第13話 夜も眠れない
5万円……ああ5万円!!
それだけの大金を使えたらどんなにも素晴らしいのだろう。滞納している電気ガス水道税金、それらすべてを払っても悠々とおつりが来る。
それだけじゃない。電気ケトルも買えるし掃除機洗濯機冷蔵庫、フライパンに鍋に圧力釜炊飯器に、それからそれから……。
楽しくてたまらない買い物連想ゲームが止まらない。それは睡眠欲を軽く吹き飛ばすほどの、凄まじい「欲」だった。
「うわああああ!!!!!」
「!?」
私はその声にたたき起こされた。時計を見ると午前5時……学校で飼ってるニワトリの朝鳴きみたいにお母さんの叫び声が家の中にこだました。
「お母さん!? どうしたの急に!」
私が慌ててお母さんの部屋に入ると、彼女は5万円を握り締めていた。そして5万円に「ほおずり」をしていたり「なめまわして」いた。
……小学生の私から見ても、到底マトモな人間のやる事ではない。
その目は血走った上でのガンギマリ。彼女の娘である私じゃなくても、誰がどう見ても「異常」と言えるものだ。
「あむちゃん……もうだめ。お母さんおかしくなりそう。5万円あったら何が買えるのかが楽しすぎて夜も眠れないの。
お札に『ほおずり』したり『なめまわして』もゼンゼン我慢できない」
「!? そ、そんなの汚いでしょ!?」
「あああああああ!! もうダメ!! 我慢できない!!」
お母さんは一瞬時計を見て午前5時になった、つまりコンビニがオープンする時刻なのを確認するとそう叫ぶなり電気やガスといった公共料金や、税金の納付書を持ってコンビニめがけて突っ走った。
何するか分からず心配で私もついていく事にしたが、コンビニで公共料金や税金の支払いをしているようだった。
お金を払ってる間のお母さんは神様と一体化しているかのように満たされ「ゲダツ」したかのような、至福の表情だった。
少なくても、本人が言うには「お金の事が頭から離れなくて、ほおずりしてもなめまわしても使いたい衝動が抑えきれずに、夜眠る事さえ出来ない」と言ってた時とは、まるで別人の顔つきだった。
スマホの顔認証システムでも同一人物として認識できないと思う。それ位表情に落差があった。一番近くで彼女を見ている娘の私でさえそうなのだから、誰が見てもそうに違いない。
「お早う。お母さん何か騒いでなかったか?」
「あなた、ごめんなさい。宮本さんから5万円を受け取った事で興奮して夜も眠れなかったの。結局お金は後回しにしていた公共料金に使っちゃった」
「!! お前! 宮本さんから使うなって言ってたじゃないか! そんな事も守れなかったのか!?」
「うん、守れなかった。お金を持ってると、どうしても使いたくなっちゃうの。自分でも抑えきれない」
「……」
誰もが起き始める時間帯になって宮本さんに電話し、自宅に呼んでお母さんの出来事を話してみたのだが、彼は重い顔をして唸っていた。
「申し訳ありません、宮本さん。あなたのお金を使ってしまいました」
「良いんですよ、そのお金は戻って来ないのを前提としていましたから。でも残ってる分は返してもらいましょうか?」
「……」
お父さんはもらったお金をそのまま、お母さんは残りのお金を宮本さんに渡した。他人のお金を使ったことに罪悪感は感じているようだったのは救いだ。
これが他人のお金を使っても悪びれる様子も無かったらどうしよう、って思ってたけど。
「……病気ですな」
宮本さんはお金を受け取った後、お母さんに対してその一言を出した。
「「「!? ビョ、ビョーキ!?」」」
私たち3人はほぼ同時に同じセリフが出た。
「ええ『病気』です。普通の人間は宝くじで1等を当ててもぐっすり眠れるものです。
あまりにもお金を使いたくて夜も眠れないとか、ましてや『ほおずり』をしたり『なめまわして』気持ちを抑えようだなんて思いません。
そこまでしても使わずにはいられないのなら『病気』です。決して罵倒しているわけではありません。精神的な病に侵されているからそれを治療するのが先決です」
「で、でも私はそこまで酷くは……」
お母さんは「あなたは病気です」と診断されたことに反論するが……
「この際ですからハッキリと申し上げます、あなたはそこまで酷いんです。医者の診断を受けて投薬やカウンセリングによる治療が必要な位酷いんですよ、あなたは。
お金を使いたい欲を抑えるためにお札に『ほおずり』をしたり『なめまわす』のはハッキリと申し上げて『異常』な事です」
宮本さんはハッキリと、お母さんは「異常で病気だ」と断言していた。
「宮本さん。病気って事は……家内は治るんですか?」
「岩田さん、安心してください。おっしゃる通り病気でしたら適切な治療を行えば治ります。ところで奥さん『買い物依存症』っていう病気を知ってますか?」
「名前だけは知ってますけど……」
「もし私が医者で、あなたに病名を下すのならそれを付けますね。買い物したくて、お金を使いたくて自分自身をコントロールできないのなら紛れもない病気です。
良い心療内科医を紹介しますのでそちらで治療を受けてください。当面の間の医療費は領収書さえ見せてくれれば私が払います」
「宮本さん、ありがとうございます」
お父さんは宮本さんの申し出にあっさりとOKを出した。あれ……? お父さんが「がん」になった時にはあんなに嫌がってたのにおかしいな……。
「お父さん、確かお金持ちに助けてもらうってあれだけ嫌がってたじゃない。どