第9話:ステラ様不在、人類だけで現場を回してみた結果
「全員――撤退だァァァァァァァ!!!」
「リ、リュウジさん!? 戦わないんですか!?」
「馬鹿野郎ォォォ!!」
東京のダンジョン現場。
押し寄せるモンスター群を背に、リュウジは先頭を切って爆走していた。
「ステラ様はおっしゃった!! 死んだら報告できないとォォォォ!!」
「言ってることは一〇〇%正しいんだけど……!」
「生きて帰るぞォォォ!! これは神命である!!」
「そこだけ余計なんだよなぁぁぁ!?」
安全地点まで退避。
リュウジは即座に通信機を掴んだ。
「山城補佐官!」
『こちら山城!』
「…………俺たちだけじゃ無理だ!! 応援を寄越せェェェ!!」
『了解! 東京第三班を回す!』
「頼む!!」
別の現場でも。
「青い揺らぎ発生! このまま入りますか!?」
「待て! 確認しろ!」
『大阪第五班から情報! 青は接続先不明! 絶対に入るな!』
「了解! 全班へ共有!」
さらに別の現場。
「こっちは人手が足りません!」
『何人必要だ!?』
「最低でも五人!」
『了解! 足りないならすぐ報告しろ! 応援を回す!』
「はい!」
世界中で。
人類は。
ステラの教えを、愚直なまでに守った。
分からなければ、確認する。
危なければ、逃げる。
無理なら、助けを呼ぶ。
情報は、共有する。
たった四つ。
それだけだった。
それだけなのに。
昨日まで崩壊しかけていた現場が。
少しずつ。
回り始めた。
◇
火曜日。
三連休、一日目。
「東京第二班、帰還!」
「大阪側、救援対象を全員回収!」
「韓国支局、接続異常の座標データ共有完了!」
「死亡者――」
一瞬。
司令室が静まり返る。
「ゼロです!!」
「…………」
日本探索者管理局。
山城補佐官は巨大モニターを見つめた。
「…………回ってる」
「補佐官?」
「いや……」
山城は自分でも信じられない顔をしていた。
「ステラさん、いないのに……現場、回ってる」
「当たり前じゃないですか」
「その当たり前ができなかったんだよ、昨日まで!!」
「悲しいこと言わないでください!」
接続異常は、まだ続いている。
モンスターも出る。
混乱もある。
それでも。
確認する者がいた。
撤退を選ぶ者がいた。
助けを求める者がいた。
得た情報を、次の現場へ回す者がいた。
そして。
誰も。
ステラへ連絡しなかった。
「…………よし」
山城は小さく拳を握った。
「一日目」
モニターに表示される。
【死亡者:0】
「乗り切った……!」
◇
翌、水曜日。
三連休、二日目。
午後四時五十一分。
東京のダンジョン現場。
「主要反応、ほぼ消失!」
「救援対象、全員回収!」
「接続異常も縮小しています!」
「よぉぉぉぉし!!」
リュウジが拳を天へ突き上げた。
「見たかァァァ!!」
汗と埃まみれの顔で。
満面の笑み。
「我々は!! ステラ様のお力を借りず!! 二日目も無事に――!」
「また撤退してましたね」
「…………何?」
若手探索者がぽつりと言った。
「いや」
肩をすくめる。
「最近のリュウジさん、すぐ逃げるなって」
「逃げているのではない!!」
リュウジが振り返る。
「戦略的撤退だァァァ!!」
「さっきも『待て! 確認だ!』って三回言ってましたよね」
「当然だ!!」
「応援もすぐ呼ぶし」
「当然だァァァ!!」
別の探索者がニヤッと笑った。
「ステラ様の教え」
一拍。
「リュウジさんのビビり癖に、ガッツリ刺さりましたね」
「なっ……!?」
リュウジの額に青筋が浮かぶ。
「き、貴様……!」
「前まで『俺について来い!』だったじゃないですか」
「最近は『待て!』『戻れ!』『確認だ!』ばっかり」
「違う!!」
リュウジが拳を握る。
「これはステラ様より授けられた、崇高なる《四大聖訓》を忠実に実践しているだけだ!!」
「でも」
若手が首を傾げた。
「結局、ステラ様がいないと何も決められないんじゃないですか?」
「…………」
一瞬。
空気が止まった。
「…………誰が」
「え?」
「誰が何も決められんと言ったァァァァ!!」
「うわ、めんどくさいところ入った」
「俺はA級探索者だぞ!!」
「知ってます」
「何年、現場にいると思っている!!」
「そこは知らないです」
「今まで何百回!! 危機をくぐり抜けてきたと――!」
その時。
ピッ。
「…………ん?」
観測端末の片隅。
小さな赤い点が。
一度。
点滅した。
「あ」
若手探索者が画面を覗き込む。
「リュウジさん」
「なんだ!」
「なんか反応出ました」
「…………」
【微弱異常反応】
一秒。
二秒。
消えた。
「今の何ですかね」
「…………」
「一応、管理局へ確認取ります?」
「…………」
リュウジの脳裏に。
昨日の声が蘇る。
『分かんないなら、勝手に判断したり触ったりしないで、確認してください』
――一、独断を捨てよ。
「…………」
確認。
すべきだ。
そんなことは。
分かっている。
だが。
『ビビり癖にガッツリ刺さった』
『ステラ様がいないと何も決められない』
周囲の視線。
A級としてのプライド。
そして。
かつての炎上系配信者としての。
どうしようもなく古い癖。
リュウジは胸を張った。
「…………大丈夫だ!!」
「え?」
「この程度の反応!」
観測端末を指差す。
「俺が見れば分かる!!」
「いや、でも何の反応か――」
「問題ない!!」
「確認だけでも――」
「俺に任せろォォォォ!!」
「うわっ」
若手が後ずさる。
「昔のリュウジさんに戻った!」
「進めェェェ!!」
「ほんとに進むの!?」
◇
三分後。
ズドォォォォォォォン!!!
