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離れ難きは恋敵  作者: *非文症
とっておきの嫌がらせ
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5/33

んぐぐぐぐ

 四時間の疲れが、三、四十分で取れるわけないと思ったことがある。週休は三日がいいし、昼休みも三時間くらい欲しい。


 解放感からか、やにわに騒がしくなりだした教室であたしは机を移動させる。


 がたがたと木材のぶつかる音と、金属製の脚がきしむ音。それが収まったあと、机が三つ、「品」の字で集まっていた。


「あー、お腹空いた」


 収縮する胃が痛い。あたしは鞄からお弁当箱を取り出しながらぼやく。珍しく知恵を絞ったからか、いつもより頭がぼんやりしている気がした。


 時刻は昼食時。学校の中にあって、勉強から離れられる数少ない瞬間。実際勉強していたかは重要じゃなく。


 ウチは親が両親とも忙しいので、お弁当は自分で作ることが多い。クラスメイトからのウケも割とよくて、ちょっとした自慢のひとつでもあった。


 鼻歌交じりに足を揺らしながらお弁当箱の手拭いをほどいて、両手を合わせたとき。


「いっぱい食べて大きく育つんですよー」

「誰目線だよ……。それをいうなら、直こそ。そんなんばっか食べてたら体に悪いよ?」


 真白ちゃんはいいけど、定食みたいなノリで直が付いてくるのだけ不満だった。


 コイツさえいなければ完璧なのに。あっちいけ、しっしっ。


 使い慣れない呼び方に、一瞬口ごもって。懸念していた通りの挑発をかましてきた直に反論する。昨日までならこれで一揉めくらいしていたかもしれない。


 声のした方を振り返ると、うずたかく積まれた総菜パンの山が視界に入った。

 おえ。見ているだけで胃がもたれそうになる。この光景もまた日常。


 量も質も終わっている。別に、別にね。心配している訳ではない。が、単純な道徳の一環として忠告しておく。


「ほら、マイナス×マイナスでプラスじゃないですか?」

「まあ」

「不健康ぶんはエナドリで中和してるので」

「栄養は掛け算じゃなくて足し算だと思うけど。まあいいや」


 でまかせをまき散らす直を無視して蓋を開ける。コイツが体壊す分にはどうでもいいし。むしろ、そっちの方がいいのか……? 


