第6話 現実から目を背けるな
「おい! 今月もガス代の支払いが遅れてるそうじゃないか! お前しっかり払えって言ってるだろ!」
「アンタの稼ぎが悪いからそうなるんでしょ!? それに酒ばっかり飲んでないで家にお金入れてよね!」
「なんだとテメェ! オレが稼いだ金で酒飲んで何が悪いんだ!? ドロボーしたんじゃねぇ! 真っ当に働いて稼いだ金なんだぞ!?」
……また始まった。お父さんとお母さんはお金の事でいつもケンカばかり。特に月の終わりには必ず1回はこうだ。
「家にお金が無いのはお前が稼いでないせいだ」とお互いに相手のせいにしている。楽しそうには見えないのに、なぜ飽きないのだろうか?
大人って分からないし、分かりたくもない。少なくてもケンカしてるお父さんとお母さんを見てればそうだ。
前は嵐が収まるまで自分の部屋に引きこもるしかなかったが、今は宮本さんがいる。私は電話をかけた。
「もしもし、宮本さん。今お時間は大丈夫でしょうか? 良ければ授業をお願いします」
「分かった。じゃあ始めるぞ。この前話した『貧乏は遺伝する』って話は覚えているかい?」
「え、ええ。覚えてます。私の家庭事情を調べても無いのに言い当ててたのでとても印象に残ってます」
「そうか。今回のお話はそれに関わるんだが、遺伝子に負けて貧乏な生活を強いられる人はあむちゃんが考えるよりもはるかに多くいる。
その人の多くはなぜ自分が貧乏なのかさえ分からないし、いくら考えても必ず間違いにたどり着いて正解を思いつく事は決してないんだ」
宮本さんは「貧乏人はなぜ自分が貧乏なのかが分からないし考えても無駄」と冷静に考えたら随分酷い事を言っていた。でも私にとっては納得のいく話だった。
特に月末になったらほぼ必ずと言って良い位ケンカしているお父さんやお母さんが正しいとは、到底思えなかった。
「残酷な事だが『親ガチャ』は確かにある。その証拠に、大谷翔平の娘とあむちゃんが全く対等な立場か? と言われるとそうじゃないだろ?
だから『産まれで人生が決まる』事は現代日本にだっていくらでもある、それは事実だ。でもその残酷な現実と向き合う事が全ての始まりなんだ。そこからでしか出発は出来ないんだ」
私はよく「親ガチャしくじった」って思っているが、やっぱり本当の事らしい。学校の先生たちは「努力すれば必ずうまくいく」って言うけど、
「親ガチャは確かにある」とハッキリと言ってくれた宮本さんの方が信用できる。
「他にもアメリカでは野球で例えて『3塁ベースで産まれた』っていう言葉があるそうだ。3塁ベースからホームベースまで走ってる本人は必死だし、ふざけてるわけじゃない。
でもそもそも3塁ベースまで進める人間がどれだけいるか? って考えると、やっぱり『親ガチャ』はあるんだよ。それは事実だ」
「あの」
「? どうした?」
私は気づいたら宮本さんに声をかけていた。
「それじゃあ私は、親ガチャしくじった私は一生このままなんですか?」
「そうとは言ってない。ただ難しいぞ。例えば本物のお金持ちっていうのは『夏が暑いのも冬が寒いのも自分のせい』だと思うんだ」
「……へ?」
意味が分からない。宮本さん、急に何を言いだすの?『夏が暑いのも冬が寒いのも自分のせい』……?
「あの、宮本さん。言ってる意味が分からないんですけど?」
「言葉通りだ。本物のお金持ちっていうのは『夏が暑いのも冬が寒いのも自分のせい』だと思うんだ。
夏を涼しく過ごせる道具は無いか? 冬を暖かく暮らせる服は作れないか? その思いがエアコンを作ったし、新しい服を作ったんだ」
「……」
相変わらず宮本さんの解説は上手い。本物のお金持ちは『夏が暑いのも冬が寒いのも自分のせい』だと思う。
最初は意味の分からない事でもスッと入り込む。
「それに、遺伝子に逆らう。って事はあむちゃんのお父さんやお母さんと対立することになる。話を聞く限りではあむちゃんのご両親は遺伝子に従っている。
だから彼らの娘であるあむちゃんもそうさせたがる。その方が安全で無難な人生を歩める、って本気で思っているからな。
別にあむちゃんのご両親はあむちゃんを不幸にさせたいわけじゃない。むしろあむちゃんを愛している。だからこそ困難の少ない人生を歩ませたくてそうするんだ。
誰もが『未知の天国』よりも『良く知った地獄』の方が『知っている』ただそれだけで楽だと感じるんだ。人間の設計図、つまりは遺伝子の時点でそうなっている」
「遺伝子……ですか」
「貧乏は遺伝する。遺伝子の面でも、環境の面でも」そんな残酷な事を言われても私は平気でいられた。
お父さんが聞いたら多分ヤケ酒飲んで余計に暴れていたと思う、それ位残酷な言葉だ。
「そうだ。ほとんどの親は『子供が自分より不幸な目に遭って欲しくはない』って思ってる。多分あむちゃんのご両親もそうだろう。
でも貧乏な家の親はお金持ちになる方法が分からないから子供に教える事が出来ないし、分かっていても習慣になってない。
自分に出来ない事は子供にもできないと思っている。世に出る天才たちはそうではないんだけどな。まぁ天才でなくても、貧困層を脱出することは十分できるよ」
「そうですか……その、自分から頼んでおいてこんな事言うのもワガママかもしれませんが、そろそろ寝る時間なんですけどいいですか?」
話を聞いてたらもうこんな時間……遅くまで起きてると電気代がかかるってうるさいんだよね。
「ああ、いいよ。大事なのは『現実から目を背けることなく直視する事』だ。これは人によっては凄く勇気と覚悟が無いと出来ないけど、ここからじゃないと全てが始まらないんだ。
何せ山を登るのに現在位置が分からないようでは誰だって遭難するからね。でも人によってはそれが出来ないし、それこそお酒に逃げる人だっている。
でもそこから逃げても辛いだけだ。親ガチャをしくじった現実と向き合う事が全ての始まりだと思う。頑張ってね」
その日の通話はそこで切れた。
お父さんとお母さんの言い合いも終わっていた。
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