第6話:ステラ様、休むために人類へ引き継ぎをする
そして迎えた、三連休前日の月曜日。
白髪赤眼の美少女ステラ――中身は三十八歳社畜おっさんの橘健太郎は、格安アパートの六畳間でウキウキと旅支度を整えていた。
畳の上には、古びた旅行用リュック。
着替えを入れたビニール袋。
サロンパスの箱。
タイムセールで買ったかっぱえびせん。
そして【コンビニの濡れおしぼり】が、綺麗に並べられている。
さらに。
スマートフォンの画面横には、キッチンから持ってきたデジタルタイマーがデカデカと設置されていた。
表示されている数字は――。
【30:00】
「よし」
ステラは腕を組んだ。
「明日からの三連休中に無駄な問い合わせとか障害アラート飛んできたら胸糞悪いからな。最低限だけサクッと引き継いで、さっさと温泉宿に前乗りしよ」
スマホに表示された旅行サイトへ目を落とす。
【平日限定・月曜夜チェックイン割引】
「月曜夜から入るプランが一番安いし。こういうのは使える制度を使った奴が勝ちなんだよ」
世界最強の聖女は、宿泊費数百円の差に満足げに頷いた。
そしてダボダボのジャージの袖をまくり、配信用アプリ《D-Live》の配信ボタンをタップする。
同時に。
タイマーのスタートボタンも親指で押し込んだ。
ピッ。
【29:59】
配信開始。
一瞬で同接数が十万人を突破する。
『ステラ様ァァァ!!』
『明日から本当に三日間も休まれるのですか!?』
『待って画面の横にキッチンタイマー置いてあるwww』
『数字減ってるんだけど!?』
『まさか本当に三十分限定!?』
コメント欄が一瞬でパニックに陥った。
ステラは心底面倒くさそうな目で画面を見つめる。
「あー、どうも」
ひらひらと片手を振る。
「明日から三日間休みますんで。休み中に無駄なアラートとか問い合わせ飛んできてほしくないから、最低限だけ引き継ぎ――」
一瞬考える。
「というか、注意喚起します。このタイマー鳴ったら即終了しますんで、巻きでいきますね」
『引き継ぎ……!?』
『ステラ様から人類への引き継ぎ!?』
『神が三日間この世を離れる前に、我々へ知恵を授けてくださるのか……!』
『最後の教えだ……!』
『いや三日後戻ってくるからな!?』
『今、「注意喚起」とも仰ったぞ!』
『神自ら人類に警告……!?』
『終末の予言か!?』
「…………」
ステラはコメント欄を眺めた。
「なんで『引き継ぎ』一個でそこまで話でかくなるんですか」
『ステラ様のお言葉が軽いはずがない』
「重く受け取らないでください」
『なんという謙虚さ……!』
「もういいわ」
開始一分。
すでに疲れていた。
◇
今回の配信には、一人だけ《ゲスト参加枠》が設けられていた。
理由は単純。
ステラが事前に、
『質問する人、一人にまとめてください。何人も相手するの面倒なんで』
と管理局へ伝えていたからである。
その結果。
なぜか人類代表として選ばれた男が――。
画面右下。
小さなワイプに映っていた。
元A級配信者。
現在のチャンネル名、【公式謝罪】ステラ様親衛隊・隊長。
リュウジである。
「…………」
ステラは、その小窓を二度見した。
リュウジは。
なぜか正座していた。
背筋は九十度。
膝の上には、この日のためだけに買ったらしい新品のメモ帳。
右手には三色ボールペン。
そしてステラが一言喋るたびに。
カリカリカリカリカリッ!!
