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離れ難きは恋敵  作者: *非文症
とっておきの嫌がらせ
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24/29

サイゼの間違い探しくらい見つかんない

 勉強会が始まって数時間後。


 あたしは、直と額をぶつけ合わせながら。


「だから、何回言えば分かるんです!? a+b+c=A、b+c-a=Bとおいて、それの公式に当てはめて因数分解するだけ! 一ページ前に教えたじゃないですか!?」

「因数分解は分かったけどそこまで行けないんだって! AとかBとかどうやって見つけんの!? サイゼの間違い探しくらい見つかんない!」

「公式を使える形に変形するんです! ゴールがあるんだから逆順に考えていけばいいでしょ!?」

「どの公式が使えるかなんて見ただけじゃ分かんないだろ! 未来視でもしてんのかよ!?」

「今やってる範囲からしか出ないんだから形はある程度予測できるじゃないですか! ことりが演習不足なだけです!」


 一つの参考書を二人で覗き込んで、激論を交わしていた。何度やっても減らない誤答に業を煮やしたのか、直が見たことないくらいヒートアップしている。対してあたしはオーバーヒート寸前。


 はじめはここまでピリピリしてなかった。むしろ穏やかに始まったと言っていい。

 しかし、生徒の出来があまりに悪かったためかだんだんと語気が荒くなり出し、口論じみた今に至る。


 確かに、直の教え方は上手だった。解答冊子に載っている解き方よりも、ちょっとだけスマートな解き方を端的に示してくれる。


 ただそれ以上に、あたしの基礎力が壊滅的で。


 彼女なりに要領のいいやり方を教えてくれてるんだろうけど、それを使いこなすのに手間取ってしまっていた。「この力は大きすぎて俺には扱いきれない……」みたいな。


 もちろん図書館の中だから、大声で怒鳴り合ったりはしない。それでも、隣に座る高校生が苦笑いを浮かべているのがなんとなく分かった。


 直もそれに気付いたのか、頬に赤みが差す。咳払いして、数秒前より二、三段声を低くして言う。


「よくいる指示厨の気持ちが分かりました。他人が苦戦してるところを見るのって、こんなにやきもきするものなんですね」

「あー。近いかも?」

「もしかしてあれですか、私をイラつかせるためにわざとやってます?」

「んなわけないでしょ。本気と書いてマジだよ」


 疑わしげな視線を向けられて、唇を尖らせる。


 「できない」とイジられるのは事実だから仕方ないとして、熱意を怪しまれるのは心外だった。

 怠けて見えたかい。そう聞いたら頷くかい。これでも真面目にやってるつもりだ。そうは見えないかもだけど。


「二人とも、そろそろ休憩したら?」


 声が聞こえて、ハッと顔を上げる。熱くなりすぎて、喧嘩っぽく見えたかもしれない。


 振り向くと、目の前には半透明の赤シート越しにこちらを見つめる真白ちゃんの姿があった。


「なんか顔色も悪く見えるよ」

「……シート越しだからじゃない?」

「え? ……あ」

「みんな限界っぽいし、休憩にしよっか」


 真白ちゃんが真顔で赤シートを単語帳に挟む。こんな手垢のついたボケを差し込むような性格じゃない。お互い、疲れがピークに達しているらしかった。


 あたしたちのやり取りを気にしている様子はなかったので、一旦は胸をなでおろす。数字と記号で頭がいっぱいになっていたせいで、つい取り繕うのを忘れてしまっていた。


 無意識のうちに白熱して喧嘩腰になる、今みたいのが一番危ないかもなと自省して。図書館の側壁に掛けられた時計を確認する。


 気付けば、短針は六時を指していた。勉強会を始めてから大体二時間。そんなに経っていたのかと、あたしは自分の目を疑った。


「いつの間に。こんな長く集中できたの初めてかも」

「どうする? もう終わりにする?」


 窓から見える空は、やや灰色を帯び始めていた。五月に入ってだいぶ日は伸びたけど、暗くなるのもあっという間だろう。あたしは少し迷ってから首を横に振る。


「うーん……。ちょうど乗ってきた感じなんだよねえ。もうちょっとやりたいから、先帰ってもいいよ」

「じゃあ私も残ろうかな。時間はあるし」

「気にしなくていいのに」


 気ィ遣わなくていいよと言外に伝えるが、真白ちゃんもまた首を横に振った。一人だときっとサボっていた気がするし、いてくれるならそれはそれでありがたい。モチベ的な意味でも。


「二人がまだやるなら、私もやりますか。このままことりを帰してもモヤモヤしますし」

「えー? もう十分でしょ?」

「どこが?」

「そんな強く言わなくても」


 マジトーンで聞き返されると傷つく。どうせなら真白ちゃんと二人きりが良かったけど、直が教えてくれたおかげで今までにないくらいのペースで進んだのは間違いない。その点感謝してやらんこともないこともないこともない。


 というか。なんだかんだと言う割に、ちゃんと教えてくれたのは少し意外だった。


 もしかすると、根っこは割と面倒見いいタイプなんだろうか。それとも単純に、見ててイライラするから思わず正したくなった、程度のものなんだろうか。たぶん後者だと思う。


「席取っといてあげるから、先に休憩しておいでよ」


 真白ちゃんが緩めるように息を吐きながら提案する。


 図書館は椅子取りゲームの様相を呈している。三人まとめて席を立ったら、戻ったときにはもう奪われていることだろう。誰かしらは残っておいた方がいい。


「いい? それじゃあ、ジュースでも買ってこようかな」

「館内は飲食禁止だからね。一応」

「ちょっと休んだらすぐ戻ってくるから。真白ちゃんもキリのいいとこで、ね」

「うん。分かってる」


 確か、一階外縁に自動販売機があったはずだ。ついでに外の空気を吸ってこよう。

 あたしは椅子の下に置いてあったバッグから財布だけ取り出して、そこへ向かうことにした。

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