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一生働きたくない俺が、クラスメイトの大人気アイドルに懐かれたら  作者: 岸本 和葉
第六章

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78-3

「どげんしたと? 志藤さん」

「へ⁉ えっと……」


 俺は、床に落ちている黒髪を、恐る恐る指さした。

 宇佐森さんの顔から、血の気が引いていく。


「こ、ここっ、これは違うばい!」

「ちょっと! 一旦包丁を置いてください!」


 慌てふためく宇佐森さんから、包丁を取り上げる。

 目がギョロギョロと泳ぐほど動揺している宇佐森さんを見て、冷静になってきた。 


「かー! 気ばつけとったとにやらかしたぁ!」


 宇佐森さんは、豪快に髪を掻きむしる。

 その姿には、もはや小動物らしい可愛らしさは感じられなかった。


「……こうなったら、腹ば切るしかなか」


 宇佐森さんの視線が、俺の持つ包丁へと向く。

 俺はとっさに、包丁を背中に隠した。


「貸しぇ! そん包丁で腹ば切る!」

「何言ってんだ⁉」


 跳びかかってくる宇佐森さんをかわし、包丁を隠しながらリビングへと逃げる。


「がるるる……」


 宇佐森さんは、唸り声を上げながらジリジリと迫ってくる。

 もはや、飢えた獣にしか見えない。


「うちを事件現場にするつもりかよ……!」

「年上ん言うことは聞くもんばい……腹ば切らしぇろ!」

「うおわぁ⁉」


 再び跳びかかってきた宇佐森さんを、寸前でかわす。

 この女、さっきから動きのキレが半端じゃない。跳びかかることに慣れているとしか思えない。


「がぁ!」


 宇佐森さんが掴みかかってくる。


――――やむを得ない。


 俺は宇佐森さんの腕を掴み、一本背負いを決める。

 ソファーに落とされた宇佐森さんは、何が起きたか分からないといった顔で、俺を見上げていた。



「ましゃか、こんアタシが投げらるーとは……」


 ソファーで胡坐をかいている宇佐森さんは、深くため息をついた。

 タイトスカートを穿いているせいで、さっきから目のやり場に困っている。ただ、それを指摘すると、すぐにでも噛みつかれてしまいそうでなかなか言い出せない。


「あんた、なかなかやりなんな」

「ど、どうも」

「アタシ、地元じゃ負けなしやったんやぞ。もっと喜べや」

「いや、そう言われても。てか、その口調って……宇佐森さん、福岡出身ですか?」

「そうばい。博多のデンジャラスラビットとは、アタシんことばい」


 宇佐森さんは、そう言って胸を張った。 


――――なんとも言えない異名だな……。


「てか、気が抜けて方言で話してたわ。できるだけ標準語で喋らんとな」

「助かります」


 聞き取れないほどではないが、聞いてから理解するのにラグが生まれてしまうのだ。


「で、その頭は?」

「あー、今年の頭に上京したんだけど、地元で黒染めするのを忘れちまってな。こっちで染めよう思うたら、どこの美容院もバッカ高くて……。セルフでやるにも、ほらアタシって不器用だろ? 仕方なく、カツラ被って誤魔化してんだ」

