塩くない?
「……ねえ。歩きにくいから、離れてもらってもいい、かな」
「いいの? なんなら手を繋いであげても――」
「いらない。大丈夫」
「なんかいつもより塩くない? 気のせい?」
どことなく冷ややかな口調な気がするのは、可哀想な人扱いされたからだろうか。
あたしたちに両側から挟まれて動きづらそうにしていた真白ちゃんがそんなことを言いだしたので、渋々ながら距離を開ける。わずかに歩幅を緩めて、緩い三角形のような隊列を作った。
団子三兄弟……この場合は姉妹か。団子三姉妹よろしく一塊になって歩いているあたしたちは、だいぶ不自然な集団に見えるらしい。
「なんだあいつら」とでも言いたげな、困惑と敬遠の混じった視線が痛い。多分、それも真白ちゃんが離れたがった理由の一つだと思う。あと普通に道塞いでたし。
「早く行かないと、席埋まっちゃうよ」
真白ちゃんがこちらを振り返って急かす。
普段使わないから知らなかったが、駅前の図書館はいつも利用者でいっぱいらしい。テスト期間ともなればなおさら混雑するだろうことは、あたしにだって想像できた。
ホームルーム終了直後に学校を出て、それでもまとまった席を確保できるかは運なんだとか。
世の高校生、どんだけ真面目なの。気持ち早足になった真白ちゃんに近づいて、肩越しにおどける。
「みんなやる気あって凄いなあ。あたしなんか勉強が目的ってだけで足が重いのに」
「やる気というか……。テスト前だから普通じゃない?」
「できる側の意見……。その普通が、普通の人には難しいんだよ」
「普通は違うの?」
ぴたりと立ち止まった真白ちゃんの背中に追突する。柔軟剤の匂いがした。
「ぶ」
「あっ。ごめん」
「大丈夫大丈夫。……まあ、普通はサボっちゃったりするんじゃない?」
わずかに熱を帯びる鼻先をさすりながら、直前の疑問に答える。すると真白ちゃんは、おもむろにバッグからスマホを取り出して。
「ふーん……。じゃあそうする」
「え?」
「サボるってどうするんだろう。……そうだ。この前二人が行ったスイーツショップとかどうかな」
「ちょちょちょ。どしたの急に」
なんか真白ちゃんが壊れた。なんもしてないのに。
前触れもなく周辺の飲食店を検索しだした彼女を、直はスマホの画面を覆うことで制すと。
「真白。高校生が勉強するのは普通の事ですよ。ことりが特別不真面目なだけです」
「おい」
「……そうなの? そっか。分かった」
「真白ちゃん!?」
それで納得しないでよ。直の言い聞かせるような口ぶりで落ち着きを取り戻した真白ちゃんがスマホをしまう。何だったんだ、一体。
「もう。真白に悪影響を与えるようなこと言わないでください」
「教育ママ?」
「そんなに嫌なら、初めからついてこなければよかったんです」
「いやいや、あたしだけハブは違うじゃん」
「ならやる。こっちのモチベーションまで下がります」
「どの口が!?」
この前行列に並んだときは、そっちからテンション下がるようなこと言ってきたくせに。自分のことばっかり棚に上げやがって。
それとも覚えていないんだろうか。だとしたら申し訳ない。あたしは言い訳めいて続ける。
「やろうって気はあるんだよ? でもね? ほら。分かりやすいゴールっていうかさ。報酬っていうかさ」
「――目標というかさ。賞品っていうかさ」。要領を得ない説明に痺れを切らしたのか、直がつま先を打ち鳴らしながら聞いてくる。
「何が言いたいんです?」
「だからさ、テスト期間を乗り切れるような、ご褒美が欲しいなーって」
期待を込めて真白ちゃんの方をちらちら見る。
目があった彼女は、「ごほうび?」と舌っ足らずに繰り返した。ああ伝わってないっぽい。仕方なく、単刀直入に切り出すことにした。
「もし無事にテスト乗り切ったらさ、どっか遊び行こうよ。それこそスイーツショップでもいいし」
「そっか。そういえば行けてなかったもんね」
「それに、楽しみがあったほうが嫌なことも頑張れると思わない?」
「無事に乗り切れればいいですけどねえ」
「そのためのモチベ作りなんだから黙ってて。……で、どう?」
「ちょっと待ってね」
真白ちゃんは再度スマホを取り出して、バイトの日程だろうかカレンダーらしきものを確認する。少し考え込むそぶりを見せたあと、「うん」と小さく頷いて。
「分かった。そんなことでやる気が出るなら」
「やったあ!」
小さくガッツポーズする。しかし、淡々と続けられた言葉は、予想通りにして期待外れのものだった。
「テストが無事に終わったら、三人で遊びに行こう」
「そんなことだろうと思ったよ!」
愕然としてその場にくず折れた。周囲の人々の視線が、ますます変なものを見る目になっていくのを感じる。
スイーツショップに引き続き、またこのパターンだ。いや今回に限っては、状況的にそう捉えるのが自然だけれども。
下手人である真白ちゃんがすぐそばにしゃがみこんで、心配そうに聞いてくる。彼女に悪気は一切ないだけに、なんとも煮え切らない。
「ことりちゃん。アスファルト痛くない?」
「いたい……」
「ふふん、抜け駆けしようなんて百年早いんですよ」
「くそぉ……」
怨嗟を込めて直を見上げる。高笑いでも始めそうに口角を吊り上げる姿が屈辱を煽った。ムカつく。
「ふざけてると本当に座るとこなくなりますよー」
「分かったってば。ちょっと待って」
ずっと見下されたままでいるのも癪だったので、あたしは膝についた砂を払って立ち上がった。別に、抜け駆けしようなんて思ってない。
ほんの少し、直よりあたしを優先してほしいだけなのに。真白ちゃんの中でのあたしたちは、きっと同等の重さと大きさを持っている。
クラスメイトの名前が出ないぶん、他より多少は比重が大きいのだろうけど。同列じゃちょっと物足りないと思うのはわがままだろうか。なんだろうなあ。
それでいて、どちらにも傾いていないということ自体があたしたちの関係を支える基盤になっていることにも、薄々気付いていた。片方に傾きうるということは、もう片方にも傾きうるということだ。
仮に真白ちゃんがあたしを優先してくれたとして、それが毎回とは限らない。いつか自分が後回しされる側になる可能性もある。
それなら同列でもいいんじゃない? なんて。
どちらにも傾かないから真白ちゃんで、だからこそ安心する。一度特別になったあとで普通の関係に戻るくらいなら、このままの関係に甘んじていたいとも思う。
だけど、日々は待ってくれなくて。もういくつ寝ると中間テストがやってくる。そしてきっとあたしは赤点を取る。
補習の間に真白ちゃんが直のこと大好きになる――なんてのは、一ミリも想像できないけど。
天秤は釣り合ったまま、絶対傾かない。と、言い切れるほどじゃない。そう言い切れるほど、あたしはあたしの良いところを挙げられない。
言ってて凄くカッコ悪い自覚はある。だから、二人きりにするのは嫌だ。
(そのために――)
早足で前を歩く真白ちゃんと直を追い越す。高校受験の時ですら、こんなにモチベは高くなかった。
なにしてんの。早く行かないと席埋まっちゃうよ。振り返って、二人を急かした。




