袴の淑女たち、1850年の巴里に出現し、クンツァイトとモルガナイトを売りさばく
サクラ大戦から着想を得て袴姿で1850年の巴里に転移したJKトリオ。前回の敗北を挽回できるのか?
桜「ともかく拠点になるホテルを探しましょ。」
翼「待ってね、調べるから ………… オテル・ムーリスがチュイルリー公園の向かいにある。オペラ座にも近い。宝石商の集まるヴァンドーム広場にも近い。」
紬「おっし、ドレス代の心配がなくなった今、そこが最適解だ。行こう!」
紬「Bonjour! Nous recherchons une chambre, de préférence une suite. En avez-vous une ?(私たち、お部屋を探してますの、できればスイートを。ありますか?)」
スタッフ「ビヤンシュール、メドモワゼル!“最上階のスイートが1泊50フランです。」
紬「“では連泊になると思うので前金で200フラン渡しておきますわ。”」
桜「やったー、最上階のスイート!」
翼「チュイルリー公園が一望できる!」
紬「ではメドモワゼル、袴姿が息苦しいけど、このまま宝石商へ出陣ですぞ。」
翼「交渉できる、紬?」
紬「無理。紙に書いていこう。」
桜「一度に全部ドーンって出すと怪しすぎるから、まずこの時代ではまだ未発見のクンツァイトとモルガナイトのルースを売りさばこう。売りやすいように小ぶりのものを用意してある。」
翼「1850年はまだ江戸時代だね。ということは鎖国。みんな誰も知らない東洋の島国。」
桜「逆に有利かも。話を盛れる。3000年続く王国です、とか。」
翼「王国、良いね。伝統と格式を感じさせる。その王国は金の宮殿や寺院が建ち並ぶ...あれ?マルコ・ポーロは何て言ったっけ?」
紬「黄金の国ジパングだよ。」
翼「それだ!宝石商なら耳にしたことぐらいありそう。」
桜「では説明書き。“私たちは3000年続く王国のジャポンから来ました。この2種類の宝石はクンツァイトとモルガナイトといって、最近我が国の鉱山で発見されたものです。大変貴重なものですが、ヨーロッパでも需要があるかと思いお持ちしました。各ルース、クンツァイトは1000フラン、モルガナイトは2000フランです。どうぞご鑑定ください。それぞれ10個あります。”」
翼「パーフェクト!全部売れれば3万フランになる。」
紬「その説明書きに、私たちのサインを漢字で書こう。」
桜「おお、東洋の神秘が輝く。一条桜、本名で巴里デビュー。」
翼「うちら、姫に見えるかな?」
紬「見える、見える、姫以外ありえないっしょ。」
紬「Bonjour! J'ai apporté quelques pierres précieuses non serties. Pouvez-vous les estimer ?(セットされていない裸石を持って参りましたの。鑑定していただけますか?)」
店員「ウィ、メドモワゼル、ビヤンシュール!」
紬「Voici l'explication. Lisez ceci, s'il vous plaît!(説明書きです。お読みください。)」
店員は説明書きに目を通すと、驚いた様子で3人の顔を交互に見た。そしておもむろに鑑定を始めた。
店員「“素晴らしい...みたことがない色合い...角度によってライラックピンクの色が微妙に変化する。こちらのモルガナイト...これはベリル系か....エメラルドやアクアマリンの系統だ。オレンジがかったピンク、これは希少だ。ゴールドの台座に嵌めれば映える。ふふふ、女たちへの珍しい貢ぎ物に最適だ。きっとクルティザンヌに群がる貴族たちはこぞって買い求めるだろう。…… よろしい、すべて買い取りましょう。”」
紬「“非力な女なので、理性的な通貨配分でお支払いくださいね。”」
店員「ウィ、ビヤンシュール!」
大金を得たJKトリオは興奮を顔に出さないように注意しながら、しゃなりしゃなりとホテルへ戻った。
桜「うぉっしゃー!大金ゲットだ!」
翼「えーと、1850年の3万フランは……金本位制ベースで換算すると9000万円ぐらい、賃金ベースから逆算すると億を超える。1億2千万かな。」
紬「女子高生が持ってるのは不自然な金額だけど、うちら謎の東洋の姫君だからね。」
桜「さて、小岩さん事件やマノン案件のときのように、用心棒兼案内人が欲しいところだけど...」
翼「迂闊に動くと有り金全部巻き上げられてセーヌ川に沈む。」
紬「ラ・セーヌの星はこの時代にいないからなあ。」
桜「まだヨシヨシジュエリーショップで買い入れた人工宝石が残ってる。」
翼「限りなくグレーな取引。」
紬「天然石って言わなければ無罪のやつ。」
桜「まあ、お金は今のところ有り余ってるので、それは後回しにして、イベントの発生がどうなってるのか突き止めないと。」
翼「それな。宝石屋の鑑定士が、クルティザンヌへの貢ぎ物として最適とか言ってたけど、クルティザンヌ...気になる。調べてみる ………… 高級娼婦と訳されることも多いが、我々の常識で考える娼婦とは全く違う。基本的には富裕な上流貴族の愛妾。だけど旦那がひとりだけだと、それを失ったときのリスクが大きい。リスク管理のために他にも気に入った上客を確保しておくのが常識...ですと。」
紬「翼の嫌いなビッチ?」
翼「いや、私もアンブローシアとネクタルの同時摂取でもう青い果実じゃないんだよ。受け入れよう、大人のリアル。」
桜「それ、イベント臭いね。女神が好きそうな匂いがする。」
紬「クルティザンヌってどこにいるんだ?」
翼「旦那にあてがわれた高級アパルトマンにふだんは住んでいて、夜の営業もそこ。そこにはサロンも付いていて日夜パーティが行われる。社交の広がりを作り出すのは劇場。」
桜「え?劇場?劇を見るの?」
翼「クルティザンヌは劇に興味があるというより、劇を見に集まる男たちが目当て。まあ、男たちも女目当てが中心だけど。劇なんてそんなに新作はないから筋はみんな知ってるもの。」
紬「あ、豪華な桟敷席、映画とかで観たことがある。オペラグラスを持ってオホホホって。」
翼「それよ、それ。人気のクルティザンヌをわがものにした貴族は見せびらかすために劇場に連れてくるんだって。」
桜「羨ましがられる快感...うちらのちっぽけな世界でもあるよね。」
翼「うん、最新のアイテムを誰よりも早くゲットして学校で見せびらかす。やなやつらだなー、うちの学校にはあんまりいないけど。中学校にはいた。」
紬「経済的に飽和した社会だと必然的にそうなるんだってよ。欠乏の充足という目的がなくなったり希薄になると、羨ましがられたくなるって。何か読んだよ....何だっけかな....他者の欲望を欲望する...だ、確か。誰が言ったのかは忘れたけど、こういうのはだいたいフランス人だ。」
桜「なるほど、その欲望を満たすには劇場が最適の舞台か、舞台だけに。」
紬「ダジャレのようでダジャレじゃない。」
桜「劇場は夜からだろ?その前にさ、今後のためにドレスを仕立てないか?」
翼「いいねえ、貴婦人。」
紬「パリで貴婦人コス、映えるわー。いっぱい写真撮っておこっと。」
桜「じゃあ、紬、コンシェルジェに頼んで仕立屋を呼んで。」
紬「ウィ、マドモワゼル。」
クンツァイトって耳にしたとき、すぐにセーラームーンを思い出してしまいました。そういえば作者の武内先生は石マニアだったんですね。




