第2話:【公式謝罪】A級配信者、ステラ様に脳を焼かれて無事「狂信者」へ
初配信から、わずか十時間後。
白髪赤眼の美少女ステラ――中身は三十八歳社畜おっさんの橘健太郎は、震え続けるスマートフォンを無表情で見つめていた。
通知が止まらない。
チャンネル登録者数、一晩で十万人突破。
未読メッセージ、九千件以上。
切り抜き動画、乱立。
考察スレ、爆増殖。
「……あかん」
ステラは、そっとスマホを裏返した。
「これは朝の通勤電車で本番サーバーが死んだ時の緊急アラートと同じ光り方だ。見たら精神が死ぬ」
迷わず、通知をすべてミュートにする。
「見なかったことにしよう。進捗確認とプッシュ通知は悪い文明」
本人は、ただ逃げただけである。
しかし、ネットの狂信者たちは勝手に震えた。
『十万人の称賛を前にしても眉一つ動かさない……』
『数字に心を動かされない本物の戦姫』
『登録者など砂粒に過ぎないのだ……』
『いや通知切っただけでは?』
『黙れ、異端者。信仰の邪魔をするな』
そんな騒ぎを知る由もなく、ステラは安い発泡酒の空き缶を潰しながら呟いた。
「D級の魔石だけだと、固定費で溶けるな。今日はちょっと単価の高い現場に行くか」
というわけで。
ステラがやってきたのは、渋谷地下に出現したC級ダンジョン。
通称『渋谷地下迷宮』。
昨日と同じ、ダボダボのグレーパーカー。
昨日と同じ、初期支給品の鉄の大剣。
そして昨日と同じく、大剣の持ち方は完全にコンビニ袋だった。
柄の端っこを片手でぶら下げ、だるそうに引きずって歩く。
見た目は国宝級美少女。
中身は退勤後のおっさんである。
『きたああああ! ステラ様、本日もご出勤!』
『いや待て、ここC級じゃね!?』
『昨日D級を五分退勤したばかりなのに、翌日C級出勤は草』
『大剣の持ち方が相変わらずファミチキの袋なんよwww』
『今日も目が死んでて美しいです』
配信開始から一分。
同接数は、あっさり一万人を超えた。
ステラは画面をちらりと見て、深くため息をつく。
「人、多いな……。全社朝礼みたいで嫌なんだけど」
『朝礼www』
『一万人を朝礼扱いするなwww』
『ステラ様にとって我々は全社員だった……?』
その時だった。
ステラの前方に、派手な金髪の男が立ち塞がった。
赤いジャケット。
無駄に多いアクセサリー。
後ろにはプロ仕様のドローンカメラと、重装備の取り巻きたち。
視覚的に、非常にうるさい。
「よおよおよお! 噂の新人ちゃんじゃねえか!」
男はカメラ目線で、にやりと笑った。
「ちょっとバズったからって、ソロでC級は危ないぜ? ここはお兄さんが、本物の攻略ってやつを教えてやるよ」
男の名は、紅蓮のリュウジ。
登録者数五十万人を誇る、大手A級配信者。
そして、新人に絡んで数字を稼ぐ炎上系のプロである。
『うわ、リュウジだ』
『最悪なやつに見つかった』
『新人潰しで有名なイキり野郎じゃん』
『ステラ様に絡むな、燃やすぞ』
『いや紅蓮なのに燃やされる側なの草』
ステラはリュウジを見た。
そして、その赤い瞳から一切の光が消えた。
「……」
『無言www』
『ゴミを見る目で草』
『あ、関わっちゃいけない奴判定出た』
ステラは小さく呟いた。
「前職の営業部にいたな、こういう人。予算だけ取ってきて、現場の仕様を見ずに丸投げするタイプ」
『営業部リュウジwww』
『肩書きだけ強い無能扱いで草』
『辛辣すぎる』
リュウジのこめかみに青筋が浮かんだ。
「おいおい無視かよ。新人のくせに態度でけえな」
「すみません。今、業務外の問い合わせを受け付けてなくて」
『業務外www』
『凸を問い合わせ扱いするなwww』
『ステラ様のサポート窓口、営業時間外だったww』
「お前が昨日使った技、どうせ一回限りの使い捨てアーティファクトだろ? 本当の実力ってやつを――」
リュウジが吠えた、その瞬間だった。
ズズズズズズズズン!!!
