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離れ難きは恋敵  作者: *非文症
とっておきの嫌がらせ
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仲良くなれると思う?

 衝突することが怖い。ぶつかったその衝撃で、つながりが千切れてしまう気がしたから。


 本音を晒すことが怖い。望まれた自分をこなすことが、存在を担保する行為だったから。


 家族とも、友人とも、想いを寄せる相手でさえ。彼ら彼女らを信じることができなかった。


 でもそれは、彼ら彼女らとのつながりが大切だからで。壊れて欲しくない関係性だったからこそ、ぶつかることが怖かったのだ。


 それがこうして言いたい放題言ってしまえるわけ。考えてみれば、この上なく単純な事だった。


「あたし、アンタのこと嫌い」

「何を今更」


 嫌いだ、嫌い、大嫌いだ。


 真白を取り合う目障りな恋敵、嫌がらせが陰湿で鬱陶しいのも、なんでも知っていますみたいな口ぶりも、見透かしていますみたいな態度も、人の嫌がること平気でズバズバ言えちゃうノンデリ具合も。全部。


 だからこそ。


「私だって、あなたのことは嫌いです。群れなきゃ何もできないような、休み時間のときは大きい声で喋る癖に、授業中当てられたときはモスキート音みたいな声の人種は総じて」

「もはや個人攻撃じゃん。そういう偏見にまみれたとこも嫌いだよ」


 どれだけ酷いことも、平気で言えてしまう。その逆も然りで、どんなことを言われても大して響かない。


 なぜなら、嫌いだからだ。気に食わないヤツに何を言われたって、どれだけ嫌われたってどうでもよくて。むしろ自分の存在が相手が不快感を与えているなら、ざまあみろとでも言いたくなる。


 家族に言えない悩みが、保健室の先生の前でぽろりとこぼれてしまうみたいに。


 つながりが希薄であるほど執着が薄れ、執着がないから適当なことも言える。きっとこの関係は、その延長線の終着にある。


「別に、全部が全部嫌ってわけじゃない。遊ぶのも楽しいし、人には優しくしていたい。だからこれは自分で決めたことなんだって言い聞かせてきた。我慢しなきゃって」


 大切にしたいのも本当で、それが面倒なのも本当で。選んだらどっちかが嘘になってしまいそうで、結局黙りこくっていた。


「でもやっぱり、あたしは優等生じゃいられないから。ワガママだから、自己中になりたくなっちゃった」


 心は有限だから、必要なときに必要なだけ切り分けて。相手に与えるのと同じだけ、自分のぶんも残しておかないと枯れてしまう。


 全部じゃなくて、ほんの一部。


 一年に一回の仮病、なんとなく通学路を外れる、ノートを取らずに授業を聞き流す。そんな、たまの休みが欲しいだけだった。たまにで良いから、少しだけ本音で喋れるようになりたかった。


「あたしは変わりたい。大切な人にも、想いを伝えられるように」


 下を向いたまま、唇だけで囁く。それは決意表明と呼ぶにはどうにも頼りなくて、春風にさらわれてしまいかねないくらいだった。


 じりじりと点滅を繰り返す蛍光灯が、答えを急かしているように感じる。


「あなたはやっぱり、私と違う」


 直の声がする。隣に座る彼女は、背もたれに上体を預け電光を見上げていた。


「こんなこと言う必要ないのに。根が教えたがりなんでしょうか?」

「直?」

「誰かが止まってるのを見ると、イライラするんです。こんな簡単なのにって」


 直は疎まし気に目を細める。右手で光を遮って、どこかささくれだった口調で続けた。


「図書館であなたは、勉強が面白くなったって言ってましたよね」

「それが?」

「……あなたが変われないままいてくれたら、私も諦めがついたのに。変らないままいてもいいって、安心できたのに」


 相好を崩して、直は椅子からずり落ちる。「くだらない」と付け足して投げやりに、熱でとろけたスライムみたいな格好になりながら頷いた。


「私と違って、変わりたいと思えるクセに。つまらないことで躓いてるから」


 直はブレザーにシワが寄るのも気にせず脱力して、「なんでこんなにイラついてたか理由が分かりました」と一人で納得している。


 いや分からんし。なに目的は果たしたみたいな顔してんだ。


「変われるもんなら……そりゃ変わりたいけどさ」


 そのために、誰かとぶつかったりする勇気はない。まで考えて。そういえば、一人いるじゃん。どんな酷いことを言っても心が痛まない相手。


「そっか。そうだ。思いついた」

「何をです?」

「よし、決めた」

「だから、何をですって」

「アンタは今日から、あたしのサンドバッグだ」

「……はぁ?」


 壊れて欲しくない関係ばかりが増える世界で、唯一壊れてもいい関係。それが恋敵という、歪な関係の名前だ。


 宝石の硬さを確かめるため、地面に打ち付けるような真似はできない。それでもいつか、素直な気持ちを打ち明けなきゃいけないときは来る。


 だから、不器用なあたしは練習するしかない。その試金石としてなら、ちょうどいい相手なんじゃないかと思った。


「直。アンタこの後時間ある?」

「……まあ。別に予定はありません」

「じゃあ図書館行こ。勉強会の続き」

「ええ? あなたに教えるの疲れるんですが」

「みんなで遊びに行きたくないの? 真白ちゃん悲しむだろうなあ」

「自分の成績を脅しに使うの、悲しくないんですか?」


 直が呆れたように溜息をつく。全然悲しくないね。使えるもんはなんだって使う主義なもんで。てかあけすけに成績を自慢する方がどうなのと。


 あたしは放り出していたスクールバッグを肩にかけ直し、はずみをつけて立ち上がる。大して中身の入っていないバッグは、バランスを崩しそうになるほど軽かった。


 そうしてこの場を後にしようとして。ふと気になってしまった。


 これに「はい」と答えられてしまうと、プランそのものが破綻してしまいそうなんだけど。気になったものは仕方ない。


「――あたしたちってさ、仲良くなれると思う?」

「いいえ? ……でも、案外趣味は合うのかもしれませんね?」


 なんの気なしに問いかけた疑問に、直は投げやりに答える。少し意外な返答だったけど、ちょっとだけ納得できる気もした。


「だって、好きなものも――嫌いなものも同じなんですから」


 お互いを嫌い合う、自分嫌いがふたり。


 同じ人を好きになって、同じ人を嫌いになる。捉え方が違うだけで、抱えるものは似ているせいなのだろうか。


 ただ嫌いなだけなら関わろうとすらしなかったはずだし、好きな人間にはこんなこと打ち明けられなかったはずだ。


 味方の味方。嫌いなのに向き合わなければならなくて、必ずぶつからないといけない相手。


 真白ちゃんを挟んで、鏡合わせの自分を見ているような。似た者同士だと認められるほど、まだ人間できちゃいない。


 浮かんだ考えを振り払って、ごまかすように声を出す。


「早くしてよ。ただでさえ席少ないんだから」

「オッケーしてないんですけど。そういうところが……はぁ。良いですけどね?」


 球場から出るドアに手を掛け、振り返る。変わらず腰を痛めそうな体勢でベンチに座っていた直がこれでもかと顔をしかめた。


 直は気だるげに天を仰いだ後、「なんで私が」と愚痴をこぼす。緩慢な動作で立ち上がった彼女がアタシの背中をせっついてくる。


「もうジュースの一、二本じゃ割に合いませんよ?」

「コンビニで二リットルボトル買ってく?」

「量の問題でもなくて」


 直と関わるのが好きなわけじゃない。けれど、今までの嫌なこととは少し違っていて。


 流されたり、言い訳したりではなく。自分の行動を、自分で選んだとはっきり言えるようになって初めて、言いたいことがはっきり言えるようになるんじゃないかと思った。


「あ、ちょっと待って」

「もう。自分から言い出しておいて待たせないでください」

「ごめんて」


 バッティングセンターから出る直前、不意に思い出して足を止める。焦れた声を軽くあしらいながらバッグからスマホを取り出し、画面をなぞった。


 指先に残像が残るくらいの高速フリック入力でものの数秒のうちにメッセージを送信する。これでよし。


 再度スマホをバッグの中に放り込み、直を追い越して自動ドアをくぐった。振り返って手を振る。


「ほら急いで! 時間押してるよー!」

「コイツホントに……」


 直が足を引きずるみたいに渋々歩き出す。テスト週間で早めに学校が終わったので、外はまだまだ明るかった。


 張り合って早足になっても、転ぶ心配はいらなそうだ。先生に遊んでるの見つかったら絶対怒られるし。急ごう。



 数時間後。図書館を出た後で、新着メッセージが届いてたことに遅れて気付いた。


 既読スルーは犯罪だけど、未読は情状酌量の余地あり、だよね? マナーモードにしてたから許してくれいと内心謝罪して、アプリを開く。


 メッセージの送り主はみっちゃんだった。


『昨日は空気悪くしてごめん』

『こっちこそゴメン! 言い方悪かった』


 あたしの送ったメッセージに返信するのと同時、ついでみたいに付け加えられたおっさんが土下座してるスタンプ。


 意味がよく分からず、一度首を傾げて「なんだこれ」と吹き出す。


 やっぱ大抵のことはごめんで済むんじゃん。警察は要るけどさ

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