79-2
次に向かったのは、テレビ局だった。
これから行われるCM撮影のために、スタジオが用意されているらしい。
「おー! レイちゃーん!」
スタジオに入った途端、サングラスをかけた男が近づいてきた。
「今日もよろしくお願いします、プロデューサー」
「はーい、よろしく。レイちゃんがCMに出ると、どんなもんでもバカ売れするからねぇ。今日も期待してるよ」
「精一杯頑張ります」
「相変わらず謙虚だねぇ」
この人がプロデューサーだったのか。
ずいぶんとノリが軽そうだが、玲の声からは、彼への信頼が伝わってくる。
「この方も、業界では有名なCMプロデューサーなんですよ」
「へぇ……」
宇佐森さんに教えてもらっていると、プロデューサーと目が合った。
「宇佐森ちゃん、この子は?」
「わ、我が社のマネージャー見習いです! 今日は一日お手伝いをお願いしてるんです」
「新人が超新人の面倒見てるわけ? 超面白いね」
「あはは……」
言われてみれば、確かにおかしな状況だ。
ふと、プロデューサーが俺をじろじろと見ていることに気づく。
「あの、何か?」
「ああ、ごめんごめん。君、結構イケてる感じじゃん。芸能界とか興味ない?」
「いや、そういうのは――――」
俺が一歩引こうとすると、突然玲が間に入ってきた。
「プロデューサー、そろそろ準備したいです」
「ん? おっと、そういや時間ヤバめだったか。おーい! 案内してやってくれー!」
スタッフが走ってきて、俺たちを控室へと案内してくれた。
歩きながら、俺は玲の肩を指でつつく。
「悪い、助かった」
さっきは、お偉いさんとのいきなりの遭遇に、上手く対応できなかった。
玲が助けに入ってくれなければ、何か失礼なことを言ってしまっていたかもしれない。
「気にしなくていい。凛太郎の魅力がみんなにバレたら、とても困るから」
「……ん?」
話が噛み合っていない気がした。
メイクさんに誘導され、玲はひとりで鏡の前に向かう。
「アタシも、兄貴ならイケると思うけどな」
「なんの話だよ」
「くひひ」
口元を押さえ、宇佐森さんは小声で笑った。
これから玲が出演するのは、カップラーメンのCMである。
構成は単純で、部活終わりの学生が、思い切りカップラーメンを啜るという内容になっている。
「お待たせしました」
控室から、セーラー服姿の玲が現れる。
先ほどの大人っぽいビジュアルと違って、あどけなさと可愛さが全面に出ている。
俺からしてみれば、普段はブレザー姿ばかり見ていることもあって、新鮮だった。
「うおっ……可愛いなぁ、お嬢。兄貴もそう思うだろ?」
「ああ」
今からでも、うちの学校の制服を変えてもらえないだろうか。
せめて、ブレザーかセーラー服か選べる仕様にしてもらいたい。
――――っと、いかんいかん。
冷静さを欠くところだった。
今はあくまで仕事中。気を引き締めなければ。
まずは、カップラーメンを啜るところから撮るらしい。
構成的には、ダンス部として踊るシーンが先に流れるようだが、激しい動きで髪型やメイクが崩れてもいいように、順番を変えているとのこと。
教室のセットの中で、玲が麺を口へ運ぶ。
麺を啜る瞬間、伏し目になった玲から妙な色気を感じ、思わず心臓が跳ねた。
玲は、グッと拳を握り、顔を綻ばせる。
「はいカットォ! バッチリ! いい演技だったよ!」
スタッフたちが拍手を送るが、今のは演技ではなく、素だったと思われる。
それから、もう何カットか撮影されたが、結局最初の映像が採用されたようだ。
宇佐森さんと共に、映像を確認する。
玲が映っているシーンの監修も、マネージャーの役目だそうだ。
「――――はい、問題ないと思います」
宇佐森さんがそう言うと、次のシーンの撮影のために、玲は再び控室へと連れていかれた。
それからしばらくして、着替えを終えた玲が現れた。
髪は運動部らしく、後ろでひとつにまとめられている。
服装は、へそ出しのタンクトップと、黒のバギーパンツ。上から下まで、いかにもダンサーらしい格好だ。
「さすがはお嬢。セクシーな格好も似合うねぇ」
げへへと笑いながら、宇佐森さんが近づいてくる。
なんとなく、玲がそういう目で見られることを、嫌がる俺がいた。
しかし、これは仕事なのだ。
呼吸を整え、心の底から湧き上がるモヤモヤを、無理やり押し殺す。
「それじゃあ、本番行きます!」
リハーサルが終わり、いよいよ本番。
玲は、スタッフから指示された位置に立ち、目を閉じる。
スタッフのカウントのあと、アップテンポが特徴的なミルスタの曲が流れ出す。
それに合わせて、玲は激しく踊り始めた。
キュッと靴と床がこすれる音が響き、ポニーテールが跳ねる。
さすがは玲。その圧巻のパフォーマンスで、一瞬にしてスタジオ全体を自分の空間にしてしまった。
曲が終わると同時に、玲がスタイリッシュにポーズを決める。
静寂が訪れたあと「カット」の声がかかる。
「かんっぺき! 最高だよレイちゃーん!」
プロデューサーが、玲に拍手を送る。
完璧という言葉通り、ダンスシーンは一発オーケー。
その結果、想定されていた収録時間を、大幅に短縮してしまった。