凄まじい勢いでメモを取っている。
「……あいつ、社畜の鑑じゃん」
『ステラ様!?』
リュウジの顔が一気に輝いた。
「オンライン会議でここまで真面目にメモ取る奴、前職にもいなかったぞ」
「社畜の鑑……!」
リュウジの手が震える。
「ステラ様より、そのような尊き称号を……!」
「いや、それ褒め言葉じゃないです」
「ありがとうございます!!!!」
「聞けよ」
『社畜の鑑wwww』
『リュウジ今日一番嬉しそうで草』
『A級探索者時代より出世してると思ってそう』
『もう完全に新入社員なんよ』
一方。
とある高級マンションの一室では。
実際にリュウジ本人が、巨大モニターの前で正座していた。
「神自らが授けてくださる、人類生き残りのための引き継ぎ……」
ゴクリ。
「一言一句、逃さず記録せねば……!」
新人へ絡んで数字を稼いでいた、かつての炎上系大手配信者の面影は、そこには微塵もなかった。
画面の向こう。
ステラがだるそうに人差し指を立てる。
「難しいことは言いません」
コメント欄が静まる。
「事故が起きる現場って、だいたい基本ができてないんですよ。だから以下の四つだけ守ってください」
一本目。
「まず一つ目」
ステラは淡々と言った。
「分かんないなら、勝手に判断したり触ったりしないで、確認してください」
リュウジは震える手でペンを走らせる。
【一、独断を捨てよ】
「…………」
ステラがワイプを見る。
「なんで急に言い方が神々しくなってんの?」
「続きをお願いいたします!!」
「まあいいけど……」
二本目。
「危なかったら逃げてください」
「なっ……!?」
リュウジが息を呑んだ。
そして画面へ食いつく。
「待ってくださいステラ様!」
「何ですか」
「もし未知の強敵と遭遇した場合!」
リュウジは拳を握り締める。
「我々は命を賭してでも、その能力を分析し! 後続のためにデータを残すべきでは――!」
「いや、逃げてくださいよ」
「え」
即答だった。
「死んだら報告できないでしょ」
「…………!」
リュウジの瞳が見開かれた。
「死んだら……」
震える。
「報告が……できない……っ!?」
「当たり前でしょ」
ステラは頬杖をついた。
「生きて帰ってから報告してください。死人に仕事は頼めないんで」
「…………」
リュウジの目から、大粒の涙がこぼれた。
「命を……」
ボロボロ。
「捨てるなと……!」
「報告しろって言ってるんですけど」
届いていなかった。
リュウジは金文字でも刻むような勢いで、二行目を書く。
【二、生を捨てるな】
『【速報】ステラ様「生きて帰れ」』
『神は自己犠牲を求めていなかった……!』
『泣いた』
『「死んだら報告できない」という圧倒的社畜理論』
『報告のために生存を要求する聖女www』
「生きて帰れとは言ってないんですけどね」
ステラは小さく呟いた。
三本目。
「自分の手に負えないと思ったら、すぐ応援呼んでください」
リュウジがペンを構える。
「一人で全部抱え込む人いるじゃないですか」
ステラは嫌そうに眉を寄せた。
「あれ、一番危ないんで」
◇
日本探索者管理局・司令室。
「…………」
配信を見ていた山城補佐官の動きが止まった。
机の上を見る。
未処理の書類。
未返信のメール。
山積みの緊急案件。
横には買い溜めされた強力な胃薬。
そして。
全部、自分でなんとかしようとしている男が一人。
「…………俺じゃん」
魂の抜けた声が漏れた。
山城はゆっくりと胃を押さえた。
「一人で抱え込む奴が……一番危ない……」
グサッ。
「ぐっ……」
さらにステラの声が飛んでくる。
『無理なら応援呼べばいいじゃないですか。なんで全部自分でやろうとするんです?』
「ぐはっ……!」
山城が机に突っ伏した。
「やめてくれ……俺に効く……!」
近くの職員が心配そうに振り向く。
「補佐官、大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃない……」
顔を上げる。
「会社員全員に効くやつだ、これ……」
◇
ステラは四本目の指を立てた。
「最後」
リュウジが背筋を伸ばす。
「知ってる情報は、全員で共有してください」
ステラは少し眉をしかめた。
「自分しか知らない仕様とか作られると、その人がいなくなった瞬間に現場詰むんで」
前世で、嫌というほど経験した。
担当者しか知らない。
資料がない。
マニュアルもない。
そして肝心の担当者は休み。
最後に飛んでくる一言。
『橘さん、なんとかできます?』
「……あれマジで最悪だからな」
ステラの目から光が消えた。
「人に仕事渡すなら、資料残してください。口頭だけで引き継いだ気になる人、一番信用できないんで」
山城が司令室で何度も頷いていた。
「分かる……!」
「ということで」
ステラは四本の指を下ろした。
「以上です」
「…………」
リュウジのメモ帳には。
【一、独断を捨てよ】
【二、生を捨てるな】
【三、助けを求めよ】
【四、知を分かち合え】
四行の言葉が並んでいた。
「これが……」
リュウジの身体が震える。
「これこそが……!」
立ち上がる。
両手でメモ帳を天へ掲げた。
「我ら人類が遵守すべき、神との四つの約束……!」
「嫌な予感するな」
「《四大聖訓》だァァァァァァァ!!」
「ほら」
即座に撮影。
即座にSNSへ投稿。
数秒後。
通知が爆発した。
『【速報】ステラ様、神託《四大聖訓》を伝授!』
『一、独断を捨てよ』
『二、生を捨てるな』
『三、助けを求めよ』
『四、知を分かち合え』
『シンプルなのに真理すぎる』
『「死んだら報告できない」←今年一番の名言』
『助けを求めることは弱さではない……!』
『定時退社教に「撤退の肯定」が加わったぞ!!』
配信画面も大狂乱である。
ステラはスマホをのぞき込み、首を傾げた。
「……なんで急に聖書みたいになってんの?」
『四大聖訓!!』
『ありがたや……!』
『一生守ります!!』
「ただの新人研修の注意事項なんですけど」
『新人研修=神の入門儀式だった!?』
「違うわ」
その時。
ピピピッ!