「……なるほど」

「まさか、こんなに早くバレるとは……いつもは猫被ってんだ。こんな態度じゃ、周りを怖がらせるだけだからな」


 バツの悪そうな顔をして、宇佐森さんは頭を掻いた。


「そうだ、あんたもアタシに敬語使わなくていいよ」

「いや、そういうわけにはいかないですよ」

「負けたんだから、アタシにはあんたの下につく義務があんの。分かる?」


 思考回路がヤンキーすぎる。

 タメ口なんて、どうにもしっくりこないが、こっちが折れなければまた跳びかかってくるかもしれない。


「……分かった」

「よし、じゃあこれからアタシは、あんたを兄貴って呼ぶ」

「それはやめてもらえる?」


 そんなふうに呼ばせていることが玲たちにバレたら、俺が説教を食らってしまう。


「大丈夫だって! お嬢たちと一緒のときは、ちゃんと社会人モードでいるからよ!」


 宇佐森さんがニッと笑うと、やけに尖った犬歯がチラリと見えた。

 この人、素で笑うとかなり愛嬌があるな。


「……てか、あいつらのこと、お嬢って呼んでんのかよ」

「おうよ! そう呼んだほうがしっくりくるんだ! たまに本人たちにも言いそうになって、けっこー焦るぜ……」


 なら、止めればいいのに。宇佐森さんが言うと、裏社会感が強すぎる。


「あ、そういやまだニンニク切ってねぇ」


 スッと立ち上がった宇佐森さんを、俺は手で制した。


「あとは俺がやっとくから、座っててくれ」

「えー⁉ アタシにやらせてよぉ、兄貴ぃ」

「兄貴言うな。あんたの持ち方じゃ絶対ケガするから、今日は見学してくれ」

「……まあ、兄貴がそう言うなら」


 宇佐森さんは、不満そうに頬を膨らませた。

 精神的な疲労を感じながらも、さっさとペペロンチーノを仕上げていく。


「お~!」


 その様子をカウンターの向こうから眺めていた宇佐森さんが、目を見開きながら歓声を上げた。おまけに拍手まで。


「ほんっとに手際いいな!」

「毎日やってるからな」

「すごかねぇ~……アタシなんて、こっち来てから毎日コンビニだわ」

「コンビニだって悪くないけど、栄養バランスは気をつけたほうがいいぞ。肝心なときに力が出ないから」

「大丈夫だって! 体は小せぇけど、頑丈さには自信があるからよ」


 そう言って、宇佐森さんは胸を叩く。

 ひどく華奢に見えるが、あの身体能力を見たあとだと、その言葉も信じられる。


「でも……あんたの飯を食べてるから、お嬢たちもあんなに動けんのかな。なんか、勝てる気しねぇんだよなぁ」


 宇佐森さんが首を傾げる。

 何をどう勝つ気なのか気になるところだが、宇佐森さんには、玲たちは自分よりも強い存在と認識されているらしい。


「食ってみりゃ分かるかもな」


 完成したペペロンチーノを一瞥し、俺は小さく笑った。



「ん〜! ばり美味かぁ~!」


 多めによそったペペロンチーノが、瞬く間に消えていく。


「ニンニクのガツンとした感じと、唐辛子のピリッとした辛さがたまらん!」

「気に入ってもらえてよかったよ」

「おう! 毎日食べたいくらいだ!」


 さっき、栄養バランスについて指摘したばかりなのに。

 それにしても、気持ちのいい食べっぷりに、思わず頬が緩む。

 シンプルが故に、ペペロンチーノは奥が深い。素材の味がそのまま出るから、ニンニクやオリーブオイルの種類を変えるだけで、また違った味わいになる。

 今日に至るまで、俺は色々なパターンを試してきた。その努力が報われた瞬間というのは、やはり嬉しいものだ。

 その後、皿が綺麗になるまで、宇佐森さんの手が止まることはなかった。


「はー! ごちそうしゃまやった」

「お粗末様」


 宇佐森さんは、空になった皿を見つめ続けている。


「もしかして、足りなかったか?」

「いや、腹はいっぱいだけど……お嬢たちは、毎日こんな美味い飯が食えるのかと思ってな」

「……さっきから褒めすぎだ」


 宇佐森さんから目を逸らす。相変わらず、ストレートな言葉に弱いのだ。


「何言ってんだ、褒め足りねぇくらいだよ。兄貴の飯は、なんかこう……力が湧いてくる感じがする」


 宇佐森さんは、ギュッと拳を握りしめる。

 言葉の真意が分からず、俺はその顔を覗き込んだ。


「なんだよ、ガンつけてきて」


 そんなつもりはないと、慌てて首を横に振る。

 喧嘩腰になると、いちいち言動が怖いな、この人。


「はぁ……でも、確かに兄貴の言う通りだな。飯はちゃんと食わねぇと力が出ねぇってわけだ」


 突然膝をついた宇佐森さんは、両手を床につけ、深く頭を下げた。

 いわゆる土下座だが、やけに様になっていて、すごく怖い。


「アタシはまだまだ未熟者だ。だから、兄貴の背中を追わせてもらいやす」

「あ、ああ、よろしく……」


 言葉選びがどうしてもマネージャーのものとは思えないが、人一倍やる気があるのは間違いなさそうだ。

 ならば、こちらもできる限り応えるべきだろう。そうすれば、玲たちの仕事の助けにもなるはずだ。


「よし、兄貴! 次は何をする? なんでも手伝うぜ!」

「……じゃあ、皿洗いを頼む」

「うっす!」


 宇佐森さんが、皿を重ねて運んでいく。

 その後、何度も皿を落としそうになったため、代わりに俺が洗うことにした。

 この人、本当に不器用だな。


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