アタランタと競走して勝ったら妻にできる、負けたら殺される、挑戦者はどこだ
桜「まずアタランタの男嫌いだけど、何に起因するかだね。」
翼「別に男嫌いでもかまわないけれど、それでいっぱい人が死ぬでしょ。」
紬「ギリシャ神話、人の命の値段が安すぎる問題。」
翼「前にも言ったように、男の子を期待していた父親が落胆してアタランタを森に捨てた。これが発端だね。」
桜「うーん、わかるけど言語化しにくい。男に生まれていればこんな苦労はしなかったのに、で男嫌いになる。」
紬「熊に育てられて金太郎になった。」
桜「おい、変なノイズを混ぜ込むな。」
翼「そもそもかなりの美人なんだよ。それで野生児から王女に昇格した。捨てた父親が、カリュドンの猪退治で活躍したこの娘は何を隠そう私の娘だと名乗り出た。」
紬「うーわ、最低。」
翼「元ネタがギリシャ神話だから、異説はいろいろあって、父親もはっきりと決まっていないし、なんとあのメレアグロスと関係を持って子どもを産んだという説まである。」
桜「それは....やめてほしい。」
紬「きれいに残酷な死を受け入れたのにね。」
翼「オウィディウスの物語では、呪いの炎に包まれて焼け死ぬとき、どうせなら猪の牙に貫かれて死にたかったと漏らしたそうで。」
桜「これでもかと惨たらしさを煽るね、ギリシャ神話。」
翼「まあメレアグロスの話は傍系の異説だから無視するとして、男を拒絶するに至った最大の原因は、ギリシャ神話あるあるで神託なんだよ。」
紬「あるあるだね。まさかの陰険処女神のアルテミスか?」
翼「間接的にそうかもしれないけど、アルテミスのお兄ちゃんのアポロン。」
紬「妹に焚きつけられたに決まってるよ。」
翼「で、ここからが本番なんだ。アポロンの神託は、結婚は避けるべきだが避けられないだろう、それによって本来の自分をなくすことになる、だった。」
桜「神託は必ず実現するのがギリシャ神話の世界だから、こりゃ大変だ。」
翼「アタランタは人目を避け、森の奥に潜み、求婚者の群れを武力で追い払う。」
紬「それでも集まってくるの?男って性欲のためには命知らずだな。」
翼「ケンタウロスの兄弟が森に火を放って襲撃してきた。もちろん射殺されたけどね。」
紬「さすが下半身が馬だ。」
翼「でさ、それでも王女じゃん。父親は娘を結婚させて領土だの財産だの増やしたい。結婚しませんじゃすまなくなる。」
桜「そこがたぶんうちらの介入ポイントだね。」
翼「そういうこと。」
紬「じゃあさっそく行って話を聞こう。」
アタランタ「おお、おまえたちか。」
桜「王女なのに森で一人暮らしなの?」
アタランタ「ああ、館にいると結婚しろと父が煩わしい。」
翼「死ぬまで独身を貫くつもりなの?」
アタランタ「そうしたいのだが...結婚は避けられないと神託が出てしまった。」
翼「神託は絶対なのね。」
アタランタ「だから私は精一杯の抵抗を示す。私を簡単に娶らせてたまるか。」
紬「求婚者たちと戦うの?」
アタランタ「そうだ。だが直接殺し合うのではない。競走だ。競走に勝てたら諦めて妻になろう。だが勝てないなら命をもらう。」
桜「俊足の誉れが高いアタランタに挑む命知らず....それでも集まりそうね。」
アタランタ「ああ、本意ではないが死屍累々だ。」
翼「でもすべての物語は死屍累々を放置しない、そういうものでしょ?」
アタランタ「そうだ、メドゥーサもミノタウロスもヒュドラも勇者たちに倒された。」
桜「あなたは倒されるわけじゃない。負けても結婚して妻になるだけ。」
紬「別の幸せが待っているかもしれないよ。」
アタランタ「うむ...できればそうありたいものだ。」
そのころ、アタランタが住む森の入り口にたくさんの命知らずが集結していた。死ぬ覚悟で女を手に入れたい?愚かだ、と冷ややかにそれを見ていた者もそこにいた。
ヒッポメネス「そんな危険を冒してまで女が欲しいのか?おまえたちは狂っている。」
求婚者1「うるさい!臆病者は黙ってろ!」
