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離れ難きは恋敵  作者: *非文症
とっておきの嫌がらせ
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13/30

インナーマッスル、的な。

 『最後尾』と書かれたプラカードを掲げるスタッフの隣に立つ。途中で店先にメニュー表があることに気付いたが、ここからだと見えない。その距離が、店の繁盛ぶりと、待たされる時間の長さを暗示している。


 あたしは深い、深い溜息を吐く。


 結局誤解は解けずじまいで、盛大に勘違いされたまま。これが真白ちゃんの耳に入ったら、浮気を疑われてしまう――そんな見当外れな心配をしていた。


「ことり。ちょっといいですか?」

「……なに。あたし今アンタと限りなく離れたい気分なんだけど」

「それはいいですけど、順番が来ても呼びませんよ?」

「気持ちの問題だっての。ちゃんと並ぶわ」


 あたしが失意に沈んでいることなんてお構いなしに軽口が飛んでくる。直はこちらに小さく手招きすると、その手を口元に持って行った。多分、内緒話に誘う仕草。


 また新しいイタズラかと、眉をひそめて。嫌な予感を覚えつつも顔を寄せると、直は身をかがめ耳打ちしてくる。かかる吐息がこそばゆかった。


「……あの人たち、誰でしたっけ」

「……はぁ!? アンタそれマジで言ってんの!?」

「失礼ですね。クラスメイトってことは知ってますよ」

「失礼なのはお前! どんな神経してたら名前知らないクラスメイトと談笑できるわけ……?」


 なにこのバケモン。もう入学から一か月は経っているというのに、クラスメイトの名前すら覚えてないとか。流石に信じられない。あたしより人と喋る機会多いでしょ。委員長。


 いや確かに、さっきの会話のなかで二人の名前を呼んでいた記憶がない。それで会話になるんだから、逆に話上手なのだろうか。肩から急速に力が抜けていくのを感じる。


「名前くらい覚えときなよ……」

「いやー。人の名前覚えるのだけはどうしても苦手で」

「あたしと真白ちゃんは覚えてるじゃん」

「……そういえば、あなたの名字って」

「嘘でしょ!?」

「十瀬さん」

「一桁少ない! つまんないボケいらないから!」


 苛立ち紛れに顔をそむけて、相手から見えないようにこめかみを押さえる。生意気だ。百瀬と五十鈴なら、数値上はこっちの方が多いんだから、あたしの方が偉いと思うんだけどな。倍。


 数字で強さが決まる世界線だったらなあ。でも百ってだいぶ渋いか。かませキャラくらいの気がする。


 スタッフ曰く、入店までおよそ三十分待ちとのことだった。直は一瞬だけ顔をしかめていたけど、あたしはそんなもんか、と思った。


 ただ、その間列から離れられないのはちょっと退屈で。……お喋り、ねえ。

 直と他愛もない話で談笑することはできるんだろうか。日頃からあんだけ煽っといて。


 うーん。あんまりイメージが湧かない。どんなふうに声をかけるか少し悩んで、結局からかい交じりの言葉しか浮かばなかった。


「あたしらの前とキャラ違い過ぎでしょ。何、アレ?」

「別に、相手次第で態度を変えるのなんて普通のことじゃないですか?」

「にしたってでしょ。誰かと思った」

「愛想なんて撒き得ですから」

「切り落としでもいいから、こっちに向けようとはならないわけ?」

「なりませんね。ことりに気を遣ったって意味ないですし」


 どうやらあたしのぶんは売り切れらしい。愛の品薄が続いているなあ。


 まあ。普通と言われれば、それもそうだ。ギャルズといるときのテンションをずっと続けていたら、あたしも疲れるし。楽しいは楽しいけどね。


 真白ちゃんには優しくしたいし、ギャルズの前では、煽ったりとか怒鳴ったりとかあんましない。逆に、直にいくら愛想を振りまいたって無駄だから適当にあしらう。思いつくだけでこれなんだから、無意識下ではもっとだろう。


 その人次第で、してほしいことは違うから。役割、みたいなものがあるんだと思う。見かけ上うまくやっていくための、求められるふるまいみたいなものが。


 面倒に思うときもあるけれど。そう考える自分に気付いたとき、自分のことが、無性に冷たい人間に感じられてしまう。だから、あたしはそういう努力を続けている。


 関係性なんていう目に見えないものを繋ぎとめるには、目に見えない筋肉を使わなくちゃいけなくて。


 自覚しにくい、インナーマッスル、的な? どこにあるのかも分からないけれど、それは確かに、筋肉痛っぽい鈍痛を残すことがあった。


 その点直は器用なのかもな、と。クラス委員のくせに、クラスメイトの名前を知らなくて。なのにどんなキャラが欲しいかには的確に答える。


 隣を見ると、直は早くも呆れた様子でスマホを触り出している。特段、話題もなかった。前の人が進んで、空いた空間を埋める。無言のままそれを何度か繰り返す。


 並んでいる人は、やっぱり女の人が多い。男の人もいるにはいるけれど、ほとんどはカップルで、それ以外の数人は肩身狭そうに首をすくめていた。男子高校生は一人もいなかった。思春期。


 列の前後から高い声が聞こえる。同性同士で来て、ずっと押し黙ったままなのはあたしたちくらいのものだった。


 隣が真白ちゃんだったらなあ。真白ちゃんも大概リアクション薄い族だけど、横顔を見てるだけで時間は潰せたはず。


「そーいやさぁ。さっきのなに? なんで急に窒息させようとしてきたの?」

「……別に、窒息させようとはしてません」


 静寂に耐え切れなくなったので、思い出したふうを装って問いかける。直は気だるげにこちらを一瞥したあと、スマホに視線を戻しながら答えた。


「暗殺するならもっと人のいないとこにすべきだと思うけど」

「なんで殺し屋側の目線で考えてるんですか? 別に、そのつもりがあったらもっと確実な方法を取ってますよ」

「やる気じゃん。ジャンル変わるからやめてね?」


 自分の肩を抱いて一歩後ずさる。できれば日々は日常モノがいい。サスペンスは別のところでやってくれ。


 直はこれ見よがしに溜息を吐く。まるで、あたしの理解力のなさ憂いているように見えた。スマホを伏せて、こちらを見下ろす。


「友達じゃない、なんて言って、真白に伝わったらどうするんです? 私まで巻き添えを食うかもしれないんですよ?」

「あ」

「もう。気をつけてください」


 直は短く言い切って、話しかけるなオーラを全開にしながらまたスマホを触り出した。そういえば。真白ちゃんのいないところでも仲良くしておいた方がいいと、教室で理解したばかりなのに。


 もっと言えば、みっちゃんさっちゃんはクラスでも明るい子に属する。そんな人種に知られれば、きっと明日には誰もが知るところになっているだろう。


 人の口に戸は立てられないというが、女子高生はなおさら。それどころか、拡声器を標準搭載してるようなものだ。真白ちゃんのいないところでだって気は抜けない。もう一度、そう思い直して。


 え、これってずっと続けなきゃいけないの?


 もしかして、大変な約束をしてしまったのでは。期間限定かと思っていた。だいぶ今更な気付きとともに、あたしは引き攣る頬を撫でた。

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