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『中身38歳おっさんの美少女配信者、定時退社したいだけなのに世界最強の聖女扱いされる』  作者: 心瑛タケハル


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5/11

第5話:世界最強の聖女、「三日休みます」→世界政府、非常事態宣言

 世界は救われた。


 人類は滅亡を免れた。


 固定費も守られた。


 そして――。


 世界最強の聖女は現在。


「んー……」


 鼻をほじっていた。


 東京都内。


 築四十年の格安アパート。


 六畳一間の畳の上に、白髪赤眼の絶世の美少女が、ごろりと仰向けになっている。


 ダボダボのTシャツ。


 ジャージ。


 片足だけ靴下。


 透き通るような白磁の肌。


 神秘的な赤い瞳。


 黙って座っていれば、聖堂のステンドグラスにでも描かれていそうな美貌。


 その細く美しい人差し指が。


 鼻の穴から、ゆっくり抜かれた。


「……取れた」


 ピンッ。


 世界を救った指先から、何かが飛んだ。


 行方は誰も知らない。


「あとで掃除すりゃいいか」


 橘健太郎、前世三十八歳。


 元ブラックIT企業の社畜SE。


 現在は、なぜか十四歳くらいの絶世の美少女――ステラとして第二の人生を送っている。


 数日前には、世界滅亡級のS級ダンジョンを十七時ちょうどに処理し、世界中から『聖女』『女神』『定時を司る神』などと崇められるようになった。


 だが。


 本人に、そんな自覚は一ミリもない。


「世界救った後の休み、最高だな……」


 ステラは畳の上をごろごろ転がった。


 右へ。


 左へ。


 また右へ。


「何もしなくても怒られない……」


 ごろごろ。


「進捗聞かれない……」


 ごろごろ。


「朝礼もない……」


 ごろごろ。


「これが……自由……」


 国宝級の美少女が、休日のお父さんみたいな顔で天井を見つめた。


 テーブルの上には、安い発泡酒。


 さけるチーズ。


 使いかけのコンビニの濡れおしぼり。


 そして。


【手もみ処 平日限定 全身もみほぐし四十分 1980円】


 と書かれた割引券。


 ステラはそれを手に取り、真剣に見つめた。


「千九百八十円か……」


 悩む。


「四十分……」


 肩を回す。


 ゴキッ。


「いっっっっ……!」


 ステラは顔をしかめた。


 そしてTシャツの襟元を少しずらす。


 真っ白で華奢な肩には――。


 サロンパス。


「これマジで四十肩じゃねえの……?」


 見た目、十四歳。


 肉体も、おそらく十四歳。


 医学的に考えれば、四十肩であるはずがない。


 なのに――痛い。


「転生したのに、肩こりだけデータ移行されてんのバグだろ……」


 前世三十八年間で身体に染みついた、


『肩が重い』


『腰が怖い』


『寝起きに首を回すと嫌な予感がする』


 というおっさんの感覚だけが、なぜか魂に深く刻み込まれていた。


 身体は若い。


 身体能力も、人類最強。


 なのに本人だけは、常に四十手前の身体を使っている気分なのである。


「若返った意味ねえじゃん……」


 ステラはコンビニの濡れおしぼりを広げた。


 そして。


 世界中が拝みたくなるような美しい顔面を。


 ガシガシガシッ!


「あ゛ーーーー……」


 豪快に拭いた。


「休日に顔拭く冷たいおしぼり、染みるわぁ……」


 完全に居酒屋のおっさんだった。


 ステラは安い発泡酒を開ける。


 プシュッ。


「くぅ~~……!」


 そして、さけるチーズを手に取った。


 端から、細く。


 細く。


 一本ずつ丁寧に裂いていく。


「これな」


 誰もいない部屋で、一人呟く。


「細く裂いた方が、長く食える気がするんだよな」


 一本。


 二本。


 三本。


「同じ一本なのに、満足度が変わる。コスパがいい」


 世界最強の戦闘力を持つ少女が。


 さけるチーズ一本を、どこまで細く分割できるかに人生を賭けていた。


 平和だった。


 世界も。


 ステラも。


 ――その時。


 部屋の中央が、突然まばゆい光に包まれた。


「…………」


 ステラの手が止まる。


 白い光の中から、見覚えのある人影が現れた。


 ステラをこの世界へ放り込んだ張本人。


 神様っぽいやつである。


「ステラさん」


「帰れ」


「まだ何も言ってません!」


「休日にアポなしで来る奴の話は聞かない主義なんで」


「いや、その……実はですね」


「嫌です」


「まだ依頼内容すら!」


「依頼って言った時点で嫌です」


「ちょっとだけですから!」


「その言葉、前職で一番信用できなかったやつだぞ」


 ステラは、さけるチーズを裂く作業へ戻った。


 神は泣きそうな顔になる。


「ですが……その……皆様が」


「皆様?」


 神は視線を泳がせた。


「読者様が……」


 ステラの手が止まった。


「…………は?」


「ステラさんのその後を、もう少し見たいと……」


「聞いてないぞ。そんな世界」


「ありがたいことではありませんか!」


「俺は世界救っただろ」


「はい」


「定時で帰っただろ」


「はい」


「完結しただろ」


「……はい」


「じゃあ終わりじゃねえか」


「それが……反応が良くて……」


「知らねえよ!」


 ステラは畳を叩いた。


「世界救ったら仕事増えるってどういうシステムだよ! 成果出した奴に仕事集中させる、一番ダメな会社じゃねえか!」


「会社ではありません! 世界です!」


「もっと悪いわ!」


 神が両手を合わせた。


「お願いします! もう少しだけ!」


「嫌だ!」


「読者様も期待されていて……!」


「読者様を盾にするな! 卑怯だぞ!」


「お願いしますぅ……!」


 神は涙目だった。


 ステラは深いため息を吐く。


「……定時退社」


「守ります!」


「残業なし」


「はい!」


「休日対応なし」


「はい!」


「破ったら労基に言うぞ」


「神界に労基はありません!」


「作れよ!!」


「えぇ!?」


「まずそこからだろ! 現場環境改善しろ!」


 神は完全に泣きそうになった。


「……休みは取るからな」


「はい!」


「三日」


「はい?」


「三日休む」


「え?」


「働けって言われたから、その前に休む。これが俺の働き方改革だ」


「順番逆では!?」


「うるさい。各自、直帰で」


「まだ昼です!」


 神は光に包まれながら消えていった。


 静寂。


「……ったく」


 ステラは発泡酒を一口飲んだ。


「転生してまで上の都合に振り回されるとは思わなかったわ……」


 そしてスマートフォンを手に取る。


《D-Live》


 今や世界中から注目されている、ステラの配信チャンネル。


 登録者数は、もはや確認する気も起きない数字になっていた。


 コメント欄には毎日、


『次の配信はいつですか!?』


『ステラ様、次はどちらのダンジョンを救済されますか!?』


『本日の御予定をご教示ください!』


『定時とは何時から何時までを指すのでしょうか!?』


 などという書き込みが殺到している。


「……世界救ったら仕事増えてんじゃん」


 ステラは露骨に嫌そうな顔をした。


 そしてコミュニティ欄を開く。


 親指で打ち込む。


――――――――――


【お知らせ】


来週の火曜から木曜まで、三日間休みます。


配信もしません。

ダンジョンにも行きません。

緊急対応もできません。


よろしくお願いします。


――――――――――


「よし」


 投稿。


「これで三連休確保」


 ステラはスマホを放り投げた。


「平日の温泉行こ」


 本人は、ただそれだけだった。


 だが。


 その投稿から、わずか三十秒後。


 世界は震えた。


 ◇


 日本探索者管理局。


「…………三日?」


 山城補佐官は、パソコン画面に表示されたステラの投稿を見つめていた。


 もう一度読む。


【三日間休みます】


「……そりゃ休むよな」


 普通の感想だった。


「この前、世界まで救ってんだから。むしろ休ませてやれよ」


 山城はコーヒーを飲んだ。


 その背後で。


「山城ィィィィィ!!」


「ぶっ!」


 コーヒーを噴いた。


 振り返る。


 局長が、顔面蒼白で立っていた。


「ステラ様が三日間も休まれるとはどういうことだァァァ!!」


「私に聞かないでくださいよ!」


「三日だぞ!?」


「三日ですね」


「三日間も神の加護が失われるんだぞ!?」


「ただ配信者が休むだけです!」


「その三日間にS級ダンジョンが出たら!?」


「我々で対応するしかないでしょう」


「無理だァァァ!!」


「即答しないでくださいよ!」


 その瞬間。


 会議室の扉が開いた。


「ステラ様が我々を見捨てられたというのは本当ですか!?」


「神の三日間不在……これは終末の前兆では!?」


「定時退社教への試練なのでは!?」


 幹部たちまで雪崩れ込んできた。


「だから、普通の休みですって!」


 誰も聞いていない。


「山城!」


「はい!」


「ステラ様へ御真意を確認しろ!」


「なんで私が!?」


「前回、お前がメールしただろ!」


「一回送っただけですよ!?」


「実績がある!」


「その実績いらないんですよ!!」


 結局。


 悲しき中間管理職に拒否権はなかった。


 ◇


 一方その頃。


 ステラは、まださけるチーズを裂いていた。


「十一本目……」


 細い。


 かなり細い。


「これ今回、過去最高いけるな……」


 左右の指先へ集中する。


「ゆっくり……」


 ピロンッ!!


「うわっ!」


 ブチッ。


「…………」


 さけるチーズが。


 真ん中から。


 太く。


 無惨に千切れた。


「…………」


 沈黙。


 ステラの赤い瞳から。


 光が消えた。


 スマートフォンを見る。


【探索者管理局 山城】


「…………山城」


 世界滅亡級ボスを前にしても見せなかったほど冷たい顔になった。


「あいつ……」


 ステラは無惨に千切れたチーズを見下ろす。


「俺のさけるチーズ失敗させやがった……」


 メッセージを開く。


――――――――――


ステラ様


突然のご連絡、誠に申し訳ございません。


三日間お休みになる件につきまして、現在、管理局内でかなりの混乱が生じております。


大変恐縮ですが、休み中に緊急事態が発生した場合の対応について、ご相談させていただくことは可能でしょうか。


何卒よろしくお願いいたします。


――――――――――


「…………」


 ステラは、千切れたチーズを口に放り込んだ。


 もぐもぐ。


 安い発泡酒を飲む。


 ぐびっ。


 そして。


 若干キレながら返信した。


――――――――――


私一人が三日いないだけで現場が回らないって、組織としてヤバくないですか?


非常時の備えとか、どうなってるんですか。


私に依存しすぎです。


いい加減、属人化やめてください。


――――――――――


 送信。


「ったく……」


 ステラは新しいさけるチーズを開封した。


 一方。


 日本探索者管理局。


「…………」


 山城は届いた文章をじっと見つめていた。


「なんか……今日ちょっと怒ってないか?」


 理由は。


 さけるチーズである。


 もちろん。


 そんなことを世界が知るはずもない。


「『私一人がいないだけで現場が回らないのはヤバい』……」


 局長が震えた。


「『私に依存しすぎ』……」


 幹部が息を呑む。


「『属人化をやめろ』……」


 会議室が静まり返る。


 そして。


「……まさか」


 一人の幹部が立ち上がった。


「ステラ様は……」


「何だ!?」


「我々人類に……自立を求めておられるのでは!?」


「――ッ!!」


 全員が目を見開いた。


「自立……!」


「いつまでも神の力に甘えるな、と……!」


「自分たちの世界は、自分たちで回せと……!」


「三日間は……そのための試験……!?」


「なんという深い慈愛……!」


「おおおおおおお!!」


「…………」


 山城だけが遠い目をしていた。


「いや……」


 改めて文章を見る。


「普通に正論なんだよな……」


 一人休んだだけで止まる現場。


 代わりがいない。


 情報が共有されていない。


 トラブルが起きれば、とりあえず一番できる人間に投げる。


「…………」


 山城の胃が痛くなった。


「身に覚えしかねえ……」


 その隣で。


 局長が拳を握り締めた。


「これは、人類に与えられた自立試験だ!!」


「いや、そこまでは言ってないと思います」


「全世界へ通達しろ!!」


「しなくていいです」


「三日間! 我々はステラ様のお力に頼らず、自らの力で世界を守る!!」


「聞いてくださいよ」


 だが。


 すでに遅かった。


 そして数十分後。


 世界政府は、ステラ不在となる三日間を対象に、異例の『世界特別警戒態勢』を発令した。


 ただ一人の個人配信者が三日休むだけで、である。


 ◇


【緊急速報】ステラ様、来週火曜より三日間の休暇入り


【悲報】人類、神の三連休に耐えられない


【考察】「属人化やめてください」に込められた、人類自立への神託


【急募】ステラ様不在の三日間、人類が生き残る方法


【朗報】山城補佐官、「ただの休みだろ」みたいな顔をしている


【議論】全国のブラック企業に「属人化やめてください」を掲示すべきでは?


 ◇


「はぁ……」


 ステラはネット上の騒ぎを見て、深いため息をついた。


「三日休むだけで、なんで世界特別警戒態勢になるんだよ……」


 そして。


 今度こそ慎重に。


 新しいさけるチーズを。


 細く。


 細く。


 丁寧に裂いていく。


「もう休み中に絶対連絡されたくねえ……」


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 ステラは考えた。


 そして山城へ、追加で一文だけ送った。


――――――――――


休み中に連絡されたくないので、必要なら事前に引き継ぎします。


三十分でお願いします。


――――――――――


 ピロン。


 日本探索者管理局。


 山城は届いた文章を読んだ。


「…………」


 三秒後。


 局長が背後から画面を覗き込む。


「引き継ぎ……?」


「はい」


「ステラ様直々の……?」


「ただの引き継ぎです」


「三十分間の神託……!?」


「だから違いますって」


 山城は胃を押さえた。


 ものすごく嫌な予感がした。


「……これ」


 ため息。


「絶対、ただの引き継ぎでは終わらないやつだ……」


 一方。


 ステラは最後の一本を綺麗に裂き終えた。


「よし」


 満足そうに頷く。


「今度こそ成功」


 世界の命運より。


 さけるチーズの方が大事だった。


(第5話・了)

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