第10話:ステラ様、休暇中にSS級ボスより新人教育を優先する
「十九……」
細く。
さらに細く。
「二十……」
白髪赤眼の絶世の美少女は。
世界の危機など一ミリも知らず。
さけるチーズへ、全神経を集中させていた。
場所は。
寂れた温泉街。
素泊まり一泊三千九百円の格安温泉旅館。
時刻――。
【16:57】
「…………いける」
ステラの赤い瞳が鋭くなる。
「これ、過去最高いけるぞ……!」
ちなみに。
少し前。
ステラは旅館の廊下に置かれた、古びたマッサージチェアの前で停止していた。
【10分 200円】
「…………二百円」
百円玉を二枚。
握り締める。
「高くない?」
世界滅亡級ボスを前にした時より。
遥かに険しい顔だった。
「十分で二百円……」
腕を組む。
「こういうの毎回やってたら固定費になるぞ……」
だが。
今日は三連休。
しかも。
三十八年間。
ろくにできなかった温泉旅行である。
「…………こんな贅沢していいのか?」
誰も止めていない。
三十秒。
悩む。
「いや……せっかく来たんだぞ」
さらに二十秒。
「…………今日だけ」
チャリン。
「特別経費」
ウィィィィィン……。
「あ゛~~~~~~……」
浴衣姿の絶世の美少女が。
完全におっさんの声を出した。
「そこ……いい……」
ぐりぐり。
「あ゛~~……」
赤い瞳が、とろける。
「二百円、高いけど……これはアリだな……」
一拍。
「でも固定費化は禁止」
そして現在。
風呂。
マッサージ。
持参した安い発泡酒。
さけるチーズ。
完璧な休日である。
「二十一……」
細い。
「二十二……」
さらに細い。
「…………今日、記録出るな」
その時。
ぐにゃり。
「…………ん?」
テレビの横。
何もない空間が。
歪んだ。
ぐにゃ。
ぐにゃり。
「…………」
ステラの手が止まる。
「何これ」
次の瞬間。
バキンッ!!
空間が。
裂けた。
「…………は?」
そして。
温泉旅館の六畳間と。
地獄が。
直接。
繋がった。
「…………」
向こう側。
崩壊したダンジョン。
砕け散った床。
倒れている探索者たち。
血まみれのリュウジ。
そして。
人間など片手で握り潰せそうな。
巨大なSS級ボス。
「ス……」
リュウジの目が。
ゆっくり。
見開かれる。
「ステラ……様……?」
「…………」
ステラは。
右手のさけるチーズを見る。
左手の発泡酒を見る。
地獄を見る。
もう一度。
チーズを見る。
「…………誰?」
赤い瞳から。
光が消えた。
「休み中の宿に、現場繋げたの」
「ち、違います!!」
リュウジが。
血まみれのまま、必死に首を振った。
「我々ではありません!!」
「本当に?」
『呼んでません!!』
通信機から。
山城の絶叫が飛んできた。
「…………山城さん?」
『はい!!』
「今日、私休みですよね?」
『休みです!!』
「緊急連絡」
『してません!!』
「電話」
『してません!!』
「メール」
『送ってません!!』
「…………」
ステラが。
ほんの少しだけ頷く。
「そこは偉い」
『ありがとうございます!!』
「普通の労務管理ですけど」
『はい!!』
山城が。
なぜか救われた声を出した。
つまり。
誰かがステラを呼んだわけではない。
現在、世界各地で起きている接続異常が。
たまたま。
世界最強の美少女が休暇中の。
一泊三千九百円の格安温泉旅館へ。
直結しただけだった。
「…………はぁ」
ステラは。
深く。
重い。
ため息を吐いた。
そして。
血まみれのリュウジを見る。
「リュウジさん」
「はいっ!!」
「引き継ぎで、私なんて言いましたっけ?」
「四大聖訓です!!」
「一個目」
「独断を捨てよ!!」
「異常反応」
「…………」
「出ました?」
「…………出ました」
「確認しました?」
「…………」
「しました?」
「…………してません」
