好きだったんだなって
あたしの頼んだイチゴパフェは、山の頂点が多少突き崩されたくらいでほとんど完璧な形を保っていた。……あくまで、片側だけの見ればの話。
削れた部分を埋めて、百八十度回転させたらそのまま新品として提供できそうなくらいだ。
そううまくはいかないだろうけど。見かけが同じなのに値段がつかないとしたら、何が失われたのか気になる。
少しだけもったいなく思い、側面に張り付いていたイチゴを一切れつまんで口内に放り込んだ。我ながら未練がましい。
それと入れ替わる格好で、直の注文したカレーが手元に届く。香辛料の匂いが、喉のいがらっぽい感じを幾分かマシにしてくれた。
カトラリーの中から、スプーンを取り換えて。一口掬って口に運ぶと、複雑な香りが鼻に抜ける。
確かに口内がヒリつく感じはしたが、言っていたほどではなかった。とげとげしい刺激が重く鈍っていた舌を復活させる。
「あ、おいしい」
「マジですか? 相当辛くないです?」
「いや? 全然だと思うけど」
「辛いのは平気なんですね」
「こっち見なくていいから。自分の方片付けて」
「元はといえば……」
ぶすくれた口調と裏腹に、直は幸せそうな表情でパフェを頬張っている。あまり他人とシェアとかしなそうなタイプだと勝手に思っていたので、少し意外だった。
教室の中では見せない、緩んだ口元。作り物めいた、いけ好かない優等生スマイルよりかはこちらの方がずっと好ましく思える。
ずっとそのままいれば、友達も増えそうなものだけど。面倒がっているだけなのか、彼女なりの自意識なのか。どちらにせよ、聞くつもりにはならなかった。
完璧なものは、完璧であるというだけで価値があるのかもしれない。それが作り物であれ……というか、作り物だからこそ。それを手掛けた人間の、なんだ。信念? みたいなものが伝わる気がする。
直の見せる作り笑いは完璧で、裏側にある欠落を完全に覆い隠している。気に食わないけれど、そうあろうと努力していることそれ自体を否定するのは違うんじゃないかなあ、と。
だってのに、なぜ完璧な笑顔よりも、自然な笑顔の方が好ましく思えるんだろう。
彼女の化けの皮を剥がすには、その何割を突き崩せばいいんだろう。
直が好かれようが嫌われようが、私にはどうでもいいけどさ。それでも、なんか損してんなーと思わずにはいられなかった。
「あの。ジロジロ見られると食べにくいんですが」
「え? あー。ごめん」
「こっち見なくていいからー。自分のほう片付けてー」
「うざ」
真似すんなしばくぞ。口を開けばすぐこれだ。やっぱ化けの皮被ってた方がまだ見れる。
いつの間にか視線が吸い寄せられていた。言われてハッとして、途端に羞恥心が芽生えた。あたしは自分を戒めるように、スプーンを手早く動かして意識を逸らす。
(さっさと食べ終えて、真白ちゃん用のお土産を見繕って帰ろう)
明日渡すなら、果物よりは焼き菓子とかの方がいいだろうか。日持ちしなそうだし……そこまで考えて、機械的に動かしていた手がふと止まる。
「――そういえば、真白ちゃんってどんなお菓子が好きなんだろう」
「確かに、あんまり自分のこと喋らないですしね。楽しみだとは言ってましたけど、いつも通りの棒読みでどう思ってるのか」
「え? ん、ああ、そうだね」
口に出すつもりじゃなかったのに、声になってしまっていたらしい。直が反応して初めてそれに気付いて、思わず背筋が伸びる。
もともと、真白ちゃんは多くを語るタイプではない。自分のことに関しては特に。
むしろというか、だからこそ「絶交」なんて言い出したときにはびっくりした。自分から意見を言うことも少ないのに、いきなり突飛なことを言うものだから。
そうだとして、仮にも真白ちゃんに恋していると言うのなら。その人の好きなもの、こと、味、どれかひとつくらい知っているのが普通なんじゃないか。そう思って。
ふと、正面に座る直を見る。
彼女はいつの間にかパフェを食べ終え、満足げに口元を拭っている。こちらの視線に気付いたのか、柔らかかった顔つきが一転して曇った。
「……なんですか?」
「いや。アンタ、甘いもの好きだったんだなって」
「否定はしませんよ。……ちょっと恥ずかしいので言ってませんでしたが」
ふい、と視線をそらす。唯我独尊な直にも、人から見られて恥ずかしいと思う感情があるんだ。ははあ、確かに完璧よりかは、多少欠点あったほうが愛嬌ある。
直は甘いものが好きで、列に並ぶのは嫌い。
ついでに、あたしのことも。好きなもの、嫌いなもの。直について知っていることを脳内で指折り思い出す。今日一日で、直のいろんな姿を見た。
なら、真白ちゃんのことは? 何が好きで、何が嫌いなのか。何を考えていて、あたしたちをどう思っているのか。
(知らない。なんにも)
いつだって気にしているはずなのに、まだまだ知らないことばかり。「目で追いかける」のと「見る」のは、似ているようで全然意味が違っていて。
うぉっち、しー、るっく? なんかそんな感じ。英語わからん。英語で日本語のニュアンスを表現するのも、なんだかおかしな話だ。
で、何が言いたいんだっけ。……ああそう、つまるところあたしは――好きな人のことよりよっぽど、嫌いな相手のことを深く考えていた。そういうことになる。
うえ、と舌を突き出す。気色悪。
だいぶすっきりしたはずの食道に、またしても異物感を覚えた。言葉にできないモヤモヤが、喉の奥で渋滞しているんだと思う。
人間嫌なことの方が、記憶に残りやすいらしい。悪い子の方が、先生の注目を惹きやすいらしい。あたしが職員室に呼び出されたみたいに。
だとすればこれも、きっと敵対心ゆえだ。そう自分に言い聞かせてみる。すっきりした答えにはならなかった。
なんで好きな人のことより嫌いな人のことを良く知っているんだろう。
クリームみたいに曖昧な疑問は、人肌に溶けていった。




