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離れ難きは恋敵  作者: *非文症
とっておきの嫌がらせ
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21/31

可哀想な人にしないでね

 見慣れた住宅地の隙間を通り抜けて、毎度おなじみ駅前の大通りに出る。いやホントに、高校生が集まれる場所ってこの辺にしかないんだよ。


 勉強会をすることになったあたしたちは、駅に併設された図書館に向かっていた。


 図書館。不真面目な生徒には縁遠い場所だ。高校受験の時にも使ってない。訪れるのは確か、小学生のころ感想文の課題図書を借りに行ったとき以来だろうか。


 軽自動車が、車道側を歩くあたしのすぐ隣を猛然と通り過ぎて行く。田舎の車はやたらと飛ばしがちだ。地方民ならきっと理解してくれると思う。


 何をそんな急ぐことがあるのか。どうせ見るとこないのに。


 ただでさえ狭い歩道を三人で横並びに歩いているせいで、しばしばヒヤリとさせられる。並んだ三つの影は大中小、棒グラフにも似た階段状を作っていた。


「ていうか。いつ勉強会やろうなんて決めたの? あたしそんな話一言も聞いてなかったんだけど」

「私、ことりちゃんも誘われてるんだと思ってた」

「そこんとこどうなのさ、直ちゃん? 大親友のあたしを誘わないとかありえなくない?」


 あたしはわざとらしく、下から覗き込むようにして直に問いかける。


 「んー?」と答えを催促すると、彼女は眉を八の字に下げ、合わせた両手を顔の横に持っていった。そのままあざとく上体を傾けて、形ばかりの謝罪を口にする。


「連絡先知らなかったんだから許してくださいよお。こうしてちゃんと誘ったんだからいいじゃないですか」

「あれ、そういえばそうだっけ」

「ですです。むしろ教えてくれなくて悲しい……」

「あーはいはい。図書館着いたら教えてやるからウソ泣きやめろ」


 目元を覆う手の隙間から覗くまなじりは、湿ってすらいない。砂漠くらいカッサカサ。あたしは右手を虫を払うように振って直の三文芝居をあしらう。


「もう。そっちこそ抜け駆けじゃん。ね、あたしも真白ちゃんにメッセ送ってもいい?」

「いつでも大丈夫だよ? でも、たまに返事できないかも」

「えー? そんな優しいと寝落ち通話とかかけちゃうよ?」

「別にいいけど……。それ、何が面白いの?」

「マジ?」


 直が漏らした「えっ」という声と、あたしの困惑がハモる。いくら真白ちゃんが寛容と言っても流石に。なんでもアリすぎでしょ。


 冗談のつもりで言っただけに、受け入れられてしまうと逆に困る。慌てて冗談だよと訂正したけど、やはり真白ちゃんは「そっか」とドライに呟いただけだった。


 そういえば。あたしの連絡先は知らないくせに、直はどうやって真白ちゃんの連絡先を知り得たんだろう。ふと気になって聞いてみる。


「直、アンタいつの間に真白ちゃんと連絡先交換したの? そんな素振りなかったよね?」

「勝手ながら、クラスのグループチャットから辿って」

「げ。それちょっとキモくない?」


 あたしなら少し気後れしてしまう。直は平然と。


「クラスで喋ったことあるし良いですよね?」

「私は平気だよ」

「ほら」


 ほら、見たことか。そう言いたげに直がドヤ顔で胸を張る。そりゃ真白ちゃんならそう答えるに決まってるじゃん。ズルだズル。


「ちょっと失礼な自覚もあったので、ことりの方は止めておきました」

「言い訳の天才だねアンタは」


 本当はきっと、ただ要らなかっただけだ。よくもまあ次から次へと、適当なことばっか並べられると一周回って感心する。進路希望調査の紙に「第一志望:詐欺師」って付け足しといてやろう。


