中学国語教科書で採用率ナンバーワンの物語へ行ってきたよ
この物語、ほぼ100%の教科書に載っているらしいのですが、みなさん覚えていますか?覚えていないとしたら、3人が言っていたように、お気持ち問題へまっしぐらで表現をしっかり堪能させてくれなかったからですね。画像も出してくれなかったでしょうし。
桜「せっかくいろいろ買い込んだのに、今回は何も使わなかった。」
翼「李徴も虎芸人として活躍できてよかったね。」
紬「それにしても中学国語ランキングってひどくない?」
桜「そのネーミングがそもそもミスリーディングだよ。教えるのが楽なので採用されることが多いランキングじゃん。生徒が読んで大好きランキングじゃない。」
翼「もっと楽しいお話いっぱいあるのにさ。」
紬「ねえ、国語のテストだけど、大学入試の模擬試験はなんだか気持ちいいよね。中学国語の定期試験と比べると格段に。」
桜「そういえば気持ち悪いお気持ち問題って絶対に出ないね。」
翼「やっぱりそこは出題者も気持ち悪いと思ってくれてるのかも。あと、正面からなんでこれが不正解なんだと凸されたら困るし。」
紬「ということは、やっぱり中学国語って、子どもなんだから四の五の言わずに模範解答にたどり着けやがれという教師の権威がものをいう?」
翼「わかんないけど、何十年も積み上げてきた指導要領という砦が大事なんだよ。」
紬「大学入試の現代国語を出題するのは大学の先生、しかも国語と関係ない先生らしいよ。文化が違うんだよ、中学高校の国語の問題と。」
桜「しがらみなしで文章そのものと格闘して出題となると、そりゃ違いは明白。」
翼「というわけで、中学国語のシリーズ、ついに第一位にやってきたよ。」
紬「お、固唾を呑む三上紬。」
翼「では発表します。栄えある一位、ヘルマン・ヘッセ“少年の日の思い出”。」
紬「え?」
桜「まさかのカタカナの人...」
紬「全然覚えてない。」
翼「これはけっこう珍しい物語らしい。」
紬「ヘッセは有名じゃん。“車輪の下”は読んだよ。読んだっていうか読まされたんだけど。中学校の読書感想文の課題で。」
翼「“車輪の下”は有名なの。この“少年の日の思い出”は超無名。Gutenberg Projektに入っていない。」
紬「ということは世界的に見てもヘッセのマージナルで目に止まらない作品ってこと?」
翼「そう、ドイツでも専門家以外誰も知らない。」
桜「またもや闇が深そうな話だね。」
紬「つまり日本の国語教科書がガラパゴスってことだね。」
翼「物語のタイトルは、日本語ではふつうで一般的だけど、オリジナルは蛾の名前だよ。」
桜「そっちのほうがインパクトあるな。それなら記憶してたかも知れない。」
翼「主人公の少年は蝶々のコレクターで、近所に住む同級生が珍しい蛾の標本を持っているので羨ましくてしょうがない。」
桜「ちょっと待って。蝶々のコレクターが蛾の標本を欲しがるの?教科書でその物語をやってたとき授業中でその問題につまずいた記憶がないんだけど。」
翼「そこは指導要領と教科書会社が提供する授業マニュアルによって長年にわたって蓄積した経験によってうまいこと流したからだよ。」
桜「どんな珍しい蛾だったのかせめて授業中にモニターに出してくれれば記憶に残ったのになあ。
翼「これだよ。」
桜「う...」
紬「マニア垂涎のビジュアル。私は敬して遠ざける。」
翼「幼虫もあるよ。緑色に斑点。」
桜&紬「やめろー!」
翼「これけっこう大きいんだよ。大人の手の平ぐらいある。」
桜「おまえは平気なのか、翼...」
翼「まさか。実物に遭遇したら悲鳴を上げて逃げるよ。今はみんなの犠牲になってるんだよ。」
桜「で、そのマニアの少年は同級生が持っている標本が羨ましくてどうしたんだっけ?盗んだ?」
翼「そう、部屋に忍び込んで盗んだ。そしてあとで後悔して返しに行ったら標本が壊れてしまっていた。逃げるときに雑にポケットに突っ込んだからね。」
桜「授業でそこもまったく強調しなかったから記憶に残らなかったんだよ。グニャグニャで押すと潰れる存在が乾燥してパリパリになってポケットの中で壊れるという視覚と触覚が混じり合ったイメージ。」