ピピピッ!
デジタルタイマーが甲高い音を立てた。
【00:00】
「あ」
ステラが時計を見る。
「三十分経ちましたね」
『待ってくださいステラ様!!』
リュウジがゲスト画面いっぱいに顔を寄せた。
『まだ質問が三十二個ほど――!』
「はい、お疲れ様でしたー。各自、直帰で」
『ステラ様ァァァ――』
プツッ。
配信終了。
三十分ジャスト。
一秒の猶予もない。
圧倒的な定時終了であった。
「よし」
ステラは満足げに頷いた。
コンビニの濡れおしぼりを広げる。
そして。
世界中が拝みたくなるような美しい顔面を――。
ガシガシガシッ!
「あ゛~~~~……」
豪快に拭いた。
「仕事終わりのおしぼり、染みるわぁ……」
完全に休日のおっさんである。
ステラは旅行用リュックを背負った。
玄関へ向かう。
そして自分のポケットと荷物を、ひとつずつ指で示していく。
「財布」
よし。
「スマホ」
よし。
「着替え」
よし。
「サロンパス」
よし。
「おしぼり」
よし。
リュックを開く。
「タイムセールで買ったかっぱえびせん」
入っている。
「よし」
ファスナーを閉める。
靴を履く。
ドアノブに手をかける。
「…………」
止まった。
「なんか忘れてんな」
三秒。
「…………あ」
ステラの赤い瞳が見開かれた。
「発泡酒!!」
靴を脱ぎ捨てる。
ダダダダダッ!
世界最強の速度で冷蔵庫へ戻った。
ガチャッ!
「あった……!」
冷蔵庫の奥。
いつもの一番安い発泡酒。
二本。
ステラはそれを両手で抱きしめる。
「危ねえ……」
心底安堵した顔だった。
「これ忘れたら、休みの楽しみ三割くらい減るところだったわ……」
発泡酒を一本。
二本。
丁寧にリュックへ入れる。
「旅館の自販機とか絶対高いからな。現地調達は固定費に響く」
その表情は。
世界滅亡級ダンジョンを前にした時より、遥かに真剣だった。
「今度こそ、よし」
こうして旅の最重要物資まで無事に確保した世界最強の美少女は、満足げに頷いた。
「温泉行こ」
その声だけは。
今日一番、明るかった。
ステラはルンルン気分でアパートを出ていく。
明日から三日間。
働かない。
配信しない。
世界も救わない。
本人は。
本気で、そのつもりだった。
◇
【速報】ステラ様、神の教え『四大聖訓』を伝授し温泉へ旅立たれる
【悲報】リュウジ、質問を三十二個残したまま強制退勤させられる
【考察】「死んだら報告できない」=神は我々に生きて帰れと仰っている
【祝】定時退社教、『撤退』を正式に肯定
【議論】「一人で抱え込む奴が一番危ない」を全国の中間管理職に聞かせるべき
【決意】我々は四大聖訓を守り、ステラ様の三連休を死守する
(第6話・了)
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