なにもかも
会話の流れ。雰囲気。そもそも言いふらすことでもない。理由なんてこじつけようと思えば、いくらでも思いついた。
あるいは真白ちゃんも、自分が聞いて嫌なことは友達に聞かせたくないと思っただけかもしれない。あたしが抱えていた暗い感情を打ち明けなかったように。
でもそれは、直の言うとおり信頼の差なんじゃないかなあと。すんなり納得できてしまったのは、自分がそうだったから。
話したら、めんどくさいヤツと思われてしまいそうだったから。もし嫌な気持ちにさせちゃったとして、その嫌悪が友好を上回ってしまうんじゃないかと怖くなって。
つまるところ、臆病ゆえに真白ちゃんを信頼できなかった。それに尽きる。
心の内を曝け出し、真っ向からぶつかるのを避けたのは他でもない自分自身だっていうのに。自分が信頼されていないと思うと、茫漠ななにかが頭の中を重くする。
わがままだ。あたしは。考えすぎかなあ。考えすぎだなあ。
拙劣な脳はモヤを生み出すばかりで、それを言葉にする機能を持ち合わせていない。なんで別売りにしたんだ。DLC商法か。言葉は霧状のまま、指の隙間を通り抜けていく。
信じて欲しいと言う割に、自分は相手を信じていない。その理想はひどく矛盾していて、搾取じみている。
自分が正直じゃなきゃ、相手だって正直に話してくれるわけないのにね。そんなことは道徳の授業を受けなくても分かるのに。
「知ってる」と「できる」の間には、マリアナ海溝くらいふかーい溝があるらしい。
「ま、それならしょうがないか」
「おばあちゃんっ子なんですかね? 意外と」
「学校休むくらいならそうなんじゃん?」
直の思案に同意しておく。約束を破るような子じゃないし、それだけ大事な人だったのかな。未だに真白ちゃんは謎なとこが多い。
と、大体聞きたいことは聞けたんだけど。まだ一つ大きな疑問が残っている。あたしはベンチに勢いよく体重を預けて聞く。
「で? そろそろなんでこんなとこ連れて来たか教えてくんない? まさかホントにただの嫌がらせってわけでもないだろうし」
「そのまさかですよ?」
「は?」
「ついでに、昨日サボった罰も兼ねて。私とのデート、苦しんでいただけましたか?」
直はあくまでにこやかに、そう言い放った。間を埋めるようにカラスが鳴く。かあかあ。
「……はあ!? なにそれ!? 意味わかんない!」
叫び声は、人気のないバッティングセンターにあって良く響いた。全身を自分の声に囲まれている感じがする。
じゃあなんだ。あたしはコイツの気まぐれに振り回されてただけ?
ああなんか、急にバカらしくなってきた。いいや。早く帰って勉強しよ。あたしはベンチに放っておいたスクールバッグを肩に掛け、腰を浮かせながら。
「帰る」
「ああ待って待って」
「何。別に暇じゃないんですけど」
中腰で動きを止めて、もとの位置に戻る。誰にでも分かりやすいように不機嫌な顔を作ったつもりだったけど、向こうには伝わらなかったらしい。
直は長い四肢を放り出すような伸びをして、手首をぐるりと回す。色白だから、赤らんだ手のひらが痛々しく見えた。
「やっぱり、らしくないことすると疲れますね」
かすかに痙攣する手のひらを西日にかざして、直は呟く。光が薄い肉付きをすり抜けて、血管の赤と交じり橙。
「そうでしょう? ことりも」
「分かんない。何が言いたいわけ?」
「いえ別に? 勉強が楽しくなってきたとか言ったくせに、あっさり流されてサボった誰かさんに嫌味を付けてるわけじゃありませんよ?」
「ねえ。全部漏れてるって」
何。マジで嫌味言うためだけに呼んだの? あてつけがましい口調に眉が上がる。直は両手を擦り合わせて呟く。
「これなら、バットよりはペンの方がマシですね」
「うえ。宇宙人だ宇宙人、理解不能」
この期に及んで勉強の方がいいとか、住む世界が違い過ぎる。あたしは吐き出す真似をしながら肩をすくめた。
その様子を見た直が、ごほん、と軽く咳ばらいをして。
「自分で言うのもなんですが。私は成績優秀な優等生です」
「ホントに自分で言うことじゃないね」
「事実なので」
いきなりどした。何の自慢だ。気持ち悪さに弾かれるように半身を引く。客観的に見たら事実かもしれないけれど、話のつながりが見えない。
直はそんなあたしを無視して淡々と続ける。言葉は独り言めいていて、理解なんて求めていないふうだった。
「私にとって、優等生でいるって楽なことなんです。一番慣れてるから」
あたしは視線を持ち上げ、語る直の横顔を見る。いつも通りのいけ好かない薄ら笑いがあった。正解も間違いも悟ったような、大嫌いな表情。
その皮膚の下に、自分と同質の倦怠と諦観が押し込められている気がした。きっと、押し込めた言葉たちの内圧で破裂しないよう、表情という蝋で封を閉ざしているんだ。
「共感と同調を繰り返すだけでいいなんて、楽なことこの上ありません。それこそバットにボールを当てるより」
直はぼんやりとピッチングマシーンを眺めていた。繰り返しねえ。確かにキャッチボールってか、決められた場所にボールを投げ込み続けるのに近いのかも。
両者の違いは、後ろに逸れたボールを拾ってくれるかどうか。
「優等生でいるだけで、大抵の教師には好かれる。クラスメイトは勝手に距離を保ってくれる」
やけに音量の大きいアーケードゲームの起動音が室内から聞こえてくる。
あたしは茶々を入れることも忘れて、話の続きを待っていた。息は詰まっているのに、心臓だけが先走るせいで眩暈がする。
「それどころか、ギャップらしいですよ? 多少らしくないことしても」
直が冗談めかして話を区切る。そのタイミングで息を忘れていたのに気づいて、深呼吸を入れる。呼吸するたび、胸とおなかが互い違いに上下した。
委員長なんて、クラス内における生徒の役割を明確にする最たるものだ。一般ピーポーとして暮らしているあたしよりずっと、直の方が色々背負ってるんだろう。
それでも、彼女はそっちの方が楽らしい。とことんまで気が合わないなあと思う。
「私は敷かれたレールの上を走る方が楽なんです。なにもかも、用意されていて欲しい。自分で決めるより、ずっと簡単だから」




