6話 第三王子登場
開始時刻からかなり遅れ、ようやく会場に到着する二人。
夜の会場の大きな扉が開き、一気ににぎやかな音楽が外に漏れ出す。
二人が入場すると視線が一斉に集まった。
フィオリアは、一瞬だけ足がすくみそうになった。
自分は異物であり、蔑まれている亡国の姫であるという事実が押し寄せるようで。
その不安を感じ取ったかのように、隣のエルシオンが、一歩近づいた。
そして自然な動作で、フィオリアの腰へ手を添える。
あまり男性慣れしていないフィオリアは、かあっと頬を赤く染めた。
「顔を上げて」
小さな声。けれど、優しい声。
「あなたはエルファードの姫であり、私の婚約者です。
この場で最も丁重に扱われるべき女性ですよ」
その言葉は、フィオリアに勇気を与えてくれるようだった。
そして、顔を上げた。
会場の空気が、わずかに変わる。
エルシオンと揃いの青のドレスをまとい、金色の髪をふわりと揺らすフィオリアは、まるで湖に差し込む春の光のようだった。
亡国の姫。人外の姫。
そう呼ぶには、あまりに凛としていた。
貴族たちは自然と道を開け、二人は会場中央へ進んでいく。
ちょうど演奏が終わり、次の曲が始まろうとしていた。
「次の曲はエルファードでも踊られているものですね」
エルシオンは曲を確認してから、フィオリアに手を差し出す。
「では姫君、私と踊っていただけますか」
「……私でよろしいのですか?」
「あなた以外を誘うつもりはありません」
エルシオンにそう言われ、フィオリアは思わず顔をそらした。
(この方、意外と自然にエスコートくださるし、甘いお言葉もくださって……。
なんだか、少し落ち着かない気持ちね)
やがて、少し切ない旋律の音楽が始まった。
エルファードの踊りは、グランヴェルのものより少し軽やかで、流れるように足を運ぶ。
エルシオンはそれにすぐ気づき、フィオリアに歩みを合わせてくれた。
驚くほど踊りやすく、フィオリアは自然と笑顔になっていた。
強引に引くのではなく、必要な場所にだけ導く。まるで、こちらの動きを完全に読んでいるように。
「お上手なのですね」
フィオリアが小さく言うと、エルシオンは淡々と答えた。
「私は相手が上手くないと踊れません」
「お世辞ですか?」
「事実を言っているだけです」
その返答に、フィオリアは思わず笑ってしまった。
周囲の貴族たちは、いつの間にか二人へ視線を奪われていた。
最初は好奇の目だった。
だが今は違う。
亡国の姫と氷の軍神。
その二人が、驚くほど美しく並んでいたからだ。
(楽しい。
楽しいって思ったのなんて、本当に久しぶりだわ。
……これもエルシオン様のおかげ、なのかしら)
一曲終わり、フィオリアがもう一度手を取ろうとした、その時だった。
「やあやあ兄上、噂のかわいらしい姫君に随分と夢中じゃないか」
後ろから気だるげな声が割り込んだ。
「そんな姿を見せたら、元婚約者のレティスが泣くぞ?」
そう言って笑ったのは。
グランヴェル帝国第三王子、ヴァレク・グランヴェルだった。




