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離れ難きは恋敵  作者: *非文症
とっておきの嫌がらせ
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10/31

前髪は命より重い

 学校を出てゆるい坂道を下っていくと、駅前の大通りに出る。あたしたちの住む街はお世辞にも都会とは言えないので、遊び場のほとんどはこの辺に集中している。


 隣を歩く直の歩幅は大きくて、気を抜くと置いていかれそうになる。あたしはその分回転数を上げて追い抜かす。


 なぜか直も早足になった。プライドのどこを刺激されたらそうなるんだ。


 マラソンのラストスパートみたいな競り合いを繰り返すこと十数分、ようやく大通りに着いた。半袖の通行人もいるくらいの陽気のなか、ブレザー姿で息を切らす女子高生が二人。


 変かな。変だよねぇ。できれば見ないでと、誰にともなくお願いする。


 汗で張り付く前髪が鬱陶しくて、手のひらで拭う。せっかくセットしたのに。


 持ち主に似てしまったのか言うことを聞かない癖っ毛が跳ねる。足りないのはバッジかそれとも整髪料か。


「はぁ、はぁ……。で、そのスイーツショップとやらはどこなんですか? 誰かさんが無駄に張り合うせいで、すぐにでも休憩したい気分なんですけど」

「か、噛みついて来たのはあんたでしょ……。あたしは普通に歩ってただけだし」

「あの速度がデフォルトなら、競歩でも始めたらどうです……?」


 膝に手を当てる直が半目で睨んでくる。この程度でバテるなんて、運動不足なんじゃない? あたしも似たようなものなんだけど。


 中学時代部活で培った体力は、引退以来たった半年で見る影もなくなった。いらない部分に栄養は行くし。とことん人体は不都合にできている。


 ふう、と呼吸を整えて。あたしは顔を上げる。どうしても前髪が気になって、ずっと触ってしまう。


 女子高生にとって、前髪は命より重い。変に張り合わなければと、今更ながら後悔した。


 開けた視界に、なんてことない見慣れた街並みが映る。同じ学校の制服姿もあれば、見たことない制服もいる。


 地元民としては、放課後を使って来るほど価値がある場所とは思えないけど。人が多くて悪い気はしない。住み続けるかは微妙だけども。


 大学は都会がいいなあ。でも合格できんのかな。……それは三年になったあたしが考えることで、今だけはこの瞬間を楽しんでいたい。


 学校と駅のまわりだけ騒がしくて、でも少し離れれば寂しげで。


 必要なものは揃うけど最低限。娯楽よりも生活。ありふれた郊外の街は、刺激に慣らされたあたし世代からすればひどく物足りなく映る。


 それでも昔よりはずっと栄えているらしいが。その昔を知らないあたしには、やっぱり退屈に思えるのだった。


「えーっと……? あ、あそこあそこ。ほら、並んでるのが見えるでしょ?」

「え? ……うわ、もしかしてあれですか?」

「そ」


 直があたしの指先を目で追う。指し示す先には、古民家然とした建物があった。


 ここじゃ、いろんな店ができてはすぐ潰れる。新陳代謝ってやつだ。合ってる?


 現代社会は、古いモノと非効率なモノを許容してくれなくて。不要だと判断されれば、瞬く間に別のナニカに生まれ変わる。のんびりなんてしていられない。

 うかうかしてると、あたしも別人に改造されちゃってたり。しないか。


 件のスイーツショップも、何かの店の居抜きで建てられたらしい。古ぼけた木造の外壁を隠すためにカラフルなペンキでイラストが塗りたくられていて、目がチカチカする。


 それが言いようのないちぐはぐさを与えると同時に、独特な雰囲気を形成していた。良くも悪くも視線が吸い寄せられるが、一人で入るには少し勇気がいる。そんな店構えだった。


 それでも、新しいというだけでそこそこ人は集まる。電灯に集まる虫のように、サイケデリックな外観に釣られてやって来たミーハーな客たち(あたしたちもその一部)が、店先に長蛇の列を作っていた。


「えー……あれに並ぶんですかぁ?」

「なに、その『こんなのわざわざ並んでまで食べるほどのモノ?』とでも言いたげな顔は」

「こんなの並んでまで食べるほどのモノですかね?」

「口に出さなくていいの! 何でテンション下がるようなこと言うかなあ!?」


 これ見よがしにげんなりした様子の直にキレる。いるいる、こういうヤツ。まあ、ある意味予想通りの反応といえばそう。


 こういうヤツに限って人を待たせるのは平気なんだよなあ、と勝手に決めつけて。あたしは腕を組み、不満をこれでもかとアピールする。


「こういうのは待ってる時間が一番楽しいのに」

「当たり前に食べるときでしょう」

「分かってないなあ。想像の中で味わうのがいいの。……ハードル上げ過ぎて実物に拍子抜けするときも、たまにあるけど」

「『目の前の恐怖など、想像力の生み出す恐怖に比べれば……』みたいなことですか?」

「は? なにそれ」

「ごめんなさい。これは知能レベルを合わせられなかった私のミスです」

「……よく分かんないけど、バカにされてるのだけは分かる」


 理解が追いつかなかったせいでキレ時を見失ってしまい、なんかもにょっとした不快感だけが心に残る。


 直がそっぽを向いた隙をうかがって、こっそりスマホで調べてみた。シェイクスピアの引用らしい。んなもん知るか。どうせ中二病こじらせてるだけでしょ。


 周りはスイーツショップへの来客と歩行者が混じり、すれ違うのも一苦労だ。ただでさえ狭い歩道なのに、人が集まっているせいでかなり通りにくかった。車道に押し出されそうになる。


 割に小柄なあたしですらそうなんだから、直はなおさら……。なおなお。この言い回しキモい。改名してほしい。


 店に近づくにつれ、甘い匂いが濃くなっていく。砂糖のべたつきが空気に伝播して、手足をからめとってくる気さえした。


 なるほど確かに、虫みたいに惹きつけられるわけだ、と。直と二人きりだからではない胸のムカつきを隠しながら、歩みを進めた。

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