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一生働きたくない俺が、クラスメイトの大人気アイドルに懐かれたら  作者: 岸本 和葉
第六章

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79-3

 午後二十時。

 早めにスタジオをあとにし、車に戻った。

 そして、何故か俺の隣で、玲が醤油味のカップラーメンを啜っている。

 スタジオを出るときに、プロデューサーからお土産としてもらったらしい。

 どういうわけか、俺の手にも、熱々のカップラーメンがある。

 俺が食べるわけではなく、玲のお代わり用である。

 ちなみに、こっちはシーフード味だ。

 玲は、一瞬のうちにスープまで綺麗に飲み干した。すかさずお代わりを渡すと、瞬く間に麺が吸い込まれていく。


「す、すごい食べっぷりですね……」

「これでも抑えてるほう。このあと、凛太郎のご飯も食べるから」

「……マジか」


 あまりの驚きに、宇佐森さんが素になってしまっている。

 そうなる気持ちは分からないでもない。俺も最初は驚いていたが、今となってはすっかり見慣れてしまった。


「凛太郎、鮭おにぎり余ってる?」

「ああ、あるぞ」

「よかった。やってみたいことがある」


 余っていた鮭おにぎりを渡すと、玲はそれを残ったスープに落とした。

 シーフード味のスープに、鮭おにぎり。なるほど、いいアレンジである。


「おいひぃ」


 解れた米をスープと一緒にかき込んで、玲は満足げな顔をする。

 あまりにも美味そうで、俺も腹が減ってきた。

 普段、カップラーメンはほとんど食べないが、たまに無性に食べたくなるときがある。しかも、それが深夜だったりしたときには、己の食欲を呪いたくなるものだ。


「できれば、チーズも入れたかった」

「いいな、それ。今度家でやってみるか?」

「ん、みんなでカップラーメンパーティーする」


 なんとも背徳的な宴である。

 そうこうしているうちに、家についてしまった。

 宇佐森さんは、車庫に車を停めると、スケジュール帳を広げる。


「明日は、今日と同じ時間から、三人での番組収録があります。そのあとは、スタジオでダンスレッスンです」

「分かった、ありがとう」

「今日もお疲れ様でした!」

「ん、お疲れ様」


 玲が先に車を降りる。


「今日はありがとうございました。勉強になりました」

「また気になることがあれば、遠慮なく訊いてください! いつでも待ってますから!」

「分かりました」


 宇佐森さんが、不器用なウインクと共にサムズアップする。


「あ、そうだ。これ」


 玲から守り抜いた二つのおにぎりを、宇佐森さんへ渡す。


「ま、まさか、本当にもらえるとは……!」


 おにぎりを受け取った宇佐森さんの目は、キラキラと輝いていた。

 大袈裟だなぁ。喜んでもらえて何よりだが。


「鮭しか残ってないんですけど。よかったら」

「いえ! ありがとうございます! 大切に食べます!」

「そんな大層なもんじゃないですから。それじゃあ、また」


 苦笑いを浮かべながら、玲のあとを追った。

 車を見送り、深く息を吐く。

 慣れない空間に、ずっと緊張していた。精神的に疲れたのか、ひどく肩がこった。

 大きく肩を回してみるが、そんな簡単に楽になるわけもなく。


「お疲れ様、凛太郎」

「ああ、お前もな」

「ん」


 玲の顔には、まるで疲れが見えない。

 これが素人とプロの違いか。そういえば、宇佐森さんも疲れている様子は見せなかったな。俺にはとても真似できそうにないが、今後はそうも言っていられない。

 少しずつでも、慣れていかなくては。


「凛太郎、疲れてる。今日、ご飯作れる?」


 心配そうな視線を受け、首を縦に振る。

 玲は、しっかり仕事してきたのにもかかわらず、俺のことを気遣う余裕まである。ここで俺が、弱音を吐くなんてかっこ悪い真似はできない。

 それに、こういう慣れないことをしたときほど、いつも通りのことをしたい。


「もちろん。こういうときこそ飯を作って、心を落ち着かせたいしな」

「嬉しいけど、その感覚はちょっと変」

