がっつりいこう
当然のことながら、スイーツショップの店内は甘い香りで充満していた。外に漏れ出していたそれの比じゃない空気が体を包む。
待つこときっかり三十分。ようやくあたしたちの順番がやってきた。直は結局喋ってくんないし、実際の時間以上に待たされた気がする。
入ってすぐのところにあるショーケースには、多種多様なケーキやシュークリームが並べられていた。隣の棚には、手作りらしい瓶詰めのジャム。カラフルなそれらが、差し込む光を受けて宝石のようにきらびやかに輝いている。
売り場の奥にはもう一部屋、イートイン専用のスペースがある。レジ横の小さな入り口から、楽しげに甘味を頬張る女性客の姿が垣間見えた。
店員さんがショーケースに占領されて狭い通路を窮屈そうに動き回る。それでも、表情は明るかった。
「お待たせいたしました! カフェのご利用ですかー?」
「はーい。二人です!」
自分たちは人に夢を与えています――みたいな、自信に満ちた笑みを張り付た女性店員が声を張る。あたしは、それに指を二本立てて答えた。
「では、奥のお席へどうぞ! 後ほどお冷をお持ちしますね!」
「お願いしまーす」
振り返って、手招きする。直は興味深そうに辺りを見回していたが、後ろが詰まっていることに気付いて一歩近づいてきた。
さしもの彼女とて、ここでは借りてきた猫のように静かになる。もとから猫被りか。なんて。
「なに? なんか気になるものでもあった?」
「ああいえ。こんな感じなんだなあ、と」
「あとで真白ちゃんにお土産買ってこっか。それより早く座ろ。立ちっぱで疲れた」
「それもそうですね」
あたしはつま先を軸に足首を回して、溜まった血液を巡らせる。返ってくる感触は鈍く、体育の授業終わりとは違った疲労を感じていた。
店員さんにうながされるまま奥の部屋に足を踏み入れる。売り場よりも天井が高く、面積の割に広々とした印象を受けた。天井から吊り下がるランプが、木目調で統一された空間を薄ぼんやりと照らしている。
「お好きな席に」ということだったので、まばらに設置されたテーブル席の一つに腰掛ける。本当は窓際がよかったけどもう埋まっていた。直もあたしに続いて、正面に座る。
先に入店していたみっちゃんさっちゃんがこちらに気付いて手を振ってきたので、それに手を振り返して。店員さんが冷水とともに持ってきたメニュー表を手に取る。
「さーて。どうしよっかな」
「期間限定メニューじゃないんですか?」
「他も見たいじゃん。ほれ」
メニュー表を上下ひっくり返してテーブルの上に広げる。直は身を乗り出してそれを覗き込み、「へえ」と感心の声を上げた。
「意外としっかりしてますね。こういう店って、もっと見栄え重視なのかと」
「ひねくれすぎ。そんなこと考えてんの?」
メニュー表には、季節の果物を使ったタルトに始まり、ケーキ、パフェ、スコーン――やたらクリームの乗った冒涜的なカフェオレ。コーヒー好きが見たら卒倒するかもこれ。
果てはオムライスとか、そういう系のランチメニューまである。質、品数ともに下手なファミレスを上回っていた。
どこを目指してるんだと思わなくもないレパートリーのせいで、こっちとしても目移りする。期間限定のメニューを頼むと決めていたものの、実際メニューを前にするとどれも美味しそうに見えてしまう。
しかし、胃袋の容量的にも体重的にも、せいぜい二品が限度。この選択問題はなかなかの難問だ。人生の選択もとりあえずウで何とかならないものか。
「うむむ……」
「まだですか?」
「うるさいなあ。急かさないでよ」
逡巡が唇に出て、上下左右に行ったり来たりする。唸るあたしに、早々に意思を固めた直が写真のひとつを指差して言った。
「私これにします。『シェフのこだわりカレー』」
「いやスイーツ頼めよ!? なにがっつりいこうとしてんの!?」
「だってお腹空いたんだもん」
「もんってアンタ。……ってか、店も店だよ。他にもっとこだわるとこあるでしょ……」
カレーって。わざわざこだわりってついているせいで、他が手抜きみたいに見えてしまう。それでいいのかスイーツ専門店。
向けられる胡乱な視線など意にも介さず、直は提供された水に口をつけていた。からり、と。溶けだした氷が軽快な音を立てる。
「はあ……。こういうのっていくつか頼んでシェアするのがセオリーなのに。カレーとスイーツって。食べ合わせ微妙過ぎない?」
「あげないので心配しなくていいですよ」
「あーそうですか! アンタはもうちょっと空気読む努力しなね?」
あたしは投げやりに吐き捨てて、メニュー表を自分の側に引き寄せる。気を遣ったのがバカらしくなる。両肘をテーブルに付いた直が、意地の悪い笑みを浮かべて。
「それとも、昨日みたいに……。あ、あーんしてくれてもいいですよ?」
「自分で言って自爆すんなし……。……や、やめてよ、その感じ!」
直の言葉は途中で尻すぼみになり、最後は消え入るような声になる。見れば、耳の先端が赤くなっていた。煽りが先行したせいで、反動ダメージを考慮していなかったらしい。アホか。
こっちも妙に恥ずかしくなって、顔を背ける。間を埋めるために口に含んだ水がことさらに冷たく感じた。
「忘れよ。お互いのために」
「ん、んんっ。そうですね」
あのときは、売り言葉に買い言葉で喧嘩が行き過ぎてしまっただけだ。短いやり取りで共通認識を形成して、あたしはメニューに視線を落とした。




