第14話 治療開始
6月中旬の火曜日。私は宮本さんから紹介された病院で診察……と言ってもいくつかの質問に正直に答えるだけだったが。それを受けていた。
「岩田さん。あなたに病名を付けるとしたら『買い物依存症』になりますね。
お金を使う事に異様なまでの快感がある事、お金があると使わずにはいられない事、これはもう病気です。
特に話してくださった『現金を持ってると使いたくて夜眠る事さえ出来ない』っていうのは明らかに異常な事です」
「……やっぱり、そうなんですか。おかしい事なんですか」
「私は異常である」
医者からの通告に私は「やはりそうか」としか言えなかった。
自分でも気づいてはいた。お金があったらあるだけ全部使ってしまうから、普段現金は必要最低限の額しか持ち歩かないようにしているのだが、それは普通の事ではないらしい。
それこそ子供の頃から「お金が使える私って凄い」と思ってて、お金を使う事に物凄い自信や誇りを持っていたのだが、それは異常な事だと突き付けられた。
「先生、どうすれば良いんでしょうか?」
「『レクサプロ』というお薬を出しますのでこれを飲んで様子を見てみましょう」
「せ、先生。風邪薬を飲むみたいに薬を飲めば治るんですか?」
薬を飲めば治る? 精神的な事が薬で治るとは思えなかった。風邪みたいに薬で治るなんて言って良いのだろうか?
「病気の内容にもよりますし体質にも差がありますが、効く人は薬を飲めば衝動が収まるとおっしゃっています。
ただ、効き始めるのに1ヶ月はかかりますので効き始めるまでは自覚症状が無くてもしっかりと飲んでください。
とりあえずお薬は1週間分お出ししますので、それで様子を見ましょう。予約も取っておきますのでまた来週今日と同じ時間に来てください。
あと月に1度、自助グループの会合がありますのでそれにも参加しましょう。4日後の土曜日にここの病院の2階で行いますので来てください」
先生からそう言われて薬が出た。こんな気の抜けた錠剤であのどうしても押さえられないお金を使いたくなる衝動が治るものなのか?
半信半疑、と言うには明らかに疑の方が大きかったが、とりあえず飲むことにした。
4日後……
「私は現金はほとんど持ち歩いていないんですよ。持ってると使いたくなってしまうので」
「良く分かりますそれ。私も給料日にお金が入ったらあるだけ全部使って公共料金が払えなかった時期もありますから」
「お金を持ってると使いたくなっちゃうって、凄く分かる。お金を持ってるとハイになってお金を使えることに異常なほどの満足感があるんですよね」
次いで参加した自助グループでは初めて「自分と同じ仲間」に出会えた。
近所のママ友とはランク最下位で誰からも相手にされず、似たような仲間をSNS上で探そうにも検索の仕方も学んでなかったので、今回の自助グループで初めて仲間に出会えた。
通院費は宮本さんが払ってくれるものの、病院に通う電車賃を払わなければいけないのは痛いが、払う価値は十分にあった。
病院通いが始まって10日後、自宅で夕飯を作っているとあむちゃんが声をかけてきた。
「お母さん、何か変わったね」
「え? そう? 変わったって……どこが?」
「んー。昔はお金に関して凄くピリピリしていた感じがあったんだけど、それが少し無くなったってとこかな? ちょっとサイフ見せてよ」
あむちゃんのリクエストに応えて、私はサイフの中身を見せた。
「やっぱり。昔は2~3千円しか無かったのに今では1万円札を持ってるでしょ?」
「血がつながっている実の娘」だけあって、あむちゃんには分かるらしい。
「それにお父さんとお母さんがケンカする事も少なくなったでしょ? お父さんがお酒辞めたのもあるんだろうけど、前は月末になるといつもしてたよ?」
昔はお父さんがお酒を飲んで酔った勢いでケンカを仕掛けてきたけど、お酒を辞めてお金が余るようになったのと
ケンカの発端となる酒に酔う事が無くなったので、ケンカはウソのように止んだ。
あむちゃんは私たちがケンカする事が無いのがご機嫌で、昔は家の中でもどこか怯えていたのにそれが随分と目立たなくなっていたのは良い事だと思う。
「ああ、そうだ。今日使ったお金を記録しなきゃ……」
あとは宮本さんの勧めで家計簿を付ける事にした。と言ってもスマホの無料アプリだけど。
最初は「付けたところでお金が返って来るのか?」と半信半疑だったけど、少なくても無駄遣いはしっかりと記録されるので衝動的な出費は減った。
宮本さんと知り合ってからは、家の事が順調に動いている。あむちゃんを救いたいから、とか言ってたけど私も救われてる気がする。