「…………は?」
大地が。
割れた。
先ほど赤い点が出た場所。
空間そのものが。
内側から爆発した。
黒い亀裂。
その奥から。
巨大な腕が現れる。
一本。
床へ。
ズンッ!!
次に。
異形の頭部。
そして。
人間など片手で握り潰せそうな巨体が。
ゆっくりと這い出してきた。
観測端末が。
けたたましい警報を鳴らす。
ピピピピピピピピッ!!
【緊急判定】
【SS級】
【測定不能】
【危険度――算出不能】
「…………」
リュウジの顔から。
血の気が引いた。
若手探索者が。
ゆっくり。
隣を見る。
「リュウジさん」
「…………」
「大丈夫って」
「…………」
「言いましたよね?」
「…………」
「俺に任せろって」
「…………」
「言いましたよね?」
「今それ言うなァァァァ!!」
ドゴォォォォォォン!!
「ぐあああああっ!!」
巨大な腕が一振りされた。
ただ。
それだけ。
最前列の探索者たちがまとめて吹き飛ぶ。
『東京現場、異常反応急上昇!!』
『応援に入ったA級部隊、接敵します!』
通信機から声。
直後。
ドォォォォン!!
『うわああああっ!!』
『A級部隊、壊滅!!』
「…………嘘だろ」
誰かが呟いた。
一撃。
たった一撃だった。
SS級ボスが。
ゆっくりとこちらを見る。
空気が。
重くなる。
息ができない。
足が震える。
「リュウジさん……!」
若手が声を震わせる。
「どうします!?」
「…………」
リュウジは。
一瞬。
巨大な敵を睨んだ。
そして。
「撤退だァァァァァァァ!!!」
「即決!?」
「全員下がれ!!」
今度は。
迷わなかった。
「負傷者を先に運べ!!」
「はい!」
「管理局へ応援要請!!」
「はい!」
「SS級出現情報!! 座標!! 攻撃パターン!! 分かっているもの全部共有しろォォォ!!」
「了解!!」
独断した。
やらかした。
取り返しのつかない判断ミスをした。
だが。
だからこそ。
残り三つだけは。
絶対に破らなかった。
「こっちです!!」
「負傷者三名!」
「運べ!!」
「リュウジさん!」
「俺はいい!!」
「でも血が――!」
「先に新人を出せ!!」
「リュウジさんも撤退してください!」
「分かっている!!」
リュウジは歯を食いしばった。
「死んだら――」
巨大な腕が振り上げられる。
「報告できんのだァァァァ!!」
ドォォォォォン!!
「ぐぁっ!!」
リュウジの身体が床を転がった。
「リュウジさん!!」
「来るな!!」
血を吐く。
それでも。
立つ。
「全員……!」
膝が震える。
「生きて……!」
SS級ボスの影が。
リュウジたちを覆う。
「帰れェェェェェ!!!」
巨大な腕が。
ゆっくりと。
振り上がった。
逃げ切れない。
間に合わない。
誰もが。
そう思った。
その時。
ぐにゃり。
「…………?」
SS級ボスの背後。
いや。
ダンジョンそのものが。
歪んだ。
「何だ……?」
空間に。
一本の亀裂が走る。
ぐにゃ。
ぐにゃり。
それは。
今まで発生していた接続異常とは。
明らかに違っていた。
「リュウジさん……」
若手探索者が。
震える指で亀裂を指す。
「これ……どこに繋がってるんですか……?」
「…………知らん」
「え?」
「分からん」
「じゃあ確認――」
「できるかァァァ!! 今それどころじゃないだろォォォ!!」
亀裂が。
一気に開いた。
そして。
崩壊したダンジョンと。
どこか別の場所が。
完全に接続した。
「…………」
リュウジが。
目を見開く。
その先に。
何があるのか。
この時。
まだ。
誰も知らなかった。
(第9話・了)




