第13話:3人の放課後、おっさんの流儀
「はい、真由美の分。よく振ってから飲めよ」
月曜日の放課後、我が家の和室。俺はちゃぶ台の上に、冷えた瓶のフルーツ牛乳をコト、と置いた。
日曜日、小百合と2人で町へ出かけた際、真由美がピアノの発表会を頑張ったと聞いていたので、帰りがけに駅前の購買で買っておいたプチ差し入れだ。
「え……。私に? なんで?」
真由美は小春を膝に乗せたまま、驚いたように目を丸くした。普段はハキハキと勝気な彼女が、一瞬だけ言葉を詰まらせる。
「小百合から聞いたよ。発表会、大成功だったんだろ? お疲れさん。いつも小百合の相談に乗ってくれて、ありがとな」
俺は工場の後輩をねぎらう時のように、サラリと笑って見せた。40歳のおっさんからすれば、親友のために一生懸命怒ったり心配したりできる真由美の真っ直ぐさは、すごく健気で、リスペクトに値するものだったからだ。
「な、なによ急に。不登校だったくせに、妙に気が利くじゃない……」
真由美はフイッと顔をそむけたが、受け取ったフルーツ牛乳を嬉しそうに胸に抱え、ストローをパチリと刺してゴクゴクと飲み始めた。その横で、ハーフアップにした小百合が「ね? 徹くん、すごく優しいでしょ?」と、なぜか自分が褒められたかのように得意げに胸を張っている。
「……でも、小百合。あんた日曜日、徹と2人きりで何してきたわけ?」
真由美がストローをくわえたまま、ジト目で小百合をにらんだ。鋭い観察眼は相変わらずだ。
「えっ!? な、何って、小春のキャットフードと猫砂を買いに……!」
「ふーん? じゃあ、なんでそんなに顔が赤いのよ。怪しいわね。この私がいない間に、徹に変なことされてないでしょうね?」
「されてない、されてない! むしろ私が……あ、違うの!」
慌てて口を塞ぐ小百合を見て、真由美は「あはは!」と大声で笑った。
最初は俺のことを「大切な親友を連れ回す不登校のクソガキ」と警戒していた真由美だったが、この数日間、毎日我が家で一緒に過ごす中で、その心の壁はすっかり溶け去っていた。
からからと笑う彼女たちの中心で、小春が毛糸の玉を追いかけて転がり、コテツが呆れたように鼻を鳴らす。
40歳の頭脳を持つ俺は、彼女たちの恋や友情のエネルギーに巻き込まれながらも、それを大きな包容力でゆったりと受け止めていた。からかわれてもムキにならず、2人が宿題で困っていればそっと手を差し伸べ、お袋が買っておいてくれたおやつを公平に分ける。そんな「大人の余裕」を持つ俺に対して、真由美もまた、同級生の男子とは違う「居心地の良さ」と、絶対的な信頼を抱き始めていた。
「ねえ、徹。次の土曜日は、私も一緒にお出かけするからね! 小百合と2人だけなんてズルいんだから!」
真由美がフルーツ牛乳の瓶をちゃぶ台にトンと置き、悪戯っぽく笑いながら宣言する。
「ああ、歓迎するよ。3人で行ったほうが、小春の荷物もたくさん持てるしな」
俺がいつもの落ち着いたトーンで返すと、真由美は「もう、本当に可愛げのない4年生!」と言いながらも、とても楽しそうに目を細めた。小百合も「うん、3人で行こう!」と嬉しそうに頷く。
ひねくれたクソガキだった俺の周りに、いつの間にか出来上がった、新しくて、とても温かい3人の絆。
1996年の秋の夕暮れは、猫たちのゴロゴロという歌声とともに、どこまでも穏やかに流れていった。
(第14話へ続く)