「そうか?」

「ん、変。でも、ありがとう」


 俺が納得できないでいると、玲はクスクスと楽しそうに笑った。


――――よし、もうひと頑張りだ。


 気合いを入れて、再び肩をぐるりと回した。



 リビングでは、部屋着姿のカノンとミアが、のんびりとくつろいでいた。


「あら、おかえり」

「意外と早かったね」


 二人は寝転んだ格好のまま、視線だけで俺たちを出迎えた。

 大人気アイドルに対して言うことではないが、スター性の欠片も見られない。

 こいつらの顔を見たら、さっき入れ直した気合いが抜けていくようだ。


「ダンスが一発オーケーだったから、早く終わった」

「ふーん。で、凛太郎のほうはどうだったわけ?」


 カノンが、ニヤニヤした顔をこっちへ向ける。


「どうもこうも、大してやることなかったよ。どっかの誰かさんが優秀すぎてな」


 そう言いながら、玲を見る。

 玲は俺と目が合うと、自覚がないのか、きょとんとした顔で首を傾げた。


「ま、ボクらって割としっかりしてるほうだから。トラブルとかも滅多に起きないからね」

「そういえばさ、葵ちゃんって、聞いてたより優秀よね。もっとおっちょこちょいなのかと思ってたけど」


 宇佐森さんはド級の不器用だが、少なくとも、今日は頼れる大人であったことは間違いない。

 ツアーに関しても、彼女がいてくれるのであれば、そこまで心配することはないかもしれない。


「よし、飯作るか」

「え、いいの? あんた帰ってきたばっかりじゃない」

「作らねぇと調子が出ねぇんだよ。それとも、どっかで食べてきちまったか?」

「ううん、まだだけど……」

「んじゃ、ちょっと待っててくれ」


 エプロンをつけながら、キッチンに立つ。

 冷凍庫には、前に特売で買ったエビがあったはず。

 今日はこいつを使おう。

 まず、長ネギ、しょうが、ニンニクを細かく刻んでおく。

 解凍したエビに、卵液、酒、塩こしょうをかけ、片栗粉をまぶし、よく揉み込む。

 油を引いたフライパンで、エビに焼き目をつけていく。

 ほどよいところで、一度エビを皿に移し、空いたフライパンでチリソースの準備をしていく。

 再び油を引き、しょうがとニンニクを炒める。

 火が通ったら、豆板醤、ケチャップ、水、鶏がらスープの素を入れ、煮立たせる。

 ふつふつとしているところに、酒、砂糖、塩コショウ、刻んだ長ネギを入れる。

 ここにエビを戻し、水溶き片栗粉を加え、絡ませるようによく混ぜる。

 最後に塩コショウで味を調えたら、エビチリの完成だ。


「できたぞー」

「エビチリ⁉ 最高じゃない!」


 大皿の周りに、満面の笑みを浮かべた三人が集まってくる。

 片手間で作ったたまごスープと、炊き立ての米を運んで、俺たちはテーブルについた。


「ん、ぷりっぷりでおいひぃ」

 玲はエビを頬張ると、幸せそうな顔をした。

 結構大きいエビだが、ひと口でいくとは恐れ入った。

 彼女たちの食べる様子を眺めながら、たまごスープを口にする。

 エビチリが濃いめの味つけだから、こっちは優しい味にしてみた。ほんのり鶏ガラの出汁が利いたスープと、やわらかなたまごの甘みが、舌の上でゆっくりと解けていく。


「このチリソースが美味しいね。エビによく絡んでる」

「ソースだけでもご飯イケるわ!」

「じゃあ、カノンのエビちょうだい」

「あげるわけないでしょ⁉」


 くだらないやり取りを繰り広げながらも、エビチリが順調に減っていく。

 彼女たちの喜ぶ顔を見ると、元気が湧いてくる。

 やはり俺には、マネージャー業よりも、こっちのほうが合っているようだ。

 ふと、ポケットのスマホが揺れる。

 宇佐森さんから、メッセージが届いていた。


『おにぎり最高だったぜ! ありがとう!』


 わざわざメッセージでお礼を言うなんて、律儀な人だ。

 新人でありながら、彼女が周りから慕われているのは、こういう義理堅いところがあるからなのだろう。俺も見習わせてもらおう。

「お粗末様」と返信し、スマホをしまう。

 こいつらに食べられてしまう前に、エビチリを口に運んだ。


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