ダンジョン全体が、内側から爆発したように揺れた。
通路奥の岩壁が崩れ落ち、禍々しい黒いオーラをまとった巨体が姿を現す。
赤黒い二本の角。
丸太のような腕。
見るだけで肺の空気が押し出されそうな圧。
C級ダンジョンの最深部に、ごくまれに出現する隠しボス。
災害級モンスター。
ナイトメア・オーガ。
「なっ……!?」
リュウジの顔色が、一瞬で土気色に変わった。
「なんで……こんな浅い階層に、災害級が……!?」
次の瞬間、ボスが放った威圧だけで、取り巻きたちが吹き飛んだ。
壁に激突し、白目を剥いて気絶する。
「ぐああああっ!」
「う、嘘だろ……」
リュウジは膝から崩れ落ちた。
さっきまでのイキり顔は消え、歯の根がガチガチ鳴っている。
「終わった……俺の人生、ここで終わりかよ……!」
ナイトメア・オーガが、ゆっくりと両腕を広げた。
そして、大きく息を吸い込む。
――グオォォォォォォォォン!!!
ダンジョン全体を震わせる咆哮。
空気がビリビリと震え、床に亀裂が走る。
災害級ボス固有の、長い長い威嚇演出である。
リュウジは涙目で死を覚悟した。
視聴者も息を呑んだ。
その最悪の絶望の中で。
ステラは、完全に飽きていた。
「……長いな、演出」
『え?』
『今、長いって言った?』
ステラは大剣を地面に突き刺し、その柄にだるそうに寄りかかった。
片手でスマホを取り出す。
もう片方の手で、ガサゴソと【コンビニの濡れおしぼり】を開ける。
天地を揺るがして咆哮する災害級ボス。
恐怖で泣きかけるA級配信者。
絶望する二万人の視聴者。
その前で、国宝級の美少女は、おしぼりで指先を拭きながら、真剣な顔でスマホ画面を見つめていた。
画面の中身は――。
【駅前スーパー 本日限りタイムセール】
【キャベツ:九十八円】
【卵十個パック:百二十八円】
【※お一人様一点限り】
「あー、キャベツ安いな……」
『特売チラシ見てるwwww』
『ボスが咆哮してる目の前でスーパーのチラシ確認するなwww』
『おしぼりで手を拭きながらタイムセール品チェックする聖女、情報量が多すぎる』
『いや違う! あの眼差しは神の戦術演算だ……!』
『「キャベツ九十八円」……つまりC級ボスを九十八秒以内に処理する暗号か!?』
『ただの生活防衛だろwww』
ステラは美しい眉をひそめた。
「回鍋肉にするか。でも豚肉が高いな……。豆腐でかさ増しして麻婆キャベツにするか?」
『人類の危機より豚肉の単価www』
『これが神のコスト計算か……』
『悩む顔が美しすぎて脳がバグる』
やがて。
三十秒近く続いた咆哮演出が、ようやく終わった。
ナイトメア・オーガが、へたり込むリュウジに向かって、巨大な拳を振り下ろそうとする。
「ひっ……!」
リュウジが目を閉じた、その瞬間。
ステラが小さく舌打ちした。
「ちっ。タイムセールまで余裕ないな」
スマホをポケットにしまう。
濡れおしぼりを丸めて、パーカーのポケットに突っ込む。
地面から、大剣をひょいと抜く。
「はい。差し込み案件、処理しまーす」
ステラは、面倒くさそうに首を鳴らした。
「定時厳守なんで。残業は悪」
次の瞬間。
画面が一瞬、乱れた。
カメラがステラの動きを見失う。
白い髪が、夜風のように揺れる。
大剣が、最小限の軌道で一度だけ振られた。
それだけだった。
だが、ナイトメア・オーガの巨体には、三十回分の斬撃が同時に走っていた。
ズドォォォォン!!!
