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離れ難きは恋敵  作者: *非文症
とっておきの嫌がらせ
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20/28

将来ってわりに短期目標すぎない?

「で、結局五十鈴さんとはどうなったん」

「どうもなってないって。勘違いだって言ってんじゃん」

「――おい、話は静かに聞け」

「やば」


 担任の伊藤先生に言われて、あたしとみっちゃんは背筋を伸ばす。教室中の視線がこちらを向いていた。


 教師歴二年目の伊藤先生は、生徒に舐められないよう気を配っているらしい。

 手にした名簿を教卓に軽く打ち付ける。そうやって無理に威圧感を出そうとしているせいで、なおさら舐められているのを彼は知らない。


 とはいえ表立って反抗するほどの勇気もない。注意されたあたしたちは椅子に深く座り直して、お互い何事もなかったふうを装う。


 そっちが話しかけてきたから、いやいやそっちが。目配せで責任を擦り付け合っていると、伊藤先生が肺から絞り出すような溜息をついた。


「全く……。今週からテスト週間だからな。お喋りなんてせず、授業はちゃんと聞くように」


 伊藤先生は皮肉げに言って、唇の右端を吊り上げる。

 そんなにあてつけがましく言わなくたっていいじゃん。クラスに小さく起こった笑いに乗るフリをしながら、心の中で舌を突き出した。んべ。


「みんなから何かあるか? ……よし、じゃあ以上。号令」

「起立」


 浮ついた雰囲気がひとしきり収まるのを待ってから、朝のホームルームの終了が告げられる。


 号令をかけるのは委員長である直の役割だった。コマンドを与えられたRPGのキャラみたいに、みんな一斉に立ち上がる。


 一礼を終えて。

 伊藤先生が教室から完全に居なくなったのを確認したうえで、あたしは勢いよく机に顔を伏せる。お喋りを吊るし上げられたこととは別の憂鬱さが、あたしを上から押しつぶしていた。


「ついに始まったかー……」

「んな大袈裟な」

「大袈裟じゃないし。てか、なんでみっちゃんはそんな余裕なの」

「ウチはそもそも諦めてるからね」

「流石に諦め早くない?」

「将来設計は早いほうがいいっしょ?」

「将来ってわりには短期目標すぎない?」


 世迷言を抜かすギャルに半目を向ける。その不敵な笑みはどこから湧いてきた? あれか。みっちゃんが使ってるカレンダーには、明日、明後日までしか書かれてないのだろうか。


 あたしはみっちゃんほど気楽になれない。頬杖をついて、放っておいたら地面に沈みかねない頭を支える。


 矢羽高校に入学して早一か月。ついに中間テストの時期がやってきた。学生の本分だから避けては通れないとはいえ、しんどいものはしんどい。


 授業中コソコソ話してるみたいな瞬間がずっと続けばいいのに。時間の波はあたしたちを無慈悲に明日へ押し出していく。だから時間が押すって言うのだろうか。


 気が逸ったのか、目的もなく教科書を捲っている生徒もいるにはいる。しかし、まだ実感の湧いていない生徒がほとんどだった。


 その代表格とも言えるみっちゃんが、軽い調子で言う。


「でもさ。同じ高校にいるわけだし、初回くらい意外となんとかならん?」

「あたし、ちょっと無理して矢羽高来たからさー。だいぶ怪しい」

「あーね。ウチもそのタイプだわ。親が県立じゃないとダメーって」

「あたしもそんな感じ。制服がかわいいからいっかって思うことにしてる」


 あたしは胸元のリボンを指ではじきながら苦笑する。受験で人生決まるぞーなんて先生には脅されたけど、中学生のうちから大層な目標とか持てるはずない。


 あたし含め、ここにいる九割は親とか周囲に流されて進路を決めた……はず。正しいとか将来とか、あんまり考えずに。

 これで実は、あたしだけのうのうと生きてましたーとかだったらショックすぎるけど。


 それとなく、なんとなく。そんなふうにここへ来た。その代償が成績って形で回ってきたのかもしれない。


「赤点っていくつだっけ。補習とかあるんでしょ? やだなー」

「受ける前提の発言なの悲し」

「他人事じゃないからね?」


 べちゃりとでも擬音がつきそうなほど机に突っ伏していると、みっちゃんに笑われてしまう。

 なんでそんな余裕なんだよお。あたしと同じか、むしろちょっと低いくらいのくせに。


「でしたら、勉強会でもしてみます?」

「うわあ!?」


 突然耳元で響いた声と、肩に伝わるひんやりとした感触に上体が跳ね上がる。誰かの肌色が視界の端に映った。


「な、直? びっくりしたなあもう。急に触んないでよキショいから」

「えー? いいじゃないですか友達なんだし」

「ぐっ……」


 振り返ると、微笑む直の顔がすぐ近くにあった。しなだれかかるような格好に思わず腕を払いのけたくなるが、寸前で思いとどまる。


 一応真白ちゃんの方をちらりと確認する。

 彼女はこちらのことなど一切気にした様子もなく次の授業の準備を進めていた。嫉妬とか、そういうのとはまるで無縁そうだった。それはそれで悲しい。


 真白ちゃんの前だけでならともかく、クラスメイトの前でさえ気を抜けないなんて。喧嘩したら絶交の約束がこんなにめんどくさいとはなあ。本当なら近づくのも微妙に嫌なのに。


