第22話 ライバルに勝つには?
佐野原の新事業に客を奪われた私はその日の夜、途方に暮れながらも救いを求めて宮本さんに電話を入れた。
学校で私の事を悪く見ているクラスメートが私の事業を潰すためだ、とハッキリと言ったうえで事業を立ち上げた事をきちんと伝えた。
「そうか……佐野原君っていうクラスメートが、あむちゃんの事業を潰そうとしているようだね?」
「うん……やっぱりこちらも値段下げようかな? みんな佐野原の奴に乗り換えちゃってて……」
「あむちゃんは『安かろう悪かろう』っていう言葉を知ってるかい?」
「……どこかで聞いたことはあるような気はします。どこかは分かりませんけど」
何かの雑誌で見たような気がするけど……どこだろう?
「うん。安いって事はどこかで誰かが無理をしているって事だ。特に佐野原君はあむちゃんを潰すことが目的でやっているって言うから、
いくら値下げ競争しても最終的には『お金を払いますから犬の散歩をさせてください』って言いだすはずだ」
「!? お、お金を払った上に犬の散歩までするの!?」
意味が分からなかった。そこまでしてでも私の邪魔をしたい佐野原に背筋がゾクリと冷えて冷や汗がタラリ、と流れる位の恐怖を感じたのは内緒だ。
「相手があむちゃんの事をどれだけ憎んでいるかは分からないけど、聞いた話この相場だとほとんどタダで働いてるのと一緒だよ。1日に50円しかもらえないって計算だから。
これだと稼ぐんだったらかなりの無理をしないとできない値段設定だと思う」
宮本さんは佐野原の事業を冷静に分析しているように見えた。料金を聞いただけで1日50円の収入しかないのを見抜いていた。
計算早いなぁ。やっぱりデキる人は頭の回転が速いのかな。
「宮本さん……私、どうしたらいいんですか? このままじゃ佐野原に負けちゃいます。それだけは嫌なんです!」
「あむちゃん。あむちゃんがまずして欲しいのは『決して手を抜かずに今まで通りきちんと仕事をする事』だ」
「え……? でもそれだけじゃお客さんは戻ってきませんよ!?」
「現状維持じゃ後退するだけ」どこかの本にそう書いてあったのを瞬時に思い出した。それだけ追い詰められているかもしれない。
「今回のケースで言ったら大丈夫だと思う。現代日本ではウソを隠し続ける事は出来ない。スマホがあるからな」
「スマホ……ですか?」
「ああ。画像キャプチャ、音声録音、動画撮影、データ解析……ひと昔前のスパイが持っている秘密道具を何個も組み合わせた諜報機器を誰もが当たり前に持っているんだ。
無理のしわ寄せは必ず出て来る。あむちゃんは今まで通りドッグウォーカーを続ければいい。そうすれば相手が勝手に自滅するはずさ。
それに前にも言っただろ?『仕事というのは困ってる人を助ける事』であってこれを忘れたら簡単に道を踏み外すって。復讐のための仕事は必ず無理が来るから、永続はしないのさ」
相手が勝手に自滅する……そんな事が本当に起きるのだろうか? 半信半疑だったがあの宮本さんが言うからには信じるしかなかった。
「それと、今回の件はあむちゃんにもいくらか問題はあると思うよ。あむちゃんが自慢して相手を怒らせるからこんな手に出て来たんだからね」
「ちょっと宮本さん! 私が悪いみたいないい方しないで下さいね!」
「実際あむちゃんが悪いから仕方ないだろ? 例え相手が嫌な奴だったとしても仕返しするのはいい方法じゃない」
「宮本さん! それじゃあ私がやられっぱなしでいろって事ですか!? そんなの間違ってます!」
今日の宮本さん、まるで佐野原の奴の味方みたいな事言ってる。
「あむちゃん、ちょっと難しい言葉で言うと面子って言って、どんな相手にも汚されたくない名誉ってものがある。
例え相手に問題があっても面子までは潰しちゃいけない。それはある意味『やり過ぎだ』と言える。今回のあむちゃんの件では明らかにやり過ぎだよ。相手が怒るのも無理はない」
「……ほんのちょこっと仕返ししただけなのに、何で佐野原の奴の味方みたいな事言うんですか?」
つい本音が出てしまう。
「あむちゃんのお父さんががんにかかった時の事は覚えているよね? あの時無理矢理お金で解決しても恨まれるだけだ。だからあの時『高額医療費制度』や『傷病手当金』っていう俺からのお金に頼らず切り抜ける術を教えたんだ。
今回も同じで、あむちゃん側が正しかったとしても長期的に見たら損をすることだって沢山ある。佐野原君に自慢したのは間違いなくそれだ」
「私が……あの時のお父さんみたいだ。って言いたいんですか?」
「ああそうだ」
宮本さんが言うには、私はかつて「金持ちなんかに助けられたくない」とゴネたお父さんと一緒らしい。そんなつもりはないんだけど……。
「あむちゃんの話を聞く限りでは、普段学校でいじられているから復讐したそうだね? それでどうなる?」
「え? どうなるっていったって……まぁ、スカッとしますけど」
「そうか、スカッとするのか。それ以外は?」
「それ以外……? いえ、特に無いですけど」
「『スカッとする』以外にメリットが無いのなら、悪手だな。正直に言おう。普段あむちゃんをいじめている相手の方が悪いと思うけど、お金について自慢したあむちゃんも悪いぞ。相手が傷ついた被害者だって言ったのも、ある意味納得できる事だ」
「私が悪い、って言うんですか?」
まただ。また本音がボロリ、と出る。
「ストレートに言えば、そうだな。
頭のいいエリートが会社の社長に対し『あなたは間違っている』と否定したらクビになった、なんて事も実際にあるんだぞ。人間って奴は間違いを正したいクセがあるんだが、それにのまれちゃダメだ。
昔のことわざで『盗人にも三分の理』って言葉があるんだが、どう考えたって明らかに悪い奴である盗人でも少しは真っ当な言い分だってある。それを否定するのはまずい事なんだ」
「……全然納得できません、分からないです。ハッキリ言えば」
「まぁあむちゃんはまだ10歳だろ? 分からなくてもおかしくないな。大人になればそのうち分かると思うよ」
「……そうですか。そろそろ寝ますので今日はこの辺にしていいですか?」
「ああ、構わないよ。お休み」
通話が切れた。大人になれば私にも責任があるって分かる?「大人になる」事って分からなくなる一方だ。