遅れて、凄まじい衝撃波がダンジョンを吹き抜ける。
災害級ボスは、咆哮の余韻が消えるより早く、光の粒子となって消滅した。
あとに残されたのは、山のような魔石。
そして、完全に脳を焼かれたリュウジだった。
「あ……あ……」
リュウジの顎が震える。
彼は見てしまった。
災害級ボスを前にしても一切揺らがない、圧倒的な神の余裕。
人類が絶望する咆哮の最中に行われた、超高度な戦術演算。
そして、世界の危機を一振りで終わらせる絶対的な力。
もちろん実際は、今夜のおかずのコスト計算をしていただけである。
だが、脳を焼かれたリュウジには、もうそうは見えなかった。
「か……」
彼は震えながら、床に両手を突いた。
「神だ……本物の、神の化身だ……っ!!!」
『あ』
『落ちた』
『リュウジの目が完全に狂信者のそれwww』
『無事に脳を焼かれてて草』
「ステラ様ァァァ!!! 俺が悪かったです!!」
絶叫がダンジョンに響く。
「あなた様こそが本物の救世主です!! 俺を、俺をあなた様の親衛隊にしてください!! いや、犬でも、雑巾でも、会議室の端の観葉植物でもいいです!!」
『観葉植物志願きたwww』
『三秒前までイキってた男の姿か? これが……』
『災害級より早くリュウジのプライドが蒸発した』
ステラは、心底面倒くさそうにリュウジを見下ろした。
「え、嫌です。管理コスト増えるんで」
「管理していただける可能性があるんですか!? ありがとうございます!!!!」
『断られて感謝すなwww』
『もう手遅れだ』
ステラは新しい濡れおしぼりを取り出し、顔をガシガシと拭いた。
「あ゛ー、しんど。業務時間外の急な差し込み対応、マジでモチベーション下がるんで。次からは、ちゃんと事前にスケジュール切ってくださいね」
『ボスにスケジュール要求してるwww』
『世界の危機をGoogleカレンダーで管理する女』
『ステラ様の中では災害級も会議室の重複予約と同じ扱いなんよ』
ステラは袖をまくり、腕時計を見る。
「よし。タイムセールの開店待ちに間に合うな。じゃ、定時なんでお疲れ様でしたー。各自、直帰で」
プツッ。
配信終了。
開始から、わずか六分。
本日も圧倒的な定時退社だった。
あとに残されたのは、脳を焼かれた五万人の視聴者。
床にひれ伏したまま感動の涙を流すA級配信者。
そして、爆速で立ち上がるネット掲示板の大喜利会場だった。
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【速報】紅蓮のリュウジ、ステラ様に凸して三秒で五体投地
【悲報】災害級ボス、タイムセール前の差し込みタスクとして処理される
【考察】ステラ様の「キャベツ安いな」に込められた深層攻略戦術について
【急募】ステラ様が使用された聖なる布『オシボリ』の聖遺物指定について
【祝】定時退社教、大手A級配信者を歩兵として獲得
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そして、翌朝。
紅蓮のリュウジのチャンネル名は、跡形もなく変更されていた。
【公式謝罪】ステラ様親衛隊・隊長
(旧名:紅蓮のリュウジ)
プロフィール欄には、血文字のような熱量でこう書かれていた。
『私は昨日、渋谷の地下で、世界の真理――定時を司る神を見ました。我が命はすべて、ステラ様のために』
一方その頃。
世界を震撼させた当のステラ本人は、駅前スーパーの開店待ちの列に、ダボダボのパーカー姿でひっそり並んでいた。
眠そうな目で、買い物カゴを握りしめている。
「キャベツ九十八円、確保。卵百二十八円も確保。あとは……この豚肉のパックに、いつ半額シールが貼られるかだな」
世界を震え上がらせた白き戦姫は、真剣な顔で呟いた。
「今日の本当のボスは、ここからだ……」
その表情は、災害級モンスターと対峙した時よりも、はるかに険しかった。
(第2話・了)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
紅蓮のリュウジ、無事にステラ様側へ堕ちました。
本人は世界救済よりタイムセールの方が大事です。
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