 それを逆手にとって、むしろ積極的に絡みに行くことで判定勝ちを狙う作戦だったのだが。向こうからとなるといかんせん受け付けない。

 ありていに言ってしまえば、生理的に無理。


「勉強会かあ。ウチはいいかなー」


 みっちゃんがへらりと笑って、顔の前で右手を振る。ナイスみっちゃん。あたしもそれに便乗することにした。


「あ、あたしもいいや。そういうキャラじゃないし」


 勉強ってだけでも嫌なのに、コイツと一緒とかなおさら嫌だ。というのが本音。


 この誘いもきっと嫌がらせが目的だろう。別に友達相手だって、誘いを断ることくらいあるし。粘ってきたらそう言い訳してごまかそうと思っていた。


「そうですか? それは残念です」

「え? ああうん、いやーごめんね。せっかく誘ってくれたのに」


 直はあたしの肩に置いていた手を離して、あっさり引き下がる。もっと陰湿かと思っていた分拍子抜けだった。

 ぽかんとしていると、みっちゃんが顔を寄せ、小声で話しかけてくる。


「いいの? 五十鈴さんと距離を詰めるチャンスなのに」

「だからあ……! 勘違いだって言ってんじゃん。ただの友達だってば」


 マジでそのノリは何。どうにもみっちゃんは、あたしが直に想いを寄せていると勘違いしているらしかった。鳥肌が止まらない。

 ことりはだ。小学校のころアホほど弄られた。


 全然そんなことなくて、実はめっちゃ仲悪くて、お互い嫌いなんです。

 ……と、否定できるならそれが良かったけど。 友達のフリをしないといけない都合、それもできないのがもどかしい。


 やっぱどさくさに紛れて亡き者にするのが一番早いかな。割と本気でそんなことを考えていると、肩をすくめた直が脱力して言った。


「じゃあ勉強会は、私と真白だけですることにしましょう」

「は?」

「もしことりが補習になったら……当面、私たちとは遊べなくなっちゃいますね」

「はぁ!?」


 椅子を蹴とばす勢いで立ち上がって、直に詰め寄る。


「ちょま、真白ちゃんが来るとは聞いてないんだけど!?」

「まあ言ってませんし」

「てかオッケー貰ったの?」

「昨日メッセージ送ったら『別にいいよ』って」

「うわ言いそう……」


 その淡白さがそれっぽい。短文で送られてくるメッセージが、ありありと想像できてしまった。

 誘いを断らないタイプだと分かってはいたけど、あまりにフッ軽すぎるやしないか。って、あれ?


「てか真白ちゃんバイトは? 大丈夫なの?」

「流石にテスト期間は休むんじゃないですか? 直接聞いてくださいよ」


 そこまでは聞き及んでいないらしい。直が当の本人を視線で示す。それもそうだ。


 その視線を追って、真白ちゃんの席を見やる。自分の名前を呼ぶ声が聞こえたのか、こちらに振り返る彼女と目が合った。


 不思議そうに小首をかしげ、右手を小さく振ってくれた。かわいい。じゃなくて。


「ならあたしも行く! 二人きりとかズルい!」

「無理して参加しなくてもいいんですよ?」

「無理なんかしてないよ。あたし勉強だーいすきだもん」

「そのうち手首千切れそうですね」


 直が呆れたふうに口元を引きつらせる。都合よくて何が悪い。「とにかく!」。あたしはもう一歩距離を詰めて。


「あたしも参加するから、勉強会! やるときは声かけないとダメだからね!」

「はいはい。分かりましたよ」


 なにせ友達ですから。わざとらしく呟いた直は、軽薄な笑みを張り付けたまま自分の席に帰っていった。時計を見れば、次の授業開始まで一分もない。ヤバ。


 慌てて教科書を取り出しながら、去っていく直の背中を鋭く睨みつける。自分の中で、対抗心の炎が燃え上がるのを感じていた。


(真白ちゃんと二人きりになんて、差せてたまるか!)

「なになに。ましろんに取られそうになってジェラってんの?」

「ない! ありえない!」


 その炎が嫉妬によるものだと勘違いしたみっちゃんに、またしてもイジられる。だからあ。


 あたしはともかく、お前らが盲目になってどうすんだよって。

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