フレネミーってか、普通に敵。
胸焼けするほどの甘ったるさに、イチゴの清涼な香りが混じっている。詰まりかけていた気道に空気がすっと通った。
旅行に行く前、準備を進めているときが一番楽しいように。行列に並んで、味や店内の雰囲気を想像している時間そのものが割と好きだ。それどころか醍醐味だとすら思っている。
多少の待ち時間も、友達とおしゃべりしていればあっという間に過ぎる。
って言っても、あくまで友達といれば、の話。今日あたしの隣にいるのは、その対義語みたいな人間。フレネミーってか、普通に敵。フレっていらない。
ちょいちょい、と肩をつつかれる。振り返ると、さも名案を思い付いた、とばかりに目を輝かせる直が耳打ちしてくる。
「私その辺で時間潰してるんで、順番になったら連絡してくれたりしません?」
「絶対ヤダ」
「ケチ」
「ケチとかそういう話じゃないでしょ!? こういうのは、待ったぶん美味しく感じるもんなの!」
「楽して手に入れた方がよっぽど美味しいと思うんですけどねえ」
直が口元に指先を当て、心底理解できないふうに眉をひそめる。目の前にいる効率厨には、行列の醍醐味が欠片も伝わっていないらしい。
とはいえ、待つことが苦になるかならないかは、人によるとしか言いようがない。きのこたけのことか同じで、お互いがお互いのことを全く理解できない類の問題なんだと思う。
ただ待つって、意外と珍しい体験だったりするのかな。今時。スマホなりなんなり時間を潰す手段はいくらでもあるわけで。だからこそ、こういうときはなるべくテクノロージアに触れずに過ごしたい。
少なくとも、あたしたちの相性がおしゃべりに向かない程度には壊滅的であるということは分かった。あたしはからかうつもりで。
「アンタ、ゲームするときとか真っ先に攻略サイト見るタイプでしょ」
「レビューサイトが先ですね」
「うっわ無粋。現代社会が生んだ闇の集合体だね。はいはいタイパタイパ」
うへえ。顔をしかめて右手を払う仕草をする。だから早足だったのか。倍速で。
早さよりもっと重要なことがありそうなものだけど、それがなんなのか、あたしの語彙力じゃ到底表現できないので説教は諦めた。
あたしはそのまま現代っ子の権化を置き去りにして、構わず列の最後尾へと向かう。直は並ぶことに関してまだ渋っている様子だったが、距離が離されたことを不安に思ったのか、ためらいがちについてきた。
「結局並ぶんじゃん」
「いえ、このままだと見失いそうだったので」
「なにそれ。チビだって言いたいわけ?」
「ノーコメントで」
それはほぼ言ってんだよ。口元に人差し指でバッテンを作る直を睨みつける。
最後尾へ向かう途中、列の中にはあたしたちと同じ制服を着ている人もちょいちょいいた。
眺めていると、スマホを弄っていた女子高生二人組が不意に顔を上げる。
「ん」
「お」
よくよく見れば、それは見知った顔だった。こちらに目が合うと、彼女たちは途端に表情を明るくして手を振ってくれる。あたしも反射的に右手を挙げた。
「ことりじゃん。そっちも限定スイーツ?」
「もしかしてみっちゃんも? やっぱみんな考えることは同じかあ」
「うぇーい」と、ゆるい掛け声とともにハイタッチを二回交わす。この軽薄なノリに戸惑うこともたまにあるが、話題に困っていた今はありがたい。
校則ギリギリまで明るく染めた髪と、これまた校則ギリギリまで短くしたスカート丈。緩く巻いた前髪は今季のトレンドで、実際参考にさせてもらっている。
お揃い……こういうのは双子ファッションって言ったほうが正確なのかな。
絆は目に見えないけれど、こうすれば誰でも分かりやすい。コピーペーストでできたような出で立ちの二人組が、私の頭上に手を伸ばしてきた。ええい撫でるな。
喋りかけてきた右サイドテールがみっちゃん。のんびりした感じの左サイドテールがさっちゃん。
二人は、高校に入学してすぐのころ連絡先を交換し合ったクラスメイトだ。以来、こうしてお喋りをする程度には良好な関係を築けている。
身長の低さは、警戒心を解くという一点に関してだけ役に立つ。逆に言えば、それ以外で得したことはほとんどない。
現に、今もこうしておもちゃにされてるし。ただでさえ癖っ毛な髪が、二人がかりで撫でくり回されてめちゃくちゃだ。汗かいて乱れてるから、この際もはやどうでもいいけれど。
「てか五十鈴さんもいる。珍しー」
「マジじゃん。五十鈴さんもこういうとこ来るんだ。なんか意外かも」
二人が直に気付いて目を丸くする。その拍子に手が止まったので、あたしは隙をついて抜け出した。気付いたみっちゃんが「あっ」とこぼすがもう遅い。
あたしがクラスメイトと良好な関係を築いている一方で、直は猫っ被りも相まって壁がある印象を受ける。クラスでは優等生で通っているので、校則スレスレを行く生徒からは堅物のイメージを抱かれているらしかった。
派手目な女子二人に詰め寄られた直が半歩後ずさる。コイツもビビったりするんだ。おもろ。
直は一瞬助けを求めるようにこちらを見たが、あたしを頼るのは憚られたようですぐに視線を戻した。
いやまあ、もとから助ける気なんてサラサラなかったけど。たじろぐ直ってレアだし。もう少し見てたい。
「いえいえー。むしろ甘いものって大好きなんですよ。食べ過ぎて太らないかだけが心配で」
「それはアタシたちにも刺さるから止めて! ってか、五十鈴さんのスタイルで太るとか言ってたらアタシらは何!? 山賊!?」
「そんなことないですって。十分細いし可愛らしいですよー」
「うえ!? あはは、そう言われると照れるなー……」
(きも。誰こいつ)
え、マジで誰。もしや食欲を失せさせるための嫌がらせだろうか。だとしたらその作戦は大成功。
直がこんな素直に人を褒めるヤツなはずがない。これまでの発言を思い返す――あかん。思い出すだけでムカついてきた。一旦中止。
このままでは精神衛生上よろしくない。首を振って浮かんだ記憶を払いのける。
最近直の煽りを至近距離で浴びまくっていたせいで、感覚が麻痺していた。そういえばこんな感じだったっけ。これが直の、学校内でのデフォルト。
人当たりのよさげな仮面の下で、どんな罵倒を飲み込んでいるのか分かったものではない。言いたいことを色々抑え込んでジト目を向けていると、直からアイコンタクトが送られてきた。
――余計な事言うなよ? 言外に釘を刺された気がした。猫被りがバレるのを心配するくらいなら、最初から取り繕わなければいいのにと思う。
(まあ。それはあたしにも刺さることか)
自分の身にも心当たりのあるあたしは、武士の情けで静観することにした。のだが。
「てかさ。二人って仲いいよね。意外な組み合わせだけど」
「は? どこをどう見たらそうなるの」
静観の誓いは数秒と持たずに。みっちゃんのあり得ない言葉に思わず、額をぶつけるくらいの勢いで聞き返していた。




