バカには見えない
「なんでも、おばあさんの具合が悪くなってしまって、お見舞いに行かなきゃいけないそうで」
片足に重心を寄せて傾いた姿勢が、誠実さを失わせて見えた。直は触っていたスマホを伏せ、気だるげに聞いてくる。
「で、どうします? 二人きりになっちゃいましたね」
「キモい言い方すんな」
さっきまで彼女が腰かけていた机には、まだ体温が残っていて気色悪い。あたしは縄張りを守るように、机に覆い被さって威嚇しながら答えた。
「どうするもこうするも、今日は解散でしょ」
「いいんですか? 真白、今日以外しばらくバイトらしいですけど」
「アンタと二人で行くくらいなら、先生と相席になる方がマシ」
「だいぶレアケースですね」
楽しみにしていたぶん喪失感も大きいけれど、こればっかりは仕方がない。真白ちゃんにとっても不可抗力だったのだろうし、それを責めるのは違う。
なにも、今日じゃなきゃいけない、なんてこともないし。
スイーツショップに足が生えて逃げ出したりしない限り、いつでも行く機会はある。またタイミングのいい日を探せばいいだけだ。
それ以上に、直と二人きりなのが耐えられない。真白ちゃんという緩衝材があってギリマイナスが勝るくらいなのに。タイマンは気が狂う。
言い切って、机に置きっぱなしだった鞄を肩にかけ、帰り支度を始めるあたしに。
「でも、言ってた期間限定、金曜までらしいですよ?」
「え? マジで?」
「マジですよ」
直が伏せていたスマホを持ち上げて言う。向けられたスクリーンに顔を近づけると、画面にはスイーツショップの公式SNSが表示されていた。
『期間限定!』と銘打たれた宣伝文句に加えて、開催期間が小さく掲載されている。そこに記されているのは、確かに今週末の日時。あたしは愕然と肩を落とす。
「マジかー……」
「なんで愚民たちはこう限定って言葉に弱いんですかね?」
「アンタあたし以外にも色んな人敵に回してるからね?」
誰も聞いていなかったからいいものの。絶交どうこうのその前に、誰かしらの恨みを買って刺されるんじゃなかろうかと思う。
謎にヒヤヒヤしながら、SNSの内容に改めて目を通す。何度見たところで、文字列が変化することはない。
今週、真白ちゃんの予定が空いていたのは今日だけ。金曜まではまだ数日あるけど、まさかスイーツのためだけに学校をサボるわけにもいくまい。あたしは成績不良なだけで、素行不良ではないのだ。まだマシ……だよね?
必然、今日がタイムリミットということになる。むう。
「はあ……。仕方ないかぁ。他の子の誘うよ。散々断ったあとだから、ちょっと気まずいなあ」
「なんと、ここに誘われてない友人が」
「どこに? 友達なんて一人も見えないけど」
「ああ、バカには見えないのかもしれませんね」
無言でつかみかかる。身長差のせいで、背伸びする格好になった。直は首を絞める手をタッピングして。
「もう、冗談ですよお。予定変更して行き先は刑務所ですか?」
「行かないよ。映えなそうだし」
「そもそもスマホ使えないと思いますけどね」
へらへら笑う直を、数秒睨みつけてから。
「……ふん。アンタなんて誘ってやんないよー、だ」
鼻を鳴らして手を離す。今はまだ駄目だ。証拠が残る。
あたしは一歩距離をとって、これ見よがしに舌を突き出す。仲良しのフリ作戦は、あくまで真白ちゃんが見ていたから続けていたのであって。
「別に、真白ちゃんのいないとこでまで友達のフリする意味ないじゃん」
「浅はかですねえ」
「あ?」
「暴力はんたーい」
飛び掛かるべく身をかがめると、直は両手を挙げて降伏を宣言する。万歳でバカにしてるようにも見えた。
「ほら、真白は『二人で楽しんできて』って言ってたじゃないですか」
「それが?」
「これで『真白がいなかったから遊びに行けませんでした』って、それはそれで気まずくありません?」
「……それはまあ、確かに」
思わず頷いてしまう。三人で遊びの約束をしていて、自分一人の都合で予定全部が立ち消えになった状況。それは確かに、居心地が悪いかも。
真白ちゃんもあたしが今日を楽しみにしていたのは知っているし、それが台無しになったとなれば気に病むだろう。
まして、逃したのが期間限定メニューとなればなおさら。しかしそれは、直と二人で行く理由にはなりきらない。
「行ったってことにすればよくない? 口裏合わせて」
「他の人と喋った時に噛み合わなかったらヘンに思われるじゃないですか」
件のスイーツショップは割と人気みたいで、行ったことあるってクラスメイトも多い。限定メニューの話題が出ることもありうるか。
あれ。でも。ふと、疑問が喉の奥からこぼれる。
「……真白ちゃん、あたしたち以外に友達いるのかな?」
「……さあ?」
「よ、余計なお世話だよねー! 今は関係ないか! あはは!」
あぶな。空気の塊めいた重いものが落っこちてくるのを察知して、慌てて話題を変えた。
フィギュアみたいに固まった直の顔が失言を強く自覚させる。頬を叩いたらこんこんと固い音が鳴りそうだった。
必死に記憶を掘り起こしてみるものの、業務連絡以外で真白ちゃんが誰かと話してる姿を思い出せない。教室の中で、ただそこにある、みたいな姿ばかり浮かぶ。
ちょっと心配な真白ちゃんの友人関係は一旦置いておくとして。直がわざとらしくした咳払いで、目の前の映像が切り替わる。
「こ、コホン。とにかく。嘘がバレた時に、なんで嘘付いたのかって聞かれたら何て答えるんです? 素直に『まだ全然仲悪いからです』って白状しますか?」
「言える訳ないじゃん。それでまた絶交とか言い出したらどうすんのさ」
「私が言いたいのは、リスク管理の話です。――いいですか?」
直が膝を曲げて顔を近づけてきたせいで、目線が重なる。
外面だけは良い彼女の目は、意外と丸っこい形をしていた。表面を柔らかい膜で覆って、それで本性を隠しているんだろう。
なんとなく、保育士の先生に言い含められるときと似た気分になる。
「な、なに?」
奇妙ないたたまれなさで、鼻先がむずがゆい。それでも視線を逸らすのはなんだか負けた気がしたので、形だけでも言い返しておいた。
人差し指を立てた直が口を開く。幼い子供にするみたいな仕草が腹立たしい。
「あの『約束』に同意した時点で、不本意ながら私たちは、一蓮托生になったわけです」
「おえ」
「吐くな。……あなた一人で自爆するならともかく、貴方のせいでこっちまで被害が及ぶかもしれないんです」
気色の悪いワードが聞こえて、思わず吐き気を催す。しかし、直の言い分には同意できるところもあった。
万全を期すのなら、真白ちゃん本人が見ていないところでも喧嘩はしない方がいい。そういうことが言いたかったらしい。
「はあ……。なんでアンタなんかと……。あーあ。真白ちゃんと一緒がよかったなー」
「あてつけがましく言わないでください。それはこっちのセリフでもあるんですから」
後頭部に腕を回し、先んじて教室の出口に向かう。直がぎこちない足取りで付いてくるのを背中で感じた。なんでこんな、めんどくさいことになってしまったのか。
友達よりは近くて、誰よりも遠い。言うなれば、お互いの首にロープを掛け合っていて、片方が暴走するとそれが絞まる。そんな距離感。
期間限定はすぐ終わるのに、嫌な時間ばかり長く続く。こっちの期間は早く終われー。
こんなことになるなら、補修を食らった方が幾分マシだった。そしたら真白ちゃんに負い目を持たせることもなく、自然な流れで予定を無かったことにできたのに。
そんな見当違いな思考で、おじいちゃん先生を恨んでいた。