「何しました?」
「…………」
「何しました?」
「…………独断しました」
「はい」
「…………」
一拍。
「新人ですね」
「ぐはっ!!」
リュウジが。
胸を押さえた。
倒れていた若手探索者が。
小さく呟く。
「A級なのに……」
別の探索者も続く。
「まるで新人営業マン……」
「誰が新人営業マンだァァァ!!」
「リュウジさん」
「はい!!」
即座に。
背筋が伸びた。
「人の話、聞いてください」
「はい!!」
ステラは淡々と続ける。
「異常反応が出た」
「はい……」
「何か分かってた?」
「…………いいえ」
「確認してない」
「はい……」
「根拠は?」
「…………ありません」
「でも?」
「…………大丈夫だと」
「さらに?」
「…………俺に任せろと」
「うわぁ」
「うわぁって言った!?」
ステラの目から。
さらに光が消えた。
「確認取ってないのに」
一拍。
「『大丈夫です! 任せてください!』って」
「…………」
「新人営業マンそのものじゃないですか」
「ぐはぁっ!!」
周囲から。
追撃。
「あー……いるわ」
「納期確認してないのに『いけます!』って客に返事する人」
「後から現場に『なんとかしてください』って来るやつ」
「最終的に周りが徹夜するやつ」
「やめろォォォ!!」
リュウジが。
頭を抱えた。
「俺を見るなァァァ!!」
「前職にもいましたよ」
ステラが。
遠い目をした。
「『たぶん大丈夫だと思います!』で話進めて」
一拍。
「後から全部、現場に投げる営業」
「申し訳ございません!!」
「いや、私に謝られても」
「ご指導ありがとうございます!!」
「まだ指導終わってません」
「はい!!」
ステラは。
冷たい目を向ける。
「A級なんですよね?」
「はい!!」
「新人営業マンですね」
「はい!!」
「認めた!?」
若手探索者たちが。
一斉に振り返った。
「いやいやいや!」
「さっき俺たちが言った時、めちゃくちゃキレてたじゃないですか!」
「貴様らとステラ様を一緒にするなァァァ!!」
「理不尽!!」
「ステラ様がおっしゃるなら!!」
リュウジは。
血まみれのまま胸を張る。
「俺は今日から新人営業マンだァァァ!!」
「A級の肩書き捨てるの早すぎません!?」
「ステラ様からいただいた新人認定だぞ!!」
「いただいてないですよ」
「賜ったァァァ!!」
「勝手に昇格させないでください」
「新人なのに昇格!?」
その時。
ズズズズズズズズ……!!
「…………」
完全に。
放置されていた。
SS級ボスの全身から。
漆黒のオーラが噴き上がった。
「愚かな……人間どもよ……!」
ビリビリと。
大気が震える。
「我を前にして!!」
黒い瘴気が。
ダンジョンを覆っていく。
「いつまで戯れ言を続けるつもりだァァァ!!」
咆哮。
その衝撃だけで。
空間の向こう。
旅館の障子が。
バタバタバタバタッ!!
激しく揺れた。
「我は終焉を統べる者!!」
SS級ボスが。
巨大な両腕を広げる。
「今より!! この地球すべてを――」
「黙ってください」
「…………」
一瞬。
SS級ボスの動きが止まった。
「……何?」
ステラは。
振り返りもしなかった。
「今、新人教育してるんで」
「新人……教育……?」
「はい!!」
リュウジが。
勢いよく頭を下げる。
「ご指導お願いいたします!!」
「受け入れてる!!」
若手探索者が叫んだ。
「さっきまで『誰が新人だ!』ってキレてたじゃないですか!」
「ステラ様から賜る新人認定は名誉だァァァ!!」
「もう意味分かんない!!」
「貴様らァァァァァァ!!」
とうとう。
SS級ボスがキレた。
「我を無視するなァァァ!!」
ドンッ!!
巨体が。
大地を蹴る。
人類最高クラスのA級部隊すら。
一撃で壊滅させた。
巨大な拳が。
ステラへ向かって。
振り下ろされた。
(第10話・了)