求婚者2「そうだ!とっとと逃げ帰って奴隷女と乳繰り合ってろ!」
ヒッポメネス「ふん、女なんてどれもこれもさほど違いはなかろうに.....え?あの女、あれが誉れ高きアタランタなのか?凜々しいあの顔、しなやかに伸びて一片の無駄がないあの身体.....女...なのか?私自身を女の鋳型に入れて作り直したような....」
求婚者1「どうした?アタランタを見て固まっているようだが。」
ヒッポメネス「すまなかった、皆の衆。私が間違っていた。女が欲しくて命をかけるのではない。理想のためにだ。」
桜「ねえ、あの人...アタランタを見て固まってるよ。」
翼「変なこと言ってる。まるで自分みたいだとか。」
紬「イケてるね、あの男。あと2歳若かったらイケショタだ。」
桜「おまえ...ホントにブレないな。」
紬「古代ギリシャでは美は男のためにある言葉なんだよ。女はお呼びじゃないの。少年は愛でるため、女は子作りのため。オリンピアの競技会だって出場するのは全裸の若い男だけ。ああ、少年部門があれば死んでも観てみたい。」
桜「ダメだ、こいつ...」
アタランタ「どうやら私に挑む気らしい。殺すには少し惜しいな。美しい。そして若い。こんな私に命をかける価値などあるのか?」
翼「あら?アタランタもあの子が気に入ったの?」
アタランタ「まだ手付かずの美しさ、まだ少年のようなあの顔、死んで良いはずはない。私より速く走ってくれれば....婚姻の床に就けるのに。」
紬「あらま...生々しい。」
アタランタ「青年よ、挑むな!戻るのだ!おまえならどんな女も思いのままだろう。おまえの妻になりたいと心から願うだろう。」
ヒッポメネス「いえ、心に決めたあなただからこそ挑むのです。私は神の血筋を継ぐ者、勇気において誰にもひけはとりません。これ以上だらしのない男たちと勝負をするのをやめて、私の挑戦を受けなさい。もし私に負けたとしても、あのヒッポメネスに負けたのなら恨みを抱くことにはならないでしょう。そしてもしあなたが勝利するなら、ヒッポメネスを負かしたという偉大な名声を得ることになります。」
桜「これじゃ引き下がれないよ。」
翼「運命の手に身を委ねるしかないよ、アタランタ。」
このやりとりを天界から見ていたアフロディーテは、美しい若者に加護を与えることを決め、姿を隠して彼に近づき、黄金のリンゴを与えて彼に囁いた。競走で負けそうになったらこのリンゴを投げるのだと。競走が始まった。俊足のアタランタにヒッポメネスがかなうはずもなく、あっという間にふたりの距離が開いた。髪を風になびかせながら、いや風そのものになったように、アタランタは疾走した。だが、ヒッポメネスの姿が見えなくなると少しスピードを落として後ろを振り返った。わずかな未練があったのだろう。それを見たヒッポメネスは黄金のリンゴを投げた。
アタランタがコースを外れたのはリンゴが欲しかったからなのか、それとも負けてヒッポメネスを手に入れたかったからなのか。いずれにせよ結果としてアタランタは負けた。
桜「結婚だ。めでたい...のか?」
翼「神託では、結婚すると自分を維持できない。」
紬「元ネタが“変身物語”だしね。」
桜「なるほど、それを阻止して彼らを救えというのが女神様が与えたミッションだ。」
翼「とっととやりきって渋谷に帰ろう。」
紬「元ネタでは、リンゴの加護を与えたアフロディーテがお礼の捧げ物をもらえなかったので怒ったのが原因。キュベレーという女神の神殿でふたりに...えーと言いにくいんだけど...やっちゃうように仕向けて、その女神の怒りでライオンに姿を変えられてしまう。」
桜「うわ、ちっちぇえ!」
翼「やり方が陰湿。」
紬「そうなんだよ。どうやって阻止するかなんだけど....」
翼「結婚すると自分を失う、神託はこれだけなんだから別にライオンになる必要はない。」
