山月記って虎になる以外覚えてないので行ってみた
教科書採用率ほぼ100%ですよ、山月記。作者は国文学者以外にはほとんど知られてないのに。こうしてみると国文学という分野も、一見普遍的で一般的に聞こえるけれど、わりと特殊で閉鎖的な世界なのかもしれません。
桜「今回は本当に楽しかった。」
翼「ベルリンから持ち帰ったダイヤで山のようにアイテムを買いあさってアイテムボックスにポンポン詰め込んでいたからね。」
紬「原チャリがあって本当に助かった。あと自転車も。」
桜「全部置いて来ちゃったから新しいのを買いに行こう。なにせダイヤ500石持って帰ったし、それ以外にもベルリンの銀行に預けたマルクを全部引き出してきた。」
紬「買物ツアーが終わったら学校が始まって、金曜日に次の転移だね。」
翼「まず原チャリ、むう、このネーミングダサくない?」
桜「原動機付自転車が正式名称らしいけど、それはさすがに使わない。うちらが探してるのはオシャレなスクーター。スクーターを買いに行こう。」
紬「また金に糸目を付けずにオシャレな色違いを買おう。」
翼「アイテムボックスって本当に便利だね。何でも入っちゃう。」
桜「この調子でボートやテント、ダイビング器材、パラグライダー...は怖いからやめておくか。」
翼「キャンプ用のポータブルバスというのがあるよ。」
紬「何だと!お湯はどうする?」
翼「焚火で沸かすのが基本。あと冷めたら電力湯沸かし棒。」
桜「電力が大量に必要になるかも知れないので、発電機と折りたたみソーラーパネルも。」
紬「金さえあれば万能になる世界だね。」
桜「やって来ました金曜日。」
翼「次はいよいよ人気第二位、中島敦の山月記。」
紬「虎に変身するんだっけ、そこしか覚えてない。」
桜「まあたいていの人はそうだよ。」
紬「この物語、いままでのやつより少し新しい。1941年に発表。」
桜「うわ、なんかイヤな年代だ。戦争だ。」
翼「読んだ感じだと戦争の影は感じられないけど、逆に薄気味悪い。」
紬「この中島さん、徴兵されなかったの?」
翼「検査で病弱認定を受けたらしい。そしてパラオで南国生活してた。」
紬「ふーん。ふーんしか感想が出ない。」
桜「まあ中島さんはどうでもいいよ。山月記はまた中国の話だよね。」
翼「そう、時代は唐代、だいたい8世紀半ば。主人公は李徴。」
紬「コスチュームはどうする?チャイナに寄せる?」
翼「未来テイストのチャイナミニワンピ。」
桜「未来テイストじゃないけどまあいいか。」
翼「いきなりホラーっぽい場所に出たんだけど。」
紬「物語の冒頭は……
隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自から恃むところ頗ぶる厚く、賤吏に甘んずるを潔よしとしなかった。
翼「この場所と関係ないよね。」
紬「この場所はあとで虎になって出てくる場所なんだよ、きっと。」
桜「虎といえば、さっき“虎榜に連ね”と言ってたけど、あれ何?」
翼「ちょっと待ってね…………あった、科挙で最高ランクの進士の合格者を書き出す札だって。虎は偉いっていう意味らしい。偉い人掲示板。」
紬「あのさ、こないだから薄々気づいちゃったんだけど、あの人気ランキングって生徒の人気じゃなくって採用する教師によるランキングなんじゃないの?どう考えても生徒が喜びそうな物語じゃないもの。」
桜「だよね。こんな漢文もどきみたいなの喜ぶはずないよ。」
翼「長年使い続けて出題パターンも決まってるし、指導内容もテンプレ化してるから考える必要がない、ゆえに人気が高い。なるほど。」
紬「まあともかく、こんな薄気味悪い場所とはおさらばして、人間だった李徴に会いに行こう。」
桜「都にいるんでしょ。科挙に合格したんだから。」
翼「合格したけどすぐ辞める。最近日本にもいるらしいじゃないの。東大出て省庁に入ってすぐ辞める人。」
