第11話:10歳の猛アタック、おっさんの防衛戦
「ねえ、徹くん。次の日曜日、一緒に町までお出かけしない?」
翌日の放課後。真由美が塾の用事で先に帰ったため、久しぶりに2人きりになった我が家の和室で、小百合が信じられないほどのストレートを放ってきた。
ちゃぶ台の向こう側で、彼女はノートをぎゅっと胸に抱きしめ、上目遣いで俺を真っ直ぐに見つめている。その瞳は、昨日までの「淡い恋心」なんて生ぬるいものではなかった。完全に腹をくくった、本気の目だ。
(おいおい、どうした学級委員長……。お前には中学でテニス部のイケメン彼氏ができる未来があるんだぞ?)
中身が40歳のおっさんである俺は、内心で冷や汗をかいていた。大人の余裕で一歩引き、お兄さんポジションに収まろうとしたのが、逆に彼女の「しっかり者」としての負けん気に火をつけてしまったらしい。
「日曜日か? 別にいいけど、真由美も誘うか。小春のキャットフードとか猫砂も買いたいしな」
俺はあえていつも通りのサバサバとしたトーンで、防衛線を張るように真由美の名前を出した。大人の男として、10歳の女の子の期待を無駄に煽るような真似はできない。
「真由美は日曜日はピアノの発表会があるから無理なの。……だから、2人で行きたいな、って」
小百合は一歩も引かなかった。むしろ、さらにちゃぶ台に身を乗り出してくる。
「私、徹くんと2人がいい。……最近の徹くん、他の男の子たちと全然違って、すごく優しくて大人っぽいから。私、もっと徹くんのことが知りたい」
顔を真っ赤に染めながらも、一言一言、言葉を紡ぐ小百合。
10歳の女の子がここまで必死に、真っ直ぐに好意をぶつけてくるパワーは凄まじい。少年の肉体がその熱量に押され、心臓がトクトクと早鐘を打ち始める。だが、中身の俺は必死にブレーキを踏み続けた。
「ありがうな、小百合。そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
俺はふっと息を抜き、かつて工場で年の離れた後輩の相談に乗っていた時のような、穏やかで、でも明確に一線を引いた大人の笑顔を浮かべた。
「でも、俺は今まで不登校で、お袋にも小百合にもいっぱい迷惑をかけてきた『元・クソガキ』だからさ。今はまず、学校にちゃんと行って、勉強して、お袋を安心させるのが一番の目標なんだ。小百合が俺を応援してくれるなら、すごく心強いよ」
やんわりと、しかし確実に「今は恋愛をするつもりはない」という意思を伝えた。小百合のプライドを傷つけないよう、彼女の言葉を全否定はせず、自分の「やり直し(リスタート)」の目標を盾にした大人の防衛策だ。
小百合は大きな瞳をパチクリとさせ、俺の言葉を頭の中で反芻しているようだった。
普通の小学4年生の男子なら、からかわれて逃げ出すか、顔を真っ赤にして黙り込む場面だ。それをここまで理路整然と、かつ優しく諭すように返されるとは思っていなかったのだろう。
「……やっぱり、徹くんはズルいよ」
小百合はぷいっと斜め下を向き、唇を少し尖らせた。
でも、その目はまだ諦めていなかった。それどころか、から回りにも動じない俺の「大人の余裕」に触れて、彼女の胸の中の熱は、さらに深く、決定的なものになってしまったようだった。
「わかった。じゃあ、日曜日は小春のお買い物に、私が『付き添い』として一緒に行ってあげる。それならいいでしょ?」
「あ、ああ。それなら助かるよ」
小百合はフンと胸を張ると、真っ赤な顔のまま、でもどこか嬉しそうにまた小春を抱き上げた。
中学テニス部のイケメン彼氏というタイムラインが、俺の激変によって激しく歪み始めているのを感じる。おっさんの冷静な防衛戦を嘲笑うかのように、10歳の小百合の猛烈なアプローチは、ここからさらに加速していきそうだった。
(第12話へ続く)