桜「今のアタランタを失えばいいだけか。それなら何とかなりそう。よし、私に付いてきて。………… アタランタ、結婚おめでとう。めでたいんだから笑いなよ。そして新郎のヒッポメネス、君も頑張ったよ。ハグしてやるよ。」
翼&紬「うちらも。」
ヒッポメネス「ありがとう、異国の娘たちよ。」
紬「おい、その上から目線はやめろ。うちらは17歳だ。おまえだって似たようなものだろ。」
ヒッポメネス「悪かった。私は18歳、ひとつだけ上だが、対等ということにしよう。神の血筋だが。」
桜「なんか余計な一言が鼻につくな。まあいいだろう。結婚したからには新居が必要だ。どこに住むんだ?」
ヒッポメネス「もちろん私の館だ。この界隈では最も大きい。」
桜「こう言ってるけど、アタランタもそれで良いのか?」
アタランタ「妻になったからには夫に従うさ。」
桜「よし、うちらはアタランタの友だちだ。新居を拝見に行くがかまわないか?」
ヒッポメネス「ぜひ来てくれ、歓迎する。」
翼「さすが神のひ孫さんだけあってご立派なお屋敷で。」
桜「おもてなし《クセニア》のご馳走も豪華だわ。」
紬「アタランテ、これうちらからのお土産のミルキーと羊羹。日本ではこうやってお客も手土産を持参するんだよ。」
翼「イチジクやレーズンは美味しいけど、ギリシャのテーブルにはあまり甘味が並ばないよね。」
桜「砂糖がないんだよ、きっと。アタランタは甘いものが好きか?」
アタランタ「果物は好きだが、あまり甘いものを食べたことはないな。このミルキー、甘くて美味しい。」
紬「そうでしょ。ママの味だからね。いっぱいあるからいっぱい食べてね。」
翼「砂糖がないと悲しいね。ん?そうだ、お願いすればたくさん降ってくるかも。」
桜「あ、あのふくよかな女神様が。」
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女神「うわ、イヤな予感しかしないわ。絶対出てくるぞ、あのデブ女神が。」
翡翠「まあまあ、そう興奮しないでください。きっと何かいいことが起こりますよ。」
青水「うん、たぶん何かが回収される予感がする。」
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翼「うちらの親切な女神様にお願いしてたくさん甘いものをここに降らせてみせるね。」
桜「甘やかしの女神様、お願いです。結婚したての子リスにスイートな贈り物を!」
甘やかしの女神「まあ、なんとめでたい。家中にマシュマロを降らせてあげましょう。甘味は妊活にもいいのよ。」
紬「やったあ!よかったね、アタランタ。いっぱい食べて元気な赤ちゃんを産んでね。」
アタランタ「私が子を産む...産めるのだろうか?」
桜「ほら、ヒッポメネス、その名に恥じぬよう励めよ。」
紬「そうだヒッポ(馬)のメネス(勇気)だ、馬並に盛れ。」
翼「そしてアタランタも、結婚したからにはできるだけ家にいるんだよ。森を駆け回る生活は終わりだ。家事と子育てで旦那様に尽くすのが女の幸せだからね。」
アタランタ「そうなのか。わかった。マシュマロを食べて家事に励もう。そして...夜は彼の求めるままに....ふっ...」
桜「ヒッポメネス、大事なことなので言っておく。浮気をすれば神罰が下るぞ。いや、下す。私たちは試練の女神の使徒だ。おまえの馬並は一瞬でピッコロにされる。よく覚えておけ。それから、エッチはこの家の中だけでするように。それを破ればやはりピッコロだ。死ぬまでピッコロだ。いいな?」
ヒッポメネス「わかった。我が祖神に誓おう。」
紬「ではそろそろお暇する。末永く幸せに。」
桜「女神様が呼び戻すんだ。」
翼「身体の奥底にスイッチがあって....」
紬「身体の底からいっちゃい....」
神託の隙を狙って見事にやりとげました。今回はアタランタ編を終わらせるために少し長尺になってしまいました。次回はどこに転移されるのでしょう。アタランタという名前の認知度が低かったので、今度は誰でも知っている世界が良いですね。




