第11話:世界最強の聖女、休暇中の差し込み案件を定時前に処理する
巨大な拳が。
ステラへ向かって。
振り下ろされた。
人類最高クラスのA級部隊すら。
一撃で壊滅させた拳。
それを。
ステラは。
右手にさけるチーズを持ったまま。
左手を。
軽く。
振った。
ぺしっ。
ドゴォォォォォォォン!!!
「ぐぉっ!?」
SS級ボスの巨体が。
弾丸のように吹き飛んだ。
ダンジョンの壁を。
一枚。
二枚。
三枚。
まとめてぶち抜く。
「…………」
静寂。
血まみれの探索者たちが。
一斉に。
固まった。
「…………え?」
若手探索者が瞬きをする。
「今……」
「素手……?」
「いや」
別の探索者が震える指を差した。
「片手……」
さらに。
「右手……」
見る。
「チーズ持ったまま……」
「…………」
全員の視線が。
さけるチーズへ集まった。
だが。
ステラは。
SS級ボスなど見てもいなかった。
「リュウジさん」
「は、はい!!」
「続きますよ」
「今ですか!?」
「今です」
「はい!!」
即座に。
背筋を伸ばす。
「撤退」
「しました!!」
「応援要請」
「しました!!」
「情報共有」
「しました!!」
「独断」
「…………しました」
「そこですよね?」
「はいぃぃぃ!!」
ステラは。
さけるチーズを持ったまま。
小さくため息を吐いた。
「他の三つできてるのに」
一拍。
「なんで一個だけ破るんですか」
「…………煽られまして」
「小学生ですか?」
「ぐはっ!!」
若手探索者が。
ぼそり。
「A級なのに……」
「貴様ァァァ!!」
「リュウジさん」
「はい!!」
「また反応してる」
「…………すみません」
時計。
【16:58】
「あー……」
ステラが。
露骨に嫌そうな顔をした。
「あと二分か」
「…………?」
若手探索者が。
恐る恐る聞く。
「あの……ステラ様」
「なんですか」
「休みの日なのに」
一拍。
「定時ってあるんですか?」
「あります」
「あるんだ……」
「俺の中に」
「精神的な定時だった……」
その時。
ズズズズズズズズ……!!
「許さん……!」
瓦礫の奥。
SS級ボスが立ち上がった。
「許さんぞォォォォ!!」
漆黒のオーラが。
さらに膨れ上がる。
「我が真なる姿を前に!!」
巨体が。
禍々しく変貌していく。
「絶望し!!」
角が伸びる。
「恐怖し!!」
背中から。
巨大な翼が広がる。
「地に伏すがいい!!」
「…………」
ステラは。
右手のさけるチーズを見る。
ちゃぶ台を見る。
そして。
皿の上へ。
そっと。
置いた。
「ちょっと待ってて」
「…………!」
リュウジが目を見開く。
「ステラ様……!」
「我々に待っていろと……!」
「違います」
「え?」
ステラは。
皿を見ていた。
「チーズに言いました」
「チーズ!?」
「二十二本目」
一拍。
「あとちょっとだったのに……」
「そこ数えてたんですか!?」
ステラは。
浴衣姿のまま。
立ち上がる。
「あ゛ー……」
首を。
ゴキッ。
「せっかく二百円も払って」
肩を回す。
ゴキッ。
「四十肩ほぐしたばっかなんですけどね……」
「四十肩!?」
「十分二百円ですよ。結構するんです」
「そこじゃない!!」
ステラは。
ようやく。
SS級ボスを見る。
「休暇中の」
時計。
【16:58:34】
「十六時五十七分に」
一拍。
「宿まで障害飛ばしてくるとか」
赤い瞳から。
完全に光が消える。
「最悪の差し込み案件ですよ」
「貴様ァァァァ!!」
「我が真なる姿を見てもなお――!」
「結構です」
「何!?」
「そういう演出」
ステラが。
面倒くさそうに片手を振った。
「長いんで」
「なっ……!」
「巻きでお願いします」
「き、貴様……!」
時計。
【16:59】
「もう時間ないんで」
「何……?」
「サクッと閉じます」
「待て!!」
SS級ボスが両腕を広げる。
「我はこれより地球を滅ぼし――!」
「あと」
ステラは。
リュウジを指差した。
「新人教育の続きもあるんで」
「ステラ様ァァァァァ!!」
「だから声でかいって」
次の瞬間。
ステラが。
消えた。
「な――」
白い髪が。
一瞬だけ。
空間を横切った。
ドォォォォォォォン!!!
