へいへい
「アンタ野球やったことあるの? ねえ無視? 友達の応援を無視とかあり得なくない? 真白ちゃんに言っちゃおうかな? ねえ写真撮っていい? 優等生サマの痴態をクラスのグルチャに晒したいんだけど」
「バカうるさい。うるさいバカ」
「へいへいバッター打てないよー」
あたしはスマホのカメラを構えながら、少しでも集中力を乱してやろうとぼやきまくる。
口調こそ乱れているが、悪態を吐く暇はないようだった。直はこちらには振り向かず、ピッチングマシンを見つめている。
満を持して二投目が放り込まれる。直はあたしのようなフルスイングではなく、脇を締めた格好のまま体をねじるみたいにして、ボールの軌道にバットを合わせた。
ベクトルが変わる。真芯とまではいかずとも、確かにバットに命中したことでボールは前方に転がっていく。
それがやがて回収口に吸いこまれるのを確認した直が、視線だけでこちらに振り返って。
「ふふん。あれだけ後ろで見てれば、目も慣れるというものです。この勝負、結果は見えましたね」
「はあ!? ズルい! てか今のヒットじゃないでしょ! ピッチャーゴロだよピッチャーゴロ!」
「ヒットは日本語に訳すと『当たり』ですよ? 勉強会サボったせいでそんな基礎単語も忘れましたか?」
「昨日のは! サボりじゃない、わけじゃないけど……」
「え、なんですかその感じ。被害者ムーブやめてください」
「してないし」
向こうからしてみればサボりであることに変わりないので、反論する気が失せてしまった。
あたしは鼻を鳴らしつつ口をつぐんで、ベンチに深く座り直す。せめてあとでぎこちないスイングをイジってやろう。カメラ越しに直を眺める。
と思ってたけど、期待してたような醜態はついぞ撮れなかった。直はぎこちないながらもコンパクトにバットを振り、的確にボールを捉えていく。
長打こそ生まれないものの、今やってるのは野球じゃない。曰くバットに当てさえすればヒット換算で、彼女はそのルール内における最適解を繰り出し続けていた。
結果は、二十球中、十三球命中。あたしは二十分の九が最高記録なので、割と大差で負けている。
いや、そもそも条件が後出しだし? 当てるだけでいいならあたしだってもうちょい記録伸ばせたし。
だから自慢げに胸を張るのをやめろ。ドヤ顔も。あたしは立ち上がって抗議する。
「あんなボールでヒットとか言っちゃって、誇りはないわけ?」
「妨害工作を繰り返すよりはいくぶん高尚じゃないですかね」
「こんなんで勝ちとかあたしは恥ずかしくて言えないなあ」
「妨害してなお負けたことは恥ずかしくないんですね?」
無言で取っ組み合う。あわや一触即発、というかほぼ爆発していた。
ややあって、お互い冷静になって手を離す。というか、なんであたしはこんなところに来ているんだろう。
「ったく……。なんで放課後までアンタと遊ばなきゃいけないわけ? テス勉したかったのに」
「クラス全体に私たちは友達だと印象付けておくことは必要じゃないですか? そうすれば多少の喧嘩はじゃれ合いとして脳内で変換してくれるでしょうし」
「それは一理あるけど。あんな言い方する必要なかったじゃん。みっちゃんさっちゃんエグい勘違いしてたよ?」
「そう言えば、なんであの人あんな勘違いしてるんです?」
「あたしも知らん。そっちからも訂正してよ」
「そっちの方が嫌がらせになりそうなので放置します。あとめんどくさい」
「絶対後ろが本音でしょ」
追及すると、直は白々しく口笛を吹く。実際メンタルポイントは削られてるから効果は抜群なんだけど。
「どうせなら真白ちゃんと来たかったなあ」
「いないんですから仕方ないでしょう」
思わず言葉にため息が混じる。ホントになんでコイツとこんなとこにいるんだ。
しかもこんな青春真っ盛りみたいなイベント。ここで消化してよかったのか。よくなさそう。
「てかさ。真白ちゃんなんで休むとか言ってた? あたし聞かされてないんだけど」
「聞いてないんですか?」
「言わなかったし、聞きそびれた」
「私には言ってくれましたよ? 信頼の差、ですかね」
「うざ」
もったいぶった言い方が癪に触る。直はわずかに居住まいを正し、浮かべていた意地の悪い笑みを消した。神妙な空気になんとなくつられて背筋が固まる。
そういう雰囲気というか、人が真面目な話をするとき、周りの空気が乾燥していくみたいに感じることがある。緊張して乾く喉が湿気を吸い取っているんだろうか。
自分自身気付かないうちに深刻そうな表情になってしまっていたらしく、直が言いづらそうに一瞬口ごもった。
「ああいや、私たちに関係することじゃないですし、気にしたって仕方ないことだと思うんですが」
「なに、そのめんどくさい言い回し」
「真白のおばあさんが亡くなってしまったみたいで。お世話になったからって、お葬式に出ることになったそうです」
「マジ? この前言ってたやつ?」
「そうだと思いますよ。私もそこまで深くは聞きませんでした」
「ふーん……」
話題に上がったおばあさんは、きっと真白ちゃんがスイーツショップに行けなくなった理由と通じる人だろう。あのときも急用が入ったって言って、おばあさんのお見舞いに行っていたらしいから。
あたしは曖昧に相づちを打つ。表面上そっけなく取り繕っても、脳の奥に刻まれた不安がゆっくりと鎌首をもたげていた。
なんで言ってくれなかったんだろう、って。