桜「それ、ちょっと違う理由かも。李徴は自分が天才だと思っているので詩人になるんだって。」
翼「それ....日本ではちょっと類似例が考えにくい。」
紬「ミュージシャンとして大成する。」
桜「うーん、どうかなあ。」
翼「あ、あそこにいるのが李徴じゃないの?顔が威張ってるし。」
紬「もう官職を辞めたのか訊いてみよう。…………えーと李徴さん、あなたまだ官職に就いてますか?」
李徴「さっき辞めてきた。これから故山、かく略に帰臥し、人と交まじわりを絶って、ひたすら詩作に耽ける所存。」
紬「そうですか?で、その間の生活費は?」
李徴「俗世から離れて詩作に耽るのに生活が入り込む余地はない。」
桜「でもご飯は食べるでしょ?どうするの?お米、落ちてないよ。」
李徴「詩が認められて多くの人々に支持され貢ぎ物の山が築かれるので何の問題もない。」
翼「あ、そ。まあ...ガンバだよ。」
桜「虎一直線だね。」
翼「虎榜、つまり虎看板に載ったから虎になるしかないよ。」
桜「李徴って既婚者だっけ?」
紬「うん、夢破れてまた役人生活に後戻りだ。」
数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。
桜「ダサっ。あ、でも妻子のために自分の夢を我慢したんだから偉いのかな。」
紬「それがだね、我慢して鬱々と仕事してたんだけど、ほらいったん辞めて中途採用じゃん。同級生がみんな出世していて自分が置いてきぼり。」
桜「それはさすがに自己責任よ。」
紬「だけどね....」
一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿った時、遂に発狂した。或る夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出した。彼は二度と戻って来なかった。附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。
翼「成績はいいけどバカな子。」
紬「姿を消して1年後にかつての友人と出会う。袁傪、JIS第2水準なので漢字が出ない人。」
桜「その出会いの場がさっきのホラーの舞台か。」
紬「さて、ここからいつものお気持ち問題が炸裂するよ。」
翼「読書感想文と並ぶ日本の国語教育の暗部。このときの心情は次のうちどれか問題。」
紬「ただの文章に過ぎないのだから拷問してもお気持ちを白状することはできない。」
桜「李徴が友人に姿を見せられなかったのはなぜか。」
翼「それさ、直前に“あぶなかった”と言ってるよね。そして殺人虎の噂が広まっていた。見ると本能に逆らえずに食べちゃうからじゃないの?」
桜「でもそう書くと×になる。そこが暗部たる所以よ。」
翼「面倒くさっ!」
紬「せっかく来たんだし、虎を見てから帰ろうよ。」
桜「だね、人語を話す虎。」
紬「李徴、おひさー!元気してた?」
虎「私がわかるのか。」
翼「わかるよ、その尊大な顔、生物種が変わっても特徴は消えない。」
桜「今でも詩は作ってるの?」
虎「そういえば詩作とはすっかり疎遠になった。」
翼「人生を賭けてたのにもったいないよ。」
紬「そうだよ、今こそデビューすべき。詩人ならぬ詩虎として。」
桜「都に行って即興で詩を吟じる詩虎として脚光を浴びる。」
紬「オークションにすれば儲かるよ。次の一首、最も高い値を付けた方に贈られます。では100文からスタートです、って感じで。」
桜「紬、冴えてるね。」
翼「お友だちの袁傪に頼んで事業化するといいよ。ビッグスターで牛肉食べ放題。」
虎「そうか、それも悪くない。せっかくの人生、もう人ではないが、脚光を浴びてみたいものだ。」
紬「でしょ。頑張ってね。」
人語を解する虎、なおかつ詩を作れる。儲かりそうですね。でも殺人虎だったという過去がすっぱ抜かれて大ダメージ。人気商売は脆い。




