第8話 死ぬまで勉強
「ごめんねぇあむちゃん。ゴールデンウイークだけどごはん作れなくなっちゃて」
「……」
せっかくのゴールデンウイークというのにお母さんから「ごはん無し」を言い渡された。
自転車で子ども食堂に向かうと、ゴールデンウイークだというのに休みなしで子ども食堂が開いていた。食堂の先生にはひたすら頭を下げるしかない。
中に入ると、宮本さんが先生と話をしていた。
「やぁ、あむちゃん」
「宮本さん、またお会いしましたね」
「あむちゃん、勉強はしっかりとやってるか? ついていけるか?」
「ええ、大丈夫です。何でこんな事しなきゃいけないのか分からないですけど」
「ふむ、何で勉強しなきゃいけないの? か。あむちゃんみたいな子なら言うと思った」
そう言うと宮本さんは食堂の奥から水が注がれたコップを持ってきた。水もコップもどこにでもあるごく普通の物だった。
「あむちゃん。これを見てどう思う?」
「どう思う……って」
宮本さんの問いかけに言葉が詰まる。ただの水道水……だよね?
「水……だよね?」
「他には?」
「ほ、他に? いや、ただの水以外に何があるの?」
私がそこまで言うと宮本さんはハァッとため息を1つ、ついた。
「それしか言えないんじゃ0点だ。何も学んでないと、これを見ても『コップの中に水がある』としか言えないんだ。今のあむちゃんみたいにな。
算数を学べばこの中に200ミリリットルの水がある事が数字で分かる。
理科を学べばこの水は水素と酸素という目に見えないほど小さな材料で出来ていることが分かる。
社会を学べばこの水がどこから、どうやって、ここまで来たのか? が分かり、海外では日本みたいに水道の水を直接飲むことが出来ないのが当たり前なのも分かる」
宮本さんは話を続ける。
「美術を学べばこの水の光の反射をキレイに描く事が出来るし、
音楽を学べば水の量で音が変わる事に気づける。
技術を学べばコップの素材となぜ水が漏れないかの秘密が分かり、
保健体育を学べばこの水がどうやって俺達、つまりは人の健康を支えているかが分かる」
宮本さんはさらに続ける。
「道徳を学べばこの水を誰かと分け合う思いやりの大切さに気付けるし、
国語を学べば今まで言ったことの意味を全て正しく理解できるし、
英語を学べば世界中の国の人たちとこの話を分かち合えることが出来る。
でも何も学ばなかったら、これを見ても『コップの中に水がある』としか言えないんだ。
だから勉強するのさ。ただ水があるだけ、で終わらせないためにね」
……何かスケールの大きな話になったなぁ。
「……わかった」
「本当に分かったか?」
「うん。勉強しないと何も分からない、って事でしょ?」
「70……いや80点くらいだな。大丈夫そうだな。じゃあしっかりと勉強してくれ。あ、そうそう。勉強は何も学校の授業だけじゃないぞ。
国家資格を取るのも勉強だ。中卒で道路工事やってるオッチャンだって、勉強して国家資格を何個も取ってるんだからな」
「コッカシカク」か。確か凄く難しいテストだとは聞いてるけど……
「まぁ、あむちゃんが『学校の勉強はつまらない』って言いたくなる理由も分かるよ。学校の勉強は基本的に『暗記力テスト』だからな。
ただ、勉強の最初の内は『丸暗記』で済ませなくてはいけない所もあるから、つまらないのは分かる。俺も昔は学校の勉強なんてつまらなかったよ。
でも学校の勉強があるから今の俺がいるんだ。学校の勉強は意味が無い、って言うけど「社会に出てもすぐに会話が出来る程の知識の引き出し」にはなるんだ。それは忘れちゃダメだ。
それに学校の勉強は役に立たない、って断言する人ほどいい大学を出ているものさ。ホリエモンが東大卒なのは有名な話だよ」
「!? 何それ!? それって詐欺じゃないの!?」
何かあるたびに騒いでいるあの人が実は東大卒!? 言ってる事とやってる事が違うじゃない! 騙された! という被害者意識が秒で出て来た。
「自分より頭のいい人は騙せないから、頭を良くしようとした結果なんだろうね。そういう大人はたくさんいるさ。それに、勉強って本当は楽しい物なんだよ」
「勉強が!? ウソでしょ?」
「大人になって好きなだけ勉強できるようになると世界が変わるよ、俺が保証する。
勉強を法律で禁止されても監視の目を盗んででもしたくなるし、10分だけ勉強をしようと思ったらいつの間にか夜になっていた。っていうのが本当の勉強なんだ。
スマホやタブレットをとり上げられても何とかしてショート動画を見たくなるのと一緒で『禁止されてもやりたくなってしまう』それが大人の勉強って奴だ」
勉強を禁止されてもついやりたくなってしまう……? 私には分からない事だ。
「宮本さん、私には勉強したら捕まる事になってもついついやりたくなる。って言われても全然わかりません」
「だろうね。でも20年くらいしたら俺の言ってる事が分かると思う。それまで覚えてなさい。分かる日は必ず来るから」
「20年……ねぇ。そしたら30歳のオバサンじゃない」
「やっぱりある程度は年をとらないと分からない事ってあるものさ」
宮本さんはそんな事言ってるけど……実感が無い。宮本さんが言うから素直に聞いてるけど、赤の他人から聞いたら「あの勉強が楽しくなる? 全然分からないんだけど?」ってなると思う。
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