 いやいや。流石にそっち系の不幸を願うのはちょっとこう、違くないか。


 こっちは体重を気にしてヘルシー志向のメニューを考えてるっていうのに。あんな滅茶苦茶な食生活で、直はすらっとした縦長のシルエットをしている。天人上嘘。


 おかずのホワイトアスパラをつまんで、重ね合わせてみた。似ててウケる。


 というか。ちょっとジャンクフードを齧っただけで、一キロ増えてたりすんのはマジでなんなの。人体に質量保存の法則は働かないんか。


 人の不幸を願ってしまったことにわずかな罪悪感を覚えたので、首を振ってその考えを振り払った。


 嫌がらせしたろと考えていたものの。怪我とか病気とか、そこまでは望んでいない。


 とにかく向こうが我慢の限界を迎えて、弱点を晒してくれればそれでいい。

 そのまま「こんなとこにいられるか!」みたいなセリフを吐いてどっか行ってくれたらそれがベスト。


「直ちゃんお菓子とかもいっぱい食べてるし、ちょっと心配」

「心配してくれるんですか? なら、真白が作ってくれてもいいんですよ?」

「私は……包丁持つの禁止されてるから無理」

「え?」

「不器用で危なっかしいからダメって、おばあちゃんが」


 あたしと直は頬を引きつらせる。真白ちゃんの表情が一切変わらないのが、余計にガチっぽくて怖い。彼女は米粒を口の中に運ぶ作業を黙々と繰り返している。


「気休めにその辺の草でも齧ってたら? 春だしいい感じの野草が生えてんじゃない?」

「私のこと牛かなんかだと思ってます? 最低限文化的なものを食べさせてくれませんか」


 いいじゃん、野草。動画サイトでたまに流れてくるテンプラとか美味しそうだし。


 お前もヘルシー生活の無味乾燥さを知るがいい。彩りのためだけに添えられた、悲しきブロッコリーを持ち上げて。ふと手が止まる。


「じゃあさ。あたしのお弁当分けてあげよっか?」


 自分の口角が吊り上がっていくのを感じていた。計画を実行する、最初のチャンスだと思った。


「やっぱり、『友達』としてぇ。健康には気を遣って欲しいじゃん?」

「どうしたんです急に。毒でも仕込んであるんですか?」

「そしたらあたしの方が先に死ぬでしょ」

「特殊な訓練を受けてて、毒効かない体質だったりとか」

「どこの暗殺者一家なの? 一般家庭出身ですけど」


 胡乱な視線を向けてくる直に、満面の笑みで返す。嫌いなヤツにベタベタされることほど、気味悪いものもあるまい。ほら、どうだ。


「はい。あーん」


 言いながら、摘まんでいたブロッコリーをそのまま直に向けた。樹木をデフォルメにしたみたいな、緑色の塊があたしと直の中間地点に浮かぶ。


(公衆の面前であーんを受け入れるのは、相当勇気いるでしょ。……自爆気味ではあるけど!)


 それでも、敵により大きなダメージを与えられるならこの身を捨てる覚悟。


 ……ついでに嫌いなブロッコリーを処理しようという魂胆もあった。ちょっとだけな。


 まるでナイフを突き付けられたかのように、直はそれを見つめ硬直していた。


 飄々とした彼女の、初めて見る反応。気分が良い。あたしはまなじりを下げて煽り倒す。


「どーしたの? まさか遠慮してる? 友達同士ならこれくらい普通だよね?」

「……そうですね。じゃあ、遠慮なく」

「は?」


 あたしがその言葉の意味を理解するよりも先に、箸の先端が見えなくなる。緩慢な動作のはずなのに、予想外の出来事すぎて動けなかった。


 思わず、上半身を思い切りのけぞらせるようにして箸を引く。椅子が傾いて、後方にひっくり返りそうになった。


「ちょお!? 何してんの!?」

「んっ……!? い、いきなり引き抜かないでくださいよ。危ないじゃないですか」

「アンタ……!? ヤケクソにもほどがあるでしょ!? 負けず嫌いでもそこまでする!?」

「何のことです? 全然、これっぽっちも対抗心なんてありませんよ? ええ全く」


 視界がぐらぐら揺れる。大きくなる拍動を骨で感じた。


 猫っ被りな直のことだ。周りの目を気にして日和るだろうとタカをくくっていた。


 しかし、あたしは彼女のプライドの高さを過小評価していたらしい。


 耳を真っ赤にした直が、してやったりといわんばかりのドヤ顔でこちらを見下ろしていた。


 咀嚼する顎の動きから、なぜか目が離せない。喉が山なりに脈打つ瞬間までまじまじ眺めてしまった。


 意識なんてしたくないのに、視線は勝手に直の唇に吸われてしまう。思わず逸らした視線の先にあった、直の腕。


 軽く捲った裾から伸びる白い皮膚に、尋常じゃないくらい鳥肌が立っていた。……いやアンタもだいぶ無理してんじゃん!?


「このくらい、友達同士なら普通……ですよね?」

「アンタ、まさか……!?」


 最悪の予感が脳裏によぎる。ちょっと嫌がる顔が見れたらそれで満足だったのに。


 もしかしたらあたしは、退路を断ちすぎてしまったんじゃなかろうか。追い詰められたネズミが抵抗するみたいに。


 あたしが拒絶しにくい状況を作ってしまったせいで、直の中に立ち向かう、という選択肢が生まれてしまったのかも。


(もしかして――あたしと同じこと考えてたり、しない、よね?)


 嫌いなヤツにまとわりつかれることほど、気味悪いことはない。


それはもちろん、こちらにも言えることで。


「私もお返ししてあげますよ。ほらこれ。一押しのチョコパンですはいどうぞあーん」

「待っ、あたしはいらな……んぐぐぐぐ!?」

「美味しいですか? 遠慮しないでください友達なんですから」


 あたしの立てた仲良しのフリ作戦を逆手に取って、直は反撃を仕掛けてくる。


 断る間もなく、菓子パンを口に押し込まれた。気道が塞がれて息が止まる。チョコで溺れるなんて、初めての経験だった。


 ひたすらに美味しくない。歯が痛くなるくらいの甘さが口内を支配して、喉奥に張り付く。


 真白ちゃん助けて。視線を送ると、「仲良しだねー」なんてのんびりつぶやく姿が目に入る。恋は盲目と言うけれど、そっちが盲目でどうすんだ。


 ……ああそう。そっちがその気ならこっちにも考えがある。


 引っ込みがつかなくなったらしく、据わった目でパンを押し込み続ける直。酸欠と甘味の暴力でもうろうとする意識のなか、あたしは決意する。


 徹底抗戦だ。どっちかが根をあげるまで終わらない嫌がらせ合戦が、幕を開ける。

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