第21話 ドッグウォーカーにサブスクの時代
佐野原の奴に勝利宣言をしてから数日後。8月に入って暑くなってきている頃、私がいつものように家で朝食を食べているとキッズケータイが鳴った。タテハちゃんからだ。
「もしもし! あむちゃん大変よ!」
「タテハちゃんどうしたの? そんなに慌てて」
「あむちゃんの家は新聞取ってないの!? 9時にあむちゃんの家に行くから待っててくれない? 大事な話があるの! 詳しい話はあとでするから」
そう言って通話が切れた。
私の知らない所で何か大変な事が起きているらしい。あのタテハちゃんがあそこまで慌てるだなんて余程の事なのだろう。
「おはよう、タテハちゃん」
9時になって家にやって来たタテハちゃんは持ってきた1枚のチラシを見せてくれた。そこには……佐野原の顔と犬の画像がデカデカと印刷されていた。
『ヒザが痛い、時間が無い、体力が無い……犬の散歩でお困りのお方へ。今なら月1500円で1日1回30分の散歩を毎日できます!(天候など都合の悪い日もございます。予めご了承下さい)
御用の方は佐野原まで。電話1本ですぐお伺いします。電話番号:……』
「!? 何これ!?」
「今朝の新聞の折り込みチラシに入ってたの。佐野原君、あむちゃんの事を敵視しているみたい」
佐野原の奴、まさか私のドッグウォーカー事業を潰すつもり!?
「佐野原の奴! まさか私の事を!?」
「そうかもしれない。気を付けてあむちゃん」
タテハちゃんが心配してくれるのはありがたい。でも私には何かできる事はあるのか? というと、ほとんどできることは無かった。
翌日、悪夢が起きた。
朝9時だというのに私の家を訪ねてきた人がいるらしい。お母さんが出ると……。
「あむちゃん、クラスメートの佐野原君が会いに来た。って言ってるから来てちょうだい」
「!? さ、佐野原の奴が!?」
あの佐野原の奴がわざわざ私を指名だなんて……会ってもロクな事にならないけど、お母さんにとっては追い返すわけにはいかないだろう。
渋々家の玄関を開けると、あの「オレってカッコイイアピールしてます」っていうのが顔に書いてあるような容姿と、親が自分の財力を誇示するかのようにブランド物の服装を着ている大嫌いな奴が立っていた。
「いよう! マック、元気してるか?」
普段の佐野原の態度を知らない大人からしたら、さわやかな顔をした好青年にしか見えない奴が、やたらと快活な声を私にかけて来た。さわやかすぎて、逆にどす黒い何かを感じてしまう。
「今日はマックに見せたいものがあってな」
そう言って佐野原の奴は、リードを握られているパピヨン犬を見せて来た。その子はマロンちゃん……ひざを痛めて散歩に行けない篠竹さんの飼い犬だった。
「早速契約成立だぜ。マックと違ってな」
「!! マロンちゃん!? そんな!」
……裏切られた! まず出て来たのはその一言。篠竹さんは安さにつられて乗り換えてしまったらしい。
「昨日のチラシ、見てくれたようだな。っていうかお前んち新聞取ってたんだなぁ。そっちの方がビックリだよ」
「佐野原! まさか私の仕事潰す気!?」
「ああそうだ。悪評ばら撒いて潰すのなら簡単だ。でもそれじゃあ潰してやったっていう実感がねえんだ。オレ自らの手でテメェの事業を潰さねえと気が済まねえんだよ。
テメェが悪いんだぞ? テメェが稼いで俺にマウントかましてきたから、こういう手に出るしかなくなったんだよ。テメェの責任だ、オレはお前に傷つけられた被害者なんだよ!」
これ以上ない! って位に自分勝手でまともな人なら理解に苦しむような理由で、佐野原の奴は私が悪いと有罪判決を下してきた。
「マック、言っとくがお前と契約してる奴は全部分かってるんだぞ。全部取りに行くぜ。そう、全部だ」
「佐野原! 何でこんな事するの!?」
「なぜかって? テメェはオレより全てにおいて下のはずなのに上に行こうとしてるからだ。しかもカネだ! 自由に使えるカネがオレより多いってのは絶対に許されない事なんだよ!
家が貧乏で、オレのオモチャ以外に使い道が無いくせにオレに逆らうんだぜ!? そんなの許されると思ってんのか!? 貧乏人の分際で逆らうんじゃねえよ! これはそのバツだ!」
「!!」
私は、言い返せなかった。理不尽な言いがかりだったけど相手からの敵意や悪意があまりにも濃すぎて、どう返せばいいのか分からなかった。
昼になって、電話がかかって来た。犬飼さんからだ。嫌な予感がしたが、出るしかなかった。
「もしもし、岩田です」
「あむちゃんか。ドックウォーカーの仕事は別の子にさせてもらうよ。すまないねぇ」
「佐野原君に乗り換えるんですか?」
「悪い。私も無限にお金を持っているわけじゃあないんでな」
「……」
言葉が、出なかった。




