やわらかなたまごの甘みが、舌の上でゆっくりと解けていく。
「このチリソースが美味しいね。エビによく絡んでる」
「ソースだけでもご飯イケるわ!」
「じゃあ、カノンのエビちょうだい」
「あげるわけないでしょ⁉」
くだらないやり取りを繰り広げながらも、エビチリが順調に減っていく。
彼女たちの喜ぶ顔を見ると、元気が湧いてくる。
やはり俺には、マネージャー業よりも、こっちのほうが合っているようだ。
ふと、ポケットのスマホが揺れる。
宇佐森さんから、メッセージが届いていた。
『おにぎり最高だったぜ! ありがとう!』
わざわざメッセージでお礼を言うなんて、律儀な人だ。
新人でありながら、彼女が周りから慕われているのは、こういう義理堅いところがあるからなのだろう。俺も見習わせてもらおう。
「お粗末様」と返信し、スマホをしまう。
こいつらに食べられてしまう前に、エビチリを口に運んだ。




