79-1 マネージャー体験
宇佐森さんと知り合ってから、数日が経った。
放課後、そそくさと学校をあとにした俺は、駅前で待ってもらっていた宇佐森さんのもとへ急ぐ。
「兄貴! お疲れさんです!」
「その挨拶やめろ……!」
スーツ姿の幼女が、男子高校生に頭を下げている構図は、かなり目立つ。
誰かに見られる前に、すぐ宇佐森さんの車に乗り込んだ。
どうやら社用車らしく、雑多な荷物がトランクに積まれているのが見える。
「今日はよろしくな、兄貴!」
「……こちらこそ、よろしく」
運転席に座る宇佐森さんが、犬歯を見せて笑う。
これから、玲の現場に向かう。
今日は、実際にマネージャー業を体験する日だ。
今度は俺が宇佐森さんの後ろについて、仕事の基本を教えてもらう。
ちなみに、宇佐森さんの運転は、エリート秘書であるソフィアさんと同じくらい乗り心地がいい。不器用だが、運転は上手いらしい。
「そういや、お嬢たちの現場に行くのって、初めてなんだろ?」
「まあ……仕事の人にも、俺の存在をバラすわけにはいかなかったし」
せいぜい事務所のスタジオに弁当を届けにいったことくらいしかない。
思えば、カノンとミアとは、そのとき初めて会ったんだっけ。
「お嬢たちと暮らせるなんて、兄貴はとんだ幸せもんだな」
「ああ、ほんとにな」
「前世でどんだけ徳積んだら、そうなるんだよ」
「俺が聞きたいくらいだよ……」
肩を竦めた俺を一瞥して、宇佐森さんはケラケラと笑う。
「っと、そろそろ着くぜ」
しばらくすると、撮影スタジオが見えてきた。
車の中で私服に着替え、宇佐森さんと共に、スタジオに足を踏み入れる。
柄にもなく、少し緊張している俺がいた。
「おはようございます! よろしくお願いします!」
「お、おはようございます」
作業中のスタッフたちに、頭を下げる。
「あ、来た」
メイク中の玲が、鏡越しに俺たちを見つける。
「お疲れ様です! レイさん! あ、これ頼まれていたものです!」
宇佐森さんは、道中で買ったオレンジジュースを玲に渡す。
タレントが望むものを用意するのも、マネージャーの仕事だ。
「ありがとう」
「モード系雑誌の撮影は十八時まで、それからCM撮影があります。終わるのは、二十一時以降になりますね」
「ん、把握してる」
仕事中の玲も新鮮だが、仕事モードの宇佐森さんにも驚いた。
失態をたくさん見てしまったせいか、どうも少し違和感がある。
しかし、よく考えてみれば、大手事務所であるファンタジスタ芸能に入社できているのだから、本来とても優秀なはずなのだ。
「凛太郎」
「っ、はい」
普段通りの返事をしそうになって、慌てて言葉を変える。
「私のかっこいいところ、よく見ててほしい」
「……はい」
口紅を塗ってもらいながら、玲は笑みを浮かべた。
撮影の準備が済んだようで、カメラマンが最後の微調整を行っている。
このカメラマンは、業界では相当有名な人らしい。トップアイドルともなると、関係者も一流の中の一流になるそうだ。
セットの背景は真っ白で、腰ほどの高さがある白や黒の箱が散らばっていた。
「レイさん入りまーす!」
「よろしくお願いします」
スタッフの声掛けと共に、玲がセットの中央に立つ。
モード系雑誌の撮影だからか、いつもよりクールな印象を受ける。
大きな襟が特徴的な、白のビッグカラーシャツ。
黒のレイヤードミニスカートは、玲の美脚を強調している。
足元の黒のレザーロングブーツは、トップスの可愛らしさとは対照的にかっこよく決まっていて、それがまたいいギャップを生んでいた。
何度も何度もシャッターが切られ、そのたびに玲がポーズを変える。
大人っぽいメイクだからか、いつもより色気を感じて、玲が動くたびにドキッとする。
カメラマンも乗ってきたのか、様々な指示が飛び始める。
玲が、散らばった箱に腰掛ける。そのまま足を組むと、カメラマンは歓声を上げた。
全員の視線が、玲に釘づけになっている。雑用を任されたスタッフすら、中腰のまま玲を見つめていた。
「綺麗……」
隣で、宇佐森さんがボソッとつぶやく。
その言葉に、俺はただ頷くことしかできなかった。
「はい、オッケーでーす!」
カメラマンの言葉で、雑誌の撮影が終わる。
玲がスタッフと雑談している間に、宇佐森さんと共に撤収の準備をする。
と言っても、玲の荷物をまとめて、いつでも出られるようにしておく程度だが。
「お待たせ」
「お疲れ様です!」
「ん」
玲が、小さく息を吐いた。
すかさずペットボトルの水を渡すと、玲はゴクゴクと喉を鳴らして飲み始める。
「ありがとう。喉カラカラだった」
「お疲れ様。かっこよかったですよ」
「ん、凛太郎の敬語、なんだかむず痒い」
手で顔を扇ぎながら、玲はクスッと笑う。
「着替えてくるから、ちょっと待ってて。あ、そうだ。あれ用意してくれた?」
「もちろん」
俺が頷くと、途端に玲の顔が明るくなる。
玲が着替えている間に、俺と宇佐森さんは、スタッフに挨拶して回った。
誰と話しても、玲を褒める言葉ばかりで、嬉しくなった。
撤収して車に戻ると、俺はすぐに持ってきた手提げを玲に渡した。
中には、大量のおにぎりが入っている。仕事の合間に食べられるよう、玲に頼まれていたものだ。
「ありがとう、凛太郎。楽しみにしてた」
「ゆっくり食べろよ」
車が動き出す。
宇佐森さんと二人のときは助手席に座ったが、今は玲の要望で、後部座席に並んで座っている。
「鮭、明太子、ツナマヨ、梅、全部おいひい」
おにぎりを口いっぱいに頬張りながら、玲は幸せそうな顔をする。
ゆっくり食べろと言ったはずなのに、手提げの中のおにぎりが瞬く間に消えていく。
「……羨ましいです」
バックミラー越しに、宇佐森さんと目が合う。
その、もの欲しそうな顔に、思わず苦笑した。
「余分に作ってますから、あとでどうぞ」
「いいんですか⁉」
まさか、おにぎりだけでこんなに喜んでもらえるなんてな。
「そうだ、葵ちゃんも凛太郎のご飯食べたんでしょ? どうだった?」
「そりゃもう! ばり美味しかったですよ!」
「よかった。何食べたの?」
「ペペロンチーノを作ってもらいました!」
「……いいなぁ」
玲の腹が、ぐうぅ、と可愛らしく鳴る。
これだけのおにぎりを詰め込んでおきながら、まだ食べたいのか。
「凛太郎、今度私にも作ってほしい」
「はいはい。いつでも作るよ」
玲が、グッとガッツポーズする。
俺は呆れ気味に笑った。




