この悪役令嬢ものの元になったゲームは「アザトケナゲ」だった
ドーラ「そのために使えるものは何でも使った。高位貴族の名家だったので資産と兵力は十分にあったから。13歳でこの社会の仕組みを知った私はあらゆる手を用いてレベル上げを図ったの。精鋭の親衛隊を組織して毎日ダンジョンへ向かい、部下に命じて魔物をあと一撃の瀕死状態にして私がとどめを刺す。そんな卑怯なやりかたでレベルを上げまくった。近隣のダンジョンでレベルが上がらなくなったら船を仕立てて遠方まで出かけたわ。そしてレベル上げだけでは限界がある魔力の上限をさらにドーピングで打ち破った。実家の資産力にものを言わせて高価な魔力増強剤を毎日ヤクルトジョアのように飲み続けた。副作用があると止める家臣もいたけれど、そんなことは気にしていられない。」
桜「はじめて会ったときに言ってた“幼いときからの努力”ってそんな過酷なものだったのね。」
ドーラ「王立カリゴス学園での地位を確立できなければ皇太子との婚約も危うくなる。それだけは何としても避けなければならなかった。だけど....私は気づいてしまった.このゲームの既視感に。」
翼「既視感?」
ドーラ「そう、これは私がプレイしていた乙女ゲーム“アザトケナゲ”の世界。あらゆる娯楽を諦めてギリギリの暮らしをしていた私だけど、わずかな35万円のボーナスを得て衣類その他の必需品を買いに町へ出たとき、つい魔が差して中古のゲーム機とテレビ兼用のモニターを買ってしまった。その日から唯一の楽しみがこの乙女ゲーム。テレビ兼用のモニターだからテレビを見ながらゲームすることはできない。テレビ番組を見ていても自分とは無関係な世界ばかり。なのでゲームばかりしていた。」
紬「その“アザトケナゲに出ていたのね、悪役令嬢のドーラが。」
ドーラ「プレイヤーはヒロインとしてプレイするから気付くのが遅かった。でも気付いたら、ただ能力無双の令嬢として君臨しているだけではダメだという新しいルールが立ち塞がったの。このままではエンディングで逆転されて婚約破棄で追放されてしまう。」
桜「状況は理解したわ。何とか協力できないかこちらでも考えるから、しばらくは穏やかに暮らして。この世界、不便でしょうからこれ使ってちょうだい。乙女の尊厳を守るポータブル簡易トイレ。」
ドーラ「ありがとう。こっちにきてからずっとおまるだったので尊厳が削り取られて米粒ほどに小さくなってた。ホントに助かる。」
桜「いやあ、とんでもなく過酷な設定だった。量産型悪役令嬢ものと侮っていた。」
翼「とても軽口が叩ける状況じゃなかったよ。」
紬「落とし所が見つからない。とりあえずヒロインの設定も探ってみよう。“アザトケナゲ”、タイトルのネーミングが香ばしい。」
翼「こんにちは、アンジュ。」
アンジュ「あら、廊下で挨拶した留学生のみなさんね。こんにちは。」
桜「アンジュはどのクラスになったの?」
アンジュ「Sクラスに入れていただきました。光栄です。」
紬「魔力測定は?」
アンジュ「編入生なので個別に測定していただきました。無事にSランク認定を頂きました。」
翼「ねえアンジュ。少しお話しない?中庭のガゼボでお茶を飲みましょう。」
アンジュ「喜んで。編入生なのでお話しする相手もいませんでした。うれしい。」
桜「アンジュはどこから来たの?」
アンジュ「東北の辺境です。」
翼「辺境伯の娘とか?」
アンジュ「いいえ、平民です。父は...いるにはいるのですが、家にはいません。母がわずかな畑を耕し、繕い物の仕事を請け負ってなんとか私を育ててくれました。」
桜「お父様が家にはいないと?」
アンジュ「はい。父と母は結婚していません。父はその土地の領主なのですが、あまり豊かではない男爵で、母は愛人でした。愛人といっても囲ってもらえる立場でもなく、たまにやってきては逢瀬を楽しむ、そんな関係でした。父が来ると、私はお菓子とお小遣いをもらって夕方まで外で遊んでいなければなりませんでした。でも父が来た日は夕食にお肉が出るんですよ。たぶん父が少しお金を置いていくのだと思います。」
翼「....あの...言いたくないことまで言わなくていいからね。」
アンジュ「別に隠すべきことだと思っていませんから。それに...父は私を認知してくれたんです。」
桜「そうなの?」
アンジュ「はい。私の義理のお兄様、男爵家の嫡男が急死したので、跡継ぎがいないと領地も爵位も取り上げられてしまいます。私は女なので跡は継げませんが、結婚すれば夫が跡継ぎになれます。父は一縷の望みを私に託して、あらゆる手立てを講じて私を王立カリゴス学園に転入させたのです。」
紬「見事にSクラスに編入できたのだからお父様の見立てもなかなかだったのね。」
アンジュ「はい。実は母も愛人の子だったのです。お爺さまはもう亡くなりましたが高位聖職者だったそうです。母はそのことをお爺さまが亡くなってから初めて私に教えてくれました。聖職者が愛人に子どもを作ったなんて知れたら大変なことになりますからね。なので、このことは秘密です。私の魔力適性はたぶんお爺さまから引き継いだのかも知れません。」
桜「アンジュはこの学園で将来の配偶者を見つけるつもり?高位貴族とか王族とか。」
アンジュ「いいえ、そんな大それた望みは抱いてません。真っ当に卒業して王国で何らかの公職に就ければと考えております。そうすれば自ずと縁談が持ち上がるかと。」
翼「真面目で健気なのね。」
アンジュ「競い合って勝利を狙うというのが苦手なだけです。実家が母子家庭だったので、いじめられないように振る舞う癖が付いちゃって。」
紬「この学園もかなり特殊みたいだからいじめもふつうに発生しそう。でも、私たちはアンジュの味方だからね。はい、仲良くなったしるしにミルキーあげる。辛い気持ちのときに食べてね。」
アンジュ「まあいい香り。ありがとうございます。」
桜「こちらもなかなかの重い設定だったわね。」
翼「非の打ち所がない健気な少女。」
紬「でもさ、ゲームのタイトルが“アザトケナゲ”だよ。健気の中に限りなく認知不可能に隠匿したあざとさを発揮するスーパースキル。」
桜「なるほどね。ドーラが物理的に仕掛けられないいじめをみんなの前で発動させるとか。」
翼「5メートル離れたドーラに突き飛ばされて階段から転げ落ちる。」
紬「そんなコントではあざとい以前だよ。」
桜「うちらは留学生だから3人で一部屋だけど、ふつうは二人部屋だよね。」
翼「アンジュはS組だからS組の誰かといっしょになるはず。」
紬「量産型テンプレだとドーラと一緒はないね。」
桜「ドーラは特別扱いだから個室だった。」
翼「となるといじめっ子と同室になるはず。」
桜「入り口に部屋割り表が貼ってあった。確認しに行こう。」
紬「え?何これ?キャビアンナ・グルマンドだって。」
桜「食い道楽一家かよ。」
翼「デブかな?ねえデブかな?」
次は新キャラ、とはいえ限りなくモブの同室者、キャビアンナ・グルマンドが登場します。どんなビジュアルなのでしょう?




