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離れ難きは恋敵  作者: *非文症
とっておきの嫌がらせ
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29/34

新手の詐欺

 シャワーを終え、あたしは逃げるように自分の部屋に戻る。


 筋肉を動かすのに酸素が必要なのと同じく、心を動かすにもなんかしらのエネルギーが必要みたいだ。机に向かう気は起きなかった。


 はあ、と溜息をつきそうになって、空気を喉奥に押し込める。あからさまに疲れを外に見せるの、あんまりいい癖じゃないよなあと思って。


 そのままベッドに横たわり、スマホをスクロールする。無意味な情報を流し込んでいる間だけは、余計なことを考えずに済んだ。


 ぐちゃぐちゃした感情も物量には勝てない。ドーパミン中毒が増えるのも納得。


 いやに目が冴える。なのに、頭は漬物石のように重い。

 やらなきゃいけないと思う。なのに、やりたいとは欠片も思えない。


(どうせやらないなら、早く寝た方がいいってわかってるけど)


 胸の上で手を組んで、スマホの画面を伏せる。むくんだまぶたの重みで目をつむると、凝り固まった眼筋が熱を帯び始めた。


 固く閉じると、まぶたの裏で白い光が明滅する。目を閉じているというよりも、黒い幕を見ているような感じがして落ち着かない。仕方なく、また目を開いた。


 『眠れないとき』って調べると、ブルーライトを浴びないようにしましょうって検索結果が出てくる。それが矛盾というか、バカみたいで面白い。


 眩しくてまた眠れなくなった自分を嘲笑しつつ、ぼんやりとタイムラインを追う。クラスメイトのたわいもない日常を見ていると、自分が世界一不幸な人間に思えて、それがまたみじめに思えた。


 自分より疲れている人間は数えきれないくらいにいる。五体満足で生まれて、空腹に悩まなくて、インターネットが使える。どこをとって不幸と言うんだろう。


 多少勉強を頑張った程度で自慢げに語ることの方がおこがましい。むしろ、頑張るほどに罪悪感に似た何かが心に募っていく気がする。


 クラスメイトの彼ら彼女らだって、言わないだけで苦労しているかもしれない。


 他人のハイライトと自分のリアルタイムを比べても意味はないと言うけど、感じる憂鬱だけは本物だ。


 真白ちゃんと直は、今日も勉強会してるのかな。二人きりにしたくないなんて言いつつ、結局自分からそうしている。


 二人は頑張ってて、お母さんもお父さんも自分を育てるために働いてくれている。他にも色んな人が。


 それに比べたら、スマホを眺めているだけのあたしなんて何もしていないも同然じゃんね? だから弱音なんて吐いてらんないなあと思う。


 ごろごろと寝返りを打つ。そんなとき、不意にスマホが震えた。


「……え? えっ!?」


 一瞬遅れて、流行りのヒット曲が爆音で鳴り出す。あたしは慌ててボリュームを下げようとして。


 画面上部に現れたポップアップに、かけてきた相手の名前が表示されている。その名前は、あたしの指先を止めるのに十分なインパクトを有していた。


 スマホを両手で握りしめたまま跳びはねるような勢いで上体を起こし、ベッドの上に座り直す。無意識のうちに正座してしまっていた。


「き、既読スルー常習犯の真白ちゃんから電話……!? 偽物!? 新手の詐欺!?」


 そんなピンポイントな詐欺があるはずもなくて。何度確認しても、ポップアップに表示された名前は変わらない。


 『来栖 真白』。なんの捻りもないアカウント名の隣で、応答の緑と拒否の赤が所在なさげに灯っていた。


 緑と赤。二つはまるで爆弾処理のコードのように、どちらかを選択した時点で取り返しがつかない。


「出るべき……!? いや出ない方がおかしいでしょ! なんで出なかったってなるじゃん!? でも真白ちゃんに詰められたら泣く、絶対泣く!」


 ことりは脳内で想像を膨らませる。目の前には、絶対零度の眼差しを向ける真白ちゃんがいて。


『ことりちゃん。今日、勉強会サボったよね? なんで? 遊びにいこうって約束は嘘だったんだ』

「ち、違うの真白ちゃん! 今日はちょっとだけ、ちょーっとだけ気分が乗らなかったっていうか!」

『私と仲良くしたくないんだね。わかった。ことりちゃんとは絶交して、直ちゃんと二人で遊びに行くから』

『ということなのでー。さようなら、恋敵さん。離れられてせいせいしました』

「ま、真白ちゃーーん!?」


 腕を伸ばして、遠ざかっていく背中を掴もうとする。しかし、その手は虚しく空を切った。


 真白ちゃんの肩を抱いた直が視線だけで振り返って、惨めな敗北者を嘲笑する。おのれ五十鈴直。私が先に好きだったのに。ここまですべて妄想である。


「……いや、やっぱ出よう。てかどうせ学校で会うんだし」


 妄想の中ですらこれなんだから、面と向かって説教されたら正気を保っていられる自信はない。今もだいぶ正気じゃないってのは置いといて。


 ふざけている間も着信音は鳴り続けていた。一呼吸入れてから「よし」と自分に言い聞かせる。あたしはスマホの画面から目を背けながら、緑のアイコンをタップした。


「あ。もしも」


 聞き覚えのある平坦な声がスピーカー越しに聞こえてきて、反射的に。


「ごめん! 今日行けなくて!」

『し。え? ああ……。大丈夫だよ』


 戸惑ったふうな声がする。真白ちゃんは無表情がデフォルトなせいで、声だけでも教室で話すのとあまり変わりない距離感のように思えた。


 なんか、普通? 開口一番に叱られることを覚悟していたぶん、少し拍子抜けした。


 いや、まだ怒られないと決まったわけじゃない。真白ちゃんの感情は分かりづらい。この声色で無茶苦茶キレてる可能性無きにしもあらず。そう思って、居住まいを正す。


『こんばんは』

「はい! こんばんは!」

『なんで敬語なの? ……ことりちゃん、今時間大丈夫?』

「はい。いかような処罰も受け入れる所存でございます……」

『なんの話?』

「え。あたくしめが今日勉強会をサボったことにお怒りなのでは……?」

『そんなことで怒ったりしないよ。今日はお休みにしたし』

「それってやっぱりあたしが行かなかったから? それはそれで……なんかごめん」

『ああ、そういうわけじゃ……。いや、そういうことなんだけど。そのことじゃないっていうか』


 自分のせいで三人の約束がキャンセルされる気まずさ。真白ちゃん抜きでもスイーツショップに行くべきだとした直の判断は正しかったな、と思いつつ。


 サボりに関してじゃないならなんだろう。あたしはスマホごと首を傾げる。


「じゃあ、二組の友達に真白ちゃんの可愛さについて小一時間語った件? いやでもあれは、話の成り行き上仕方なく」

『ああ、この前知らない人に話かけられたのってそういうことだったんだ。なんで名前知ってるのかなって、びっくりしたよ』

「これも違う!? 分かんない、何の用事?」


 勝手に余罪を自白しただけじゃん。真白ちゃんは少し間をおいてから続けた。


『大した用事じゃないよ。私、明日学校休むことになっちゃって』

「ええ!? テスト前なのに!?」

『まあね。でも、外せなくて』

「嫌じゃない? もっと色々言ったほうがいいんじゃない?」

『ううん。大丈夫』


 なんでもかんでも受け入れてしまいそうな彼女のことだから、それで嫌な思いをしていないと良いんだけど。と思う。


 いや、あれで結構マイペースだからなあ。あたしよりずっと自分の意思を持って行動していそうな気もする。


『それで、直ちゃんと話して明日の勉強会は休みにしようって。それだけ伝えたくて』

「そっか。わかった」


 少し安堵しながら了承を返す。直と二人きりにされる厄介さは、この前の一件で痛いほど分かった。たぶん、向こうもそうだから中止なんて言い出したんだろう。


 こっちから中止なんて言いにくいし、真白ちゃんが言ってくれて良かった。となるとあたしは二連休になるのか。そのぶんなんかしなきゃなあ。


「それは分かったけど……わざわざ電話してくれなくてよかったのに。何事かと思っちゃった」

『私もそう思ったんだけど、直ちゃんが。休んだの気にしてるだろうからって』

「直が?」


 なんでアイツが気を回すことがあるんだろう。気にする意味があるとも思えないし。


 そもそも、今日の勉強会を休みにした理由も、改めて考えると良く分からない。上の空になりかけて、真白ちゃんの声に意識が引き戻される。


『うん。何か事情があるなら、聞いてあげてって言われた』

「ああー……」


 なんとなく察した。大方優しい人間アピしようと思ったけど、嫌いな奴の嫌いなヤツのプライベートな話まで聞いてやる義理ないと判断して、真白ちゃんにうまいこと押し付けたってとこだろう。セコい。


 あたしの優柔不断で真白ちゃんに気を遣わせたと思うと申し訳ない。見えていないと知りつつも、あたしはその場で頭を下げて。


「ごめん! 事情とかは別になくって……。ホントにちょっとだけ気乗りしなかっただけだから! 明日から……いや今日から! 頑張ります、はい!」

『いいよ。そういうこともあるだろうし。ことりちゃんがいなくても私は気にしないよ』

「あたしとしてはもうちょっと気にして欲しいかな!? ドライすぎるよ!?」

『そう、かな。ごめん』

「ふっ……。あはは!」


 真白ちゃんが謝る意味が分からなかったのと、しおらしい声がおかしくて思わず吹き出してしまった。うん、少しだけモヤモヤが晴れた。


 気負うことなく言葉を交わせるだけのことに不思議な安心感を覚えて、つい口が滑る。


「謝らなくてもいいよ。だってあたし、真白ちゃんのそういうところが好きだから」

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