うぇいピース
目移りして、色々悩んで。結局。
「あたしこの『山盛りイチゴの春色パフェ』でお願いします!」
「はい、少々お待ちください~」
間延びした返事と対照的に、伝票にメモを取る手は素早い。
遠ざかる店員さんの背中を見つめながら、直は頬杖をついて。
「決まってるなら、最初からそうすれば良かったのに」
「見たら色々食べたくなっちゃうの。即決でランチメニュー行く奴よりはよっぽど健全でしょ」
結局、当初の予定通り期間限定メニューを注文した。やっぱり、限定という響きには抗いようのない引力がある。ほら、レアアイテムみたいな。
まだかな。いや、そんな牛丼チェーンみたいな速度で出てきてもびっくりなんだけどさ。
手持無沙汰に周囲を見て、「あああれも美味しそうだな」なんて考えながら足を揺らしてみる。直の視線が下がった気がした。
「そうしてると、まるっきり子供みたいですね」
「うるさい。こっち見んな」
頬杖をついたままの直に言われて、途端に恥ずかしくなった。両足を閉じて膝の上に握りこぶしを置く。地面に杭を打つみたいに、膝を軽く叩いて。
「初めて言われた」
「そうですか? たまにやってますよ」
「なんでそんな細かいとこ見てんの? キモいんだけど」
「うっとおしくて目についちゃうんです」
意地の悪い笑みを浮かべた直とにらみ合いになる。指摘されるまで、自分の癖に気付かなかった。
そうなのか? いや、分からん。
なくて七癖とは言うけれど、自分も知らない自分を他人に知られているのは、どうにも居心地が悪い。どうせなら変なとこじゃなくいいとこを見つけて欲しい。
「アンタも興味ない人と話すとき片足重心になってるよ。あれ感じ悪いからやめな」
「……そっちも十分キモい自覚あります?」
「はあ!? あたしのは忠告で、アンタのは難癖でしょ!?」
やり返すつもりで反論したら、なぜかドン引きされた。仕掛けてきたのは向こうなのに、とことん口の減らないヤツ。
……まあ、確かに。我ながらちょっとキモいなとは思った。
なんでコイツの癖なんて知ってるんだろう。自分の癖も知らなかったのに。考えるほど深みにハマってしまいそうだったので、追及するのはやめておいた。
ほどなくして、注文した商品がテーブルに届けられる。トレイの上にあるそれが思ったよりも大きくて、倒れないか心配になった。
まず目に入って来たのは、鮮烈なまでの赤。
半分に切られたイチゴが放射状に、パフェ容器の縁からはみ出るほどこれでもかと盛りつけられていた。上から見ると、バラの花にも似ている。
中心に鎮座するピンク色のアイスクリームの頂上には、とどめとばかりにイチゴまるまる一粒があしらわれていた。
「うわーっ、可愛い!」
思わず、歓声を上げる。それこそ子供じみて見られたかもしれないけれど、そんなことも気にしていられないくらいテンションが上がっていた。
あたしはすかさずスマホを取り出し、あらゆる角度からパフェを写真に収める。
英単語の一つすら覚えられないのに、思い出だけ都合よく覚えてられるはずもない。だから記録に残しておく。
「もう。恥ずかしいからはしゃがないでくださいよ」
「はしゃがずにいられないって! ほら見て!? 挟まってるクリームまでピンク!」
「うぇいピース」
「もういいわお前」
「あれ。ガチ呆れは効くんですけど」
知らん。アルバムの中から、フレミング型の左手が写り込んでいる写真を削除する。子供はどっちだよと言ってやりたい。
ちなみに、直のカレーも同じタイミングで届いた。
いくつもの具材が溶けだしたルウは、パフェとは対称的な濃い茶色をしており、香ばしい香りを店中に充満させている。隣のテーブル席に座っていたお客の胃袋が鳴った。
ちゃんとこだわりが詰まっていること自体は認めざるを得ないらしい。運んできた店員は「これ頼むのマジか」みたいな顔をしていたが。
「はー……。満足満足! じゃあ食べよ!」
「うわこれ結構辛口ですね……。あ、終わりました?」
「もう食べてるし! てか匂いヤバ! おおよそスイーツショップとは思えない香辛料の暴力!」
「香辛料を使うスイーツって割とありません?」
「確かに。もしかしてその余りを使ってんのかな……?」
真実は闇の中。
気にはなるが、わざわざ『こだわり』とつけるくらいだからレシピを教えてもらえたりはしなさそう。
「そんなことよりこっちこっち。いただきまーす」
両手を合わせた後で、完成された山からひとさじ掬い取る。
崩してしまうのはもったいなかったけれど、食べないのはもっともったいない。なんとなく、砂山崩しを思い出した。
ピンク色のクリームを口に運ぶと、歯に染み込むみたいな甘さが広がった。過剰な糖分が脳をじりじりと痺れさせる。
そのあとから、果実の爽やかさが追いかけてくる。イチゴの果肉が練り込まれているらしく、見た目よりは軽やかな風味だった。
重量さえ感じるくらいの甘さを酸味で解消して、一回、二回とスプーンを突き立てていく。あまい、酸っぱい、甘い、あまい、甘い……。
スプーンがパフェと口元を何往復かしたところで、手が止まった。量は多いが、胃の中にはまだ少し空白がある。
それ以上に問題だったのは、その暴力的なまでの甘さだった。
(ちょ、ちょっと気持ち悪くなってきたかも……)
想像以上の生クリームに胸焼けがしてくる。乳脂肪分と砂糖がイチゴの清涼感を上回っていた。
粘質なそれらが異物として喉に張り付いて、いがらっぽさを感じた。
どうしよう。当然、残すわけにもいかないし。
一緒に居るのが友達だったら気軽にシェアしたりもできたけど、直相手には言い出しにくい。自分で頼んだくせにって、またなんか言われそうな気がする。
もともとある程度シェアするつもりでいたので、真白ちゃんのドタキャンも想定外と言えば想定外だった。しかし頼んだのは自分自身。言い訳にもならない。
しゃーなし。一気に頬張ってしまえば何とでもなるだろう。ほら、喉元過ぎれば何とかってやつ。や、胃もたれだから喉過ぎても意味ないのか。
と。覚悟を決めてスプーンを握り直したタイミングで、呆れたふうな直の声が聞こえた。
「別に無理して食べなくても。美味しくないなら残したらどうです?」
「いや美味しいよ。量が多いから、ちょっと休憩してただけ」
言い返して、直の言葉に違和感を覚える。
味に関してなんか言ったっけ。何も文句は言っていないはず。
しんどさが少し顔に出てしまっていたとしても、最初に心配するのはそっちじゃなくて量の方なんじゃないか、と気になった。
あたしと同じくらい不思議そうな顔をした直が、「ん?」とこぼして。
「だってことり、甘いものそんな好きじゃないでしょう?」
「ぅえ?」
「あれ、違いました?」
あたしが困惑したのは、その指摘が間違っていたからではない。むしろ、その逆で。
誰にも言っていないささやかな隠し事を、直が正確に言い当ててきたからだった。