 内心次なる嫌がらせの計画を巡らせながら、真白ちゃんに話しかける。あたしたち二人に挟まれた真白ちゃんは、カバンに入れっぱのまま忘れていたサンドイッチみたいに潰れていた。I、みたいな形。


「真白ちゃんも、知らない人から電話かかってきても出ちゃダメだからね? 大丈夫? 街中で知らない人についてくのもダメだよ?」

「小学生だと思われてる……?」


 真白ちゃんが不思議そうに首をかしげる。それこそ、その動作が幼女じみていると言いたくなった。


 いや、あたしなんかよりずっと頭もいいし、しっかりしていることも知ってるんだけど。たまに常識外れだったり、ぼんやりしてたりするから心配になる。


 例えば、少し目を離した隙に泡になって消えていってしまいそうな。人魚みたいな危うさがアリエル。じゃなくてありうる。


 そんな心配が心外だったのか、真白ちゃんは「もう」と一拍おいてから主張する。


「流石の私も、簡単に個人情報教えたりしないよ」

「……ちなみに、真白ちゃんって体重いくつ?」

「最後に計ったときは確か――」

「ストップ!? 簡単に教えちゃダメだって! 一番重要な個人情報でしょ!?」

「体重じゃ個人は特定できないよ?」

「そりゃそうだけど! 女子高生にとって、って意味で!」


 危うく乙女の秘密を告白しかけた真白の口を慌てて塞ぐ。むぐむぐとくぐもった声で反論する彼女に、思わず溜息を吐いた。なんでもアリすぎ。もはや寛容とか、そういうレベルの話じゃない。


 真白ちゃんのお母さんお父さん。ちゃんと教育しておいてください。そう思いつつ。


「それにしても勉強会かあ。意外としたことないなあ」

「友達居なかったんですか?」

「アンタの十倍いたわ。……ああ、ゼロに何かけてもゼロかな?」

「数学はできないのに算数は得意なんですね」

「あ?」

「はい?」


 直の視線がぶつかって火花が散った。真白ちゃんはは「ほんとに仲良しだね」なんて言いながらほわほわしている。誰が勝てるん。


 そんな真白ちゃんに毒気を抜かれて、掴みかかろうと虎の型に構えていた手を緩める。そもそも喧嘩なんてできやしない。そういう『約束』だ。


「ちぇっ……。別に、周りにそういうタイプの子が居なかったってだけ。あたしも勉強頑張るぞーとか、そんなキャラじゃなかったし」

「私もこういうの初めて。友達いなかったから」

「ッスー……」


 歯と舌の間から、風船がしぼんでいくときみたいな音が出る。直、アンタ言い訳の天才でしょ。そっぽ向いてヘタクソな口笛吹いてないで何とかしてよ。


 過ごしやすい春の陽気のはずが、ここだけ氷点下が訪れた錯覚に陥る。地面に目を向けたのは霜が張っていないか心配になったからで、気まずいとかそう言うことじゃない。決して。


 あたしは直の制服を引っ張って少し離れた場所に連れ出し、脇腹を強めに小突く。


「アンタどうすんのこの空気……!? 責任もって何とかしてよ……!」

「こ、こういうときの賑やかしはそっち持ちでしょう……。不用意な発言だったのは認めますから……」


 ひそひそとお互いに作戦会議という名の押し付け合いを始める。ひとりぽつねんと残された真白ちゃんが電柱に止まる鳥の数を数えていた。


 そんなやり取りを何往復か続けたあと。ぎこちない笑顔のまま、あたしたちはそっと元の位置に戻って。


「真白ちゃん、もう大丈夫だからね……! 失われた青春はあたしたちで取り戻して見せるから……!」

「失ったつもりなかったんだけど……」


 あたしは真白ちゃんの腰に手を回して、嗚咽交じりに言う。真白ちゃんは納得いかなそうにしていた。


「強がらなくていいんですよ。私たちは味方ですから」

「可哀想な人にしないでね」


 直は真白ちゃんの肩を抱いて、優しい声色で言う。真白ちゃんはとても納得いかなそうにしていた。

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