紬「文学の描写としてはそこは大事だったかもね。」
桜「当然あれだろ、またお気持ち問題が炸裂するんだろ?」
翼「もちろん。主人公がが蛾を壊してしまったときの気持ちを説明せよ。」
桜「ありがち...」
紬「乾燥した標本でよかった。生体が潰れたらその服はもう着られない。」
翼「せっかくヘルマン・ヘッセがノーベル賞作家らしく物質性を喚起する表現を駆使して物語を組み立ててるのに、そこをスルーしてお気持ちにまっしぐらだからなあ。」
桜「ここでグチグチ言っていても仕方がない。転移しよう。蛾は見たくないけど。」
翼「コスチュームはどうする?蝶々を取り入れる?」
紬「背中に羽を付けるのは絶対イヤだからね。」
翼「素材はサテンかシルクかな。」
桜「よし、コスはこれでいい。次はどう介入するかだ。」
翼「カムパネルラみたいにムギューってやって盗みに行かせない。」
紬「エレガントじゃない。うちらは鋼鉄の説得ガールズだ。肉体拘束は流儀に反する。」
翼「いつのまにそんなチームになったの?」
桜「“鋼鉄の“は外せないからな。正義を示すのだ。」
紬「説得するためには欲望の向きを少しズラしてやればいいんだよ。もっといいものをあげよう。」
翼「例えば?」
紬「やがてボロボロに風化する生体ミイラではなく半永久的に存続するASA樹脂を素材にして3Dプリンターでその蛾を作って持っていこう。サイズも級友の標本の倍以上。」
桜「おお、ダイヤモンドをたんまり持ち帰っただけあって豪毅だね。」
翼「どうせならさ、ジオラマにして持っていこうよ。映えるし。」
紬「翼くん、今日は冴えてるね。それで行こう。」
翼「地面に幼虫、空中に成虫、これでバッチリだよ。」
桜「うん...きっとね...うん...」
紬「うん、すごく強そうになった。」
桜「これ...モ...」
紬「みなまで言うな。みんなわかってる。だが少年にはわからない。それでいいんだ。」
翼「世の中には知らないほうがいいこともある。」
紬「転移しましょうぞ、皆の衆!」
翼「へい、少年!ちょいとお待ち。」
少年「な、なんでしょうか?」
翼「君の目の中に渦巻く欲望を感じた。」
紬「そのまま捨て置くことはできない。」
桜「なぜならうちらは鋼鉄の説得ガールズだからだ。」
翼「心まで鋼鉄に武装する乙女だからな。」
紬「悪を蹴散らして正義を示すのだ。」
桜「ということで少年よ、その渦巻く悪しき欲望をこの剣で祓ってしんぜよう。」
翼「ちょっと桜、きょうは剣を持ってないから。」
少年「あのー、帰っていいですか?」
紬「ダメだ。悪がはびこるのを捨て置くことはできないと言っておるだろう。」
桜「なぜならうちらは...」
翼「ストップ、それループになるから。」
紬「蛾の標本が欲しいんだろ、級友が持ってる。そして膨らむ欲望はついに決壊して悪の道へ。」
少年「う...」
紬「君はエジプトのピラミッドを知っているか?」
少年「はい、王家の墓です。」
翼「中に霊廟があってミイラとなった王の棺が納められている。なぜミイラにされるかわかるか?」
少年「肉体を永遠に保存するためだと聞きました。」
桜「そうだ。だが果たしてミイラになった肉体は永遠に保存されるだろうか。」
少年「わかりません。」
紬「これを見よ。」
紬「これが永遠の姿か?」
少年「いえ、朽ち果てた姿です。」
翼「おまえが収集した蝶々もみなこれと同じミイラだ。」
少年「ぐっ...」
桜「そんなミイラのために罪に手を染めようとしている自分をどう思う。」
少年「おぞましいと思います。」
翼「そう思えるならよかった。そんな君に永遠の美しい蛾をプレゼントしよう。受け取るがいい。」
紬「級友のエーミールが持っている標本の何倍も大きくて幼虫も付いている。君が死んでも孫子の代までこの姿で残る。みんなに見せびらかすがいい。」
少年「あ、ありがとうございます。」
蝶々と蛾、日本ではまるで別物扱いですが、ドイツではそうでもないみたいです。そういうのって他にもあるかも知れませんね。今回で中学教科書シリーズはお終いです。次回から何をしましょう?ああ、悩ましい。