白い閃光。
轟音。
衝撃波。
それだけだった。
【SS級反応】
【消失】
【討伐完了】
「…………」
若手探索者が。
観測端末を見る。
もう一度。
見る。
「……消えた」
「SS級が……」
「一撃……?」
時計。
【16:59:41】
「よし」
ステラは腕時計を見て。
小さく頷いた。
「間に合った」
A級部隊を。
一撃で壊滅させたSS級。
それすら。
ステラにとっては。
定時二十秒前に終わった。
ただの。
差し込み案件だった。
「じゃ」
ステラが振り返る。
「リュウジさん」
「はい!!」
「反省点」
「今ですか!?」
「今です」
「はい!!」
リュウジは。
血まみれのまま。
背筋を伸ばした。
「一つ!! 煽られてムキになりました!!」
「はい」
「二つ!! 確認せず『大丈夫』と言いました!!」
「はい」
「三つ!! 根拠なく『俺に任せろ』と請け負いました!!」
「それですね」
「はい!!」
「あと声が大きい」
「四つになったァァァ!!」
「声」
「……すみません」
「明日、やり直してください」
「はい!!」
「じゃ、お疲れ様でしたー」
「ステラ様!?」
「俺」
一拍。
「休みなんで」
くるり。
背を向ける。
畳へ戻る。
皿の上。
新記録目前の。
さけるチーズ。
「…………」
ステラは。
恐る恐る。
持ち上げた。
「…………お」
切れていない。
「…………!」
赤い瞳が。
今日一番。
輝いた。
「まだいける!!」
「…………」
世界が救われたことより。
チーズ新記録の方が。
重要だった。
◇
翌、木曜日。
三連休最終日。
ピッ。
「リュウジさん。また微弱反応です」
「確認する!!」
「即答!?」
「俺はもう二度と!!」
リュウジが拳を握る。
「根拠なしで『大丈夫だ! 俺に任せろ!』とは言わん!!」
「新人営業研修、効いてる……」
「誰が新人営業マンだァァァ!!」
「昨日、自分で認めてましたよね?」
「ステラ様限定だァァァ!!」
「めんどくさっ!」
「声」
「…………すまん」
「そこは素直なんだ……」
その日。
大きな事故は起きなかった。
誰も。
ステラへ連絡しなかった。
火曜日。
水曜日。
木曜日。
三日間。
【死亡者:0】
完璧ではない。
失敗もした。
それでも。
昨日より。
ほんの少しだけ。
マシになった。
◇
翌日。
三日ぶりの《D-Live》。
『新人営業研修、修了www』
「修了とは言ってません」
「えっ」
『留年wwww』
「ステラ様!?」
◇
【朗報】ステラ様の三連休、死亡者0名
【悲報】A級リュウジ「俺に任せろ!」→三分後SS級
【教育】ステラ様「新人ですね」
【衝撃】SS級ボス、「今、新人教育してるんで」で黙らされる
【朗報】翌日からリュウジ、「確認します」を覚える
◇
配信終了後。
東京都内。
築四十年の格安アパート。
六畳一間。
「…………」
ステラは。
ちゃぶ台の上を見つめていた。
温泉まんじゅう。
レシート。
電卓。
【温泉まんじゅう】
【8個入り 1200円】
カチ。
カチ。
カチ。
【150】
「…………一個」
一拍。
「百五十円……?」
ステラの顔から。
血の気が引いた。
「…………俺」
頭を抱える。
「牛乳で四十円浮かせて……」
旅先での記憶。
【普通の牛乳 160円】
【コーヒー牛乳 200円】
「喜んでたよな……?」
さらに。
【マッサージチェア】
【10分 200円】
「二百円ですら……」
震える。
「五十秒悩んだよな……?」
もう一度。
レシートを見る。
【1200円】
「…………」
「その俺が……」
顔を覆う。
「饅頭に千二百円……?」
脳裏に。
旅館の売店が蘇る。
『お姉ちゃん、これ一番人気よ!』
愛想のいい。
売店のおばちゃん。
『自分用にも人気なの。ほら、試食どうぞ!』
『いや、私、自分用は――』
『まあまあ』
ぱく。
『…………うま』
『でしょう?』
次の記憶。
『千二百円になりますー』
『…………はい』
現在。
「…………」
ステラは。
頭を抱えた。
「完全に営業トークに乗せられてんじゃん……!!」
休暇中。
A級探索者へ。
『確認取ってないのに大丈夫って言うな』
『新人営業マンですね』
と。
説教した女である。
その本人が。
試食一個で。
売店のおばちゃんの営業に。
完敗していた。
「…………リュウジのこと言えねえ」
三日間。
死亡者、ゼロ。
人類は。
昨日より。
ほんの少しだけ。
マシになった。
だが。
世界最強の聖女は――。
SS級ボスには勝てても。
観光地価格と。
売店のおばちゃんの営業力には。
勝てなかった。
ステラは。
温泉まんじゅうを一つ取る。
ぱく。
「…………」
もぐもぐ。
「……でも」
もう一口。
「うまいんだよな」
一拍。
「売店のおばちゃん……」
残り七個を見る。
「強かったな……」
そして。
世界最強の美少女は。
固く。
心に誓った。
「…………次から試食断ろ」
(第11話・完結)
【あとがき】
「ステラさん。今回もお疲れ様でした」
「二十四……二十五……」
ブチッ。
「あっ」
「えっ」
さけるチーズが途中で切れた。
「…………」
ステラが。
ゆっくり顔を上げる。
「神さま…………今、話しかけました?」
「えっ」
「新記録いけそうだったんですけど」
「す、すみません……」
「で、なんですか?」
「あの……次回の打ち合わせを……」
「また地球救っただろ。もうやらねえよ」
「ですが、かなり好評でして……」
「…………」
ステラが。
こちらを見る。
「おい。見てるやつ」
「ブックマークとか、いいねとか、するなよ」
「えっ」
「これ、振りじゃないからな」
びしっと指を差す。
「『押すなよ、絶対押すなよ』って言われたら押すやついるだろ」
「ポチるなよ」
「ステラさん、それ完全に――」
「うるさい」
プシュッ。
発泡酒を開ける。
「また出番増えるだろ」
一口。
「俺、定時退社。残業禁止なんで」
「…………」
「だから」
赤い瞳が細くなる。
「絶対、押すなよ?」




