ブラックことり
机の上に広げられたお菓子のせいで、教科書を置くことさえできない。薙ぎ払うわけにもいかないので、とりあえずそのままにしておいた。
仕方なく自分の膝の上で荷物を整理していると、直の背後にクラスの男子が所在なさげに立っているのが見えた。
眼鏡をかけた短髪の彼は、確かクラスの副委員長をしている子だ。
だとすると、委員長を務める直に用があるのだろうか。
あたしと目が合った彼は一瞬固まって、ぎこちなく笑う。その意図をやんわり察した。
「直」
「はい?」
あたしがアイコンタクトと顎の動きで副委員長の存在を知らせると、直と、それにつられた真白ちゃんが示した方向に振り返る。
三人ぶんの注目を集めた彼は、苦笑しながら右手を挙げた。
「五十鈴、ちょっといいか」
「大丈夫ですよ。なんですか?」
「先週配られた進路希望のプリントあったろ? 会議でホームルーム来れないから、持ってきてる人の分まとめて欲しいって先生が」
「ああ、それなら」
言いながら、直がバッグの中から数枚の紙束を取り出す。あの魔窟からよく迷わず選び出せるもんだ。
いやまあ、あたしのバッグの中も似たようなもんか。使い手はちゃんと場所分かるんだよね。
「何人かからもう預かってますよ。記入漏れもないと思います」
「早いな。こっちで男子の分は集めてるから……」
「じゃあ、日誌貰うついでに渡してきますね」
「そうしてくれると助かるけど……。いいのか?」
「大丈夫ですよ。二人で行く意味もないですし」
「まあ、そうか。じゃあ悪い。頼んだ」
穏やかだけれど、なんとなく有無を言わせない口調だった。副委員長は何か言いたそうにしていたが、結局そこで会話は途切れた。
「そしたらこれ。七人分」
「……はい。確認しました」
「サンキュな」
何度か短いやり取りを交わして、直は副委員長が集めたプリントを受け取る。もともと持っていたプリントと重ねて、端を揃えながらこちらを一瞥する。
「ことりは? 持ってきました?」
「え、ああ。忘れてた。いつまでだっけ」
「今月末までです。先生から確認されるかもしれないんで、余裕を持って提出してくださいね?」
「はいはい。分かったってば」
あたしの適当な返事に、直はどこか納得していないふうだった。こちらを半目で睨んだあと、構ってられないとばかりにプリントを小脇に抱えなおす。
改めて見ると、面白いほどの身の変わりようだ。
もはや一周回って薄気味悪いとさえ思える。双子の姉妹いないか後で聞いとこ。
委員長の役目を負う直は、教師やクラスメイトからの信頼も厚い。
こうして色んな仕事を任されているところをよく見かけるし、彼女は任された仕事には手早く応える。
反面、自分から誰かを頼っているところはあまり見ないな、とも思う。負けず嫌いな直のことだ。どうせ変なプライドが邪魔してるんだろう。
一方、あたしは成績と授業態度の都合上やんわり目を付けられてる。納得いかない。
ペーパーテストであたしの何が分かるってんだ? 成績と授業態度か。そうか。
「じゃあ、私行ってきますんで」
「うん、またあとで」
真白ちゃんが小さく手を振る。幼女がするみたいで微笑ましい。ときどき、動作の幼いところがあった。
「ことりも、迷惑掛けない様にしてくださいね」
「あたしをなんだと思ってんのさ」
なんか言わないと気が済まないのかコイツは。いやまあ、本当に心配しているんじゃなくて、釘を刺したんだろう。
いなくなるけど抜け駆けすんなよ、みたいな。
そのまま直は教室を後にする。真白ちゃんが、開いたドアの方を眺めながら。
「直ちゃん、忙しそうだね」
「ねー」
それに関しては素直に同意する。あたしみたいな生徒にとって、職員室は近寄ることすらためらわれる危険地帯だ。呼び出されこそすれ、自分から向かうなんて考えられない。
不良生徒が嫌々やることを、優等生は当たり前にこなしている。猫に傘を差すとかね。
喧嘩より真面目でいることの方がずっと大変だと思う。あたしも別に喧嘩はしないけど。
……だからって、それで真白ちゃんの好感度を稼ぐのはズルくない? いや、無茶苦茶言ってる自覚はある。
「でもさ、ああいう優等生に限って心に闇を抱えてるんだよ。ほら、漫画だとありがちじゃん」
「ことりちゃん。そういう事言うのはあんまり、良くないんじゃないかな」
「はいそうですごめんなさい」
正論すぎて心臓が痛い。真白ちゃんの純粋さと比べて、自分が真っ黒な人間に思えてくる。ブラックことり。それはカラスの雛じゃん。
真白ちゃんの言うとおり、今後こういうのはやめておこう。そのうちボロが出て、また絶交だとか言い出されかねないし。
「そうだ。駅前に新しくスイーツショップができたらしいんだけどさ。今度行ってみない?」
「え? うーん、そうだなあ。今ちょっと忙しいから、しばらくしてからならいいよ」
「ホント? やったー!」
抜け駆けはするけどね。あたしは今思い出したふうを装って提案する。
言うても入学から一か月。実のところ、真白ちゃんと放課後遊んだことはまだなかった。
真白ちゃんは一瞬宙に視線を彷徨わせたあと、平坦なトーンで了承した。思った以上にあっさりで拍子抜けする。
初めて遊びに誘うということで、断られないかハラハラしていたのがバカみたいだった。
ノリが良いというか、なんというか。こう、軽いのだ。気にしてないって表現が一番近いかもしれない。
知らない人に声かけられても、今と同じトーンで「いいよ」とか言ってついていきそうな感じがある。
ちょっと心配になりつつ、誘えた嬉しさが勝っていた。真白ちゃんとデート(ではない)。もう少し先になりそうだけど、その日が待ちきれない。
内心小躍りしていたあたしに向かって、真白ちゃんが純朴な瞳をともなって言う。
「じゃあ、三人で。都合のいい日があったらね」
「え」
言い放った声には、当然そうだろうという響きが含まれていて。
そうじゃない、とは言い出しにくかった。




