第4話:世界を救った最強の美少女、本日も定時退社いたします
その日、人類史の終わりまで、残りわずか五分に迫っていた。
世界を滅ぼすレベルの超大型ダンジョン――【S級ダンジョン】が突如として出現。
世界中から集結した人類最高戦力たるSS級探索者たちは、ラスボスの圧倒的な暴力の前に、わずか数分で全滅寸前まで追い込まれていた。
「うおおおお! まだだ! まだ倒れるわけにはいかん!!」
血を吐きながら大剣を振るうのは、元A級配信者のリュウジである。
ボロボロになりながらも、その瞳には狂信の炎が燃えていた。
「ステラ様が現場に到着されるまでに……我々で『根回し』をしておかねばならんのだァァァ!!」
もちろん、リュウジの必死の攻撃はボスの外皮に傷一つ付けられていない。
完全なる無駄足。
かつ、進捗を生まない無駄工数。
だが本人は、世界の命運を背負って戦っているつもりだった。
一方その頃――日本探索者管理局・司令室。
巨大モニターには、崩壊寸前のS級ダンジョン最前線が映し出されていた。
「電話しましょう! もう時間がありません!」
「馬鹿を言うな! ステラ様は電話対応を嫌われる!」
「でも、メールじゃ間に合わないかもしれません!」
「うるさい!!」
山城補佐官の怒声に、司令室が静まり返った。
彼は胃を押さえながら、血の滲むような思いでキーボードを叩いていた。
前回の教訓は、骨の髄まで叩き込まれている。
――用件は、すべて文章で残せ。
「お願いだ……動いてくれ……!」
山城は宛先に『ステラ』を入力する。
さらに確実に対処してもらうため、CCにはこっそりと自分の上司である『管理局長』のアドレスを巻き込んだ。
「これで逃げ道は塞いだ……いや、違う。これはご相談だ。あくまで、下請けから元請けへのご相談なんだ……!」
送信ボタンを押した時刻――【16:55】。
定時退勤の、わずか五分前である。
⸻
件名:【重要・至急】S級ダンジョン発生に伴う緊急対応のご相談
お世話になっております。
探索者管理局の山城です。
表題の件、現在S級ダンジョンが発生し、世界規模で甚大な影響が想定されております。
つきましては、大変急なご連絡となり恐縮ですが、可能な範囲でご対応をご検討いただけますと幸いです。
何卒よろしくお願いいたします。
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内容は、地球が滅びるという人類史上最大の危機。
だが、その文面はどこまでも低姿勢な、日本の社畜の血涙が滲むビジネスメールだった。
◇
ピロン。
格安アパートの六畳間。
金曜の解放感に包まれながら、安い発泡酒のプルタブに指をかけていたステラ――中身は三十八歳社畜おっさんの橘健太郎は、スマートフォンの着信音に眉をひそめた。
「……あ?」
メールを開く。
次の瞬間、ステラの顔が般若のように歪んだ。
「うわ、金曜の定時五分前に障害対応メール来たわ……!」
ステラはスマホを握りしめる。
「最悪のタイミングで差し込み案件入れてくんじゃねえよ……!」
しかし、文面を読み進めるうちに、ステラは小さく舌を巻いた。
「いや、待て……メールの体裁がちゃんとしすぎてる」
挨拶。
現状説明。
影響範囲。
依頼事項。
丁寧な締め。
さらに、CCに上司。
「担当者、仕事できるタイプなのが余計に腹立つ……。しかもCCに上司を巻き込んで外堀から埋めてやがる。逃げ道を完全に塞ぐタイプの、プロの社畜の仕業だわこれ」
ステラは、まだ見ぬ『山城』という担当者の有能さに戦慄しつつ、怒りのままに《D-Live》の配信ボタンを親指で叩き潰した。
「今日、ノー残業デーなんだよ!!」
◇
【16:56】
ステラの配信が開始された瞬間、世界中の視聴者が絶望の悲鳴を上げながら、光の速さで滝のような赤スパチャを投げ入れた。
『ステラ様! 世界が、世界が滅びます!!』
『SS級探索者が全滅しかけてる!』
『お願い、人類を救って!!』
画面の向こうの絶望をよそに、白髪赤眼の絶世の美少女は、不機嫌極まりない顔で腕時計を叩いた。
「あー、どうも。急なシステム障害が入ったので、今から現地を叩いてタスクをクローズします」
そして、冷たく言い放つ。
「ただ、今日金曜のノー残業デーなんで。十七時までに終わらせて帰ります。残業手当出ないんで」
その言葉に、世界政府の首脳陣、そして生き残ったSS級探索者たちが震え上がった。
「じゅう……しちじ……?」
「残り、四分……!?」
「あれが、定時……」
「神が世界を救済し終える、絶対のタイムリミットか……ッ!」
『神の定時退社RTA始まって草』
『タイムリミット四分で世界救うの無理ゲーだろwww』
『残業手当が出ないから四分で終わらせる気だぞあの神!!』
ステラはだるそうにため息をついた。
「移動時間も無駄工数なんで、巻きます」
次の瞬間。
配信画面が、一瞬だけ激しく乱れた。
畳の上にいたはずのステラの姿が消える。
そして数秒後。
世界最悪のS級ダンジョン最前線に、ダボダボのジャージ姿の白髪美少女が、コンビニ袋を片手に普通に立っていた。
『待って!? 三秒前まで畳の上にいたよな!?』
『移動という概念が死んだ』
『通勤時間すら無駄工数としてカットする女』
『満員電車アンチの到達点』
◇
ドゴォォォン!!
突入と同時に、ステラは大剣を一振りした。
世界中の探索者を絶望させた即死トラップ群が、一瞬でただの塵へと変わる。
「これ、前任者が作って逃げたやつですね。引き継ぎ資料ゼロで放置された現場の臭いがする」
無感情にダンジョンの不具合を潰しながら突き進むステラの前に、全身血まみれのリュウジが這い寄ってきた。
「ス、ステラ様……っ! はぁ、はぁ……根回しは、済ませました……!」
誇らしげに胸を張る狂信者。
だが、ステラは一瞥しただけで冷たく言い放った。
「リュウジさん、勝手に動線変えないでください。直そうとして、逆に現場をぐちゃぐちゃにしてるだけでしょ」
「え」
「工数増えるんで、各自直帰で」
「ご、ご指導……!!」
バッサリ切り捨てられたリュウジは、血まみれのまま至高の恍惚の表情を浮かべた。
「ステラ様からのご指導……ありがとうございます……っ!!」
『無駄工数扱いワロタwww』
『バグ扱いされて喜ぶなwww』
『優秀な部下になったと思ったらただのノイズ扱いで草』
ステラは止まらない。
世界を滅ぼすために配置されたはずの迷宮ギミックも、即死トラップも、超高位モンスターの群れも、すべて大剣一振りで処理されていく。
「導線が悪い」
ズドン。
「無駄な分岐が多い」
ズドン。
「その待機モーション、ユーザー体験を損なってます」
ズドン。
『レビューが辛辣すぎるwww』
『ダンジョンがUX改善されていく』
『世界滅亡級迷宮、公開デバッグされてて草』
そして――【16:59:30】。
ステラはついに、世界を破滅へと導くS級ダンジョンのラスボスの前に立った。
ボスは禍々しい黒のオーラを放ち、傲然と吼える。
「人間よ、よくぞここまで来た。我が名は終焉を司る――」
「あ、すいません。結論からお願いします」
「……え?」
「アジェンダは?」
ボスは完全に動きを止めた。
「……あじぇんだ?」
「目的です。何がしたいんですか。要点を簡潔に」
「せ、世界を……滅ぼし……」
「分かりました」
ステラは腕時計を見る。
「十七時までにクローズしたいんで。次、納期は?」
「のうき……?」
「第二形態とかあります?」
ボスは、完全にビジネスの空気に飲まれた。
「い、今から我が真の姿へ変身を――」
「あ、それ演出が長いやつですね。巻きでお願いします」
「え」
「十七時過ぎちゃうんで」
「ま、待て。これは我の千年に一度の――」
「すみません、社内都合なんで」
ドォォォォォン!!!
ボスの変身中という無敵時間を完全無視した、容赦のないフレームキャンセルの全力一撃が炸裂した。
アジェンダの提示を求められ。
納期を詰められ。
変身演出すらスキップされた世界滅亡のトリガーは、何が起きたのかも理解できないまま、文字通り秒で粉滅した。
◇
【17:00】
ステラは、懐から使い古されたコンビニの濡れおしぼりを取り出した。
そして、国宝級の美少女の顔をガシガシと豪快に拭く。
「あ゛ー、しんど。お疲れ様でしたー。各自、直帰で」
ブツッ。
十七時ちょうど。
配信は、一秒の猶予もなくブツ切りで終了した。
ネット上では「残業という絶対悪を否定し、世界をあるべき姿へ導く女神」として、『定時退社教』が世界トレンド一位を記録した。
⸻
【速報】世界、十七時ちょうどに救済完了。残業は発生せず
【悲報】S級ボス、第二形態を出す前に巻かれる
【考察】「アジェンダは?」に込められた神の進捗確認
【祝】定時退社教、正式に世界宗教へ
【急募】ステラ様の残業代の支払い先
【議論】通勤時間を無駄工数として消した件について
⸻
そしてその瞬間。
日本探索者管理局の司令室では、山城補佐官がメインモニターを見つめながら、大粒の涙を流していた。
画面には、鮮やかな緑色の文字でこう表示されている。
【障害タスク:ステラによりクローズ】
「終わった……」
山城は、椅子から崩れ落ちた。
「世界も……私の勤務時間も……すべて守られたんだ……っ!」
世界の滅亡と、自分の十七時定時退社を同時に救われた中間管理職は、震える手で人生最高のタイムカードを押した。
ガチャン。
それは、人類史上もっとも尊い、平和を告げる退勤音だった。
山城はそのまま、誰にも見つからないように定時で帰った。
◇
配信終了から数分後。
駅前のスーパーマーケットでは、ダボダボのジャージ姿でタイムセールの棚へ全力ダッシュするステラの姿があった。
「今日、世界救ったから実質タダ。いや、タダではないけど」
そう呟きながら、半額シールの貼られたもつ煮パックをカゴへ放り込む。
「まぁ、今日は世界を救う大仕事をしたし、インセンティブも入ったしな……」
ステラは、アルコールコーナーの前で足を止めた。
いつもの一番安い発泡酒。
その隣に並ぶ、ワンランク上の金麦。
ステラは、金麦にそっと手を伸ばした。
一秒。
二秒。
三秒。
静かに、棚へ戻す。
「いや、調子に乗ると固定費が死ぬ」
世界を救った最強の女は、いつもの安い発泡酒をカゴに入れ直した。
人類救済という壮大な栄誉よりも重い、わずか二十円の差額だった。
そして彼女は、半額もつ煮と安い発泡酒を抱え、満足げにレジへ向かった。
世界は救われた。
固定費も、守られた。
(第4話・完結)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
ステラ様は世界を救いました。
でも金麦は買いませんでした。
固定費は強敵です。
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反応が良ければ、ステラ様のその後も書いてみたいと思います。
また、作者ページには今回とは違う雰囲気の作品もたくさん置いています。
ダンジョン、ラブコメ、ヒューマンドラマ、ファンタジーなど色々書いておりますので、お時間がありましたらぜひ覗いてみてください。
この作品がきっかけで、また別の作品でもお会いできたら嬉しいです。
それでは改めて、最後までお付き合いいただきありがとうございました!




