第19話 吠え癖
仕事は順調に拡大していた。タテハのお母さんに調べてもらった4人の内3人と契約を結んで、3匹同時に散歩することで毎日900円が収入として入ってくる。
こんなにも簡単にお金が手に入るなんてなんか悪い事をしているみたいだ、と宮本さんに告げたら「正当な契約の元お金のやり取りをしているのだから堂々としてなさい」って言われたっけ。
今日は4人の最後の1人、犬飼さんと契約しに行くことにした。
夏休み初日、小さいけど庭のついてる戸建て住宅に足を運んだ、その時だ!
「ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ!」
私に向かって黒い柴犬が犬小屋から飛びかかるように出てきて、止まる事なく吠え始めた。
犬小屋とハーネスで繋げられていたので襲われこそしなかったが、ちょっと怖い。
「黒豆! 止めなさい!」
黒豆君、かな? その飼い主らしき犬飼さんが出て来た。
「すまないねぇ、あむちゃん。何故かは分からないけど黒豆は家族以外の人間や他の犬がいると吠える癖がついてしまって……散歩させるのも一苦労なんだよ」
飼い主である犬飼さんは申し訳なさそうな声と表情で私に説明してくれた。その間も黒豆は絶える事なく吠え続けている。
「ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ!」
「黒豆! 止めろと言ってるだろうが! すまない、こんな調子じゃとても散歩を任せられそうにない。緋縅さんの顔を立てる為に一応は会わせたけど、やっぱり無理か……」
「お仕事の本当の目的は『笑顔の創造』だ」
宮本さんの言葉がふと思い浮かぶ……そこからは何の迷いも無かった。
「あの、3日ほど時間をください。そうしたら悩み事を解決できるかもしれません」
「……出来るのか?」
「本当にできるかどうかは分かりませんが、チャンスをください。お願いします」
私は気づいたら頭を深々と下げてお願いをしていた。
「分かった。君みたいな女の子の頼みを断るわけにはいかないからな。やるだけやってくれ」
「ありがとうございます! あと今後の連絡が出来るように電話番号を教えてくれませんか?」
「ああ、いいよ」
電話番号登録も無事に終わって、その日は終わった。黒豆君は私が帰るまでずーっと吠え続けていた。番犬としては優秀なんだろうけど……。
その日から3日間、私は図書館にこもりっきりで犬に関する雑誌や書籍を探し、読み込んでいた。
学校が夏休みだったのもあってか、それこそ開館から閉館まで張り付くように、のめり込むように本を読んでいた。学校の宿題そっちのけだ。
そして……3日後。私は再び犬飼さんの家を訪ねた。
「ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ!」
相変わらず黒豆君……犬飼さんと電話でやり取りをしたら「君」で確定らしい。は私を見るや吠え続ける。
「あむちゃんか。また来てくれたというのに黒豆の奴が迷惑をかけて……コラッ! 黒豆! 吠えるなって何度言ったら分かるんだ!?」
「大丈夫です。それと、ドッグフードを少し分けてくれますか?」
「? ドッグフードを? いいけど何に使うのかね?」
「しつけに使うんですよ。お願いできますか?」
そう言って依頼してくれたおじさんから黒豆君のドッグフード、いわゆる「カリカリ」を少し分けてもらった。
その間も黒豆君は絶えず吠え続けている。私はそれを気にせず黒豆君の前に立った。当然のように黒豆君は私に向かって吠える。が、私は何もしない。
「? あむちゃん、何をしているんだね?」
「しつけです。犬飼さんも黒豆君には一切声をかけないでください。それがしつけになります」
「そ、そうか……」
犬飼さんは不思議そうに見ていたが、私には雑誌や書籍を調べて得た確信があった。
10分後……「ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ!」
黒豆君は絶える事無く吠え続ける。それでも私は何もしない。
20分後……「ワンッ! ワンッ! ウウウっ! ワンッ! ワンッ! ワンッ! ウウウッ!」
黒豆君は20分もの間絶える事無く吠え続ける。それでも私は何もしない。
30分後……「ワンッ! ウウウッ! ウウウ……」
ようやく黒豆君は吠えるのを辞めた。それを見てすかさず私は彼を大げさに撫でてドッグフードを与えた。
「あむちゃん、これは一体?」
「犬飼さん、黒豆君は家族以外の人間や犬に向かって吠え続けることで何か得をしていると思ってるみたいなんです。
だから吠え続けても意味が無い事、吠えるのを止めればエサがもらえる事をしっかりと学習させてください。そうすれば吠え癖は収まると思います。
正直言ってかなり根気のいる事だと思いますけど、それ以外の解決の道は無いかと思います」
「そ、そうか……ところで料金は?」
「黒豆君の吠え癖が収まった時の成功報酬となっていて、8000円いただきます。それで構いませんか? よければ利用規約に同意して名前を書いてくれませんか?」
「ああ、わかったよ」
交渉成立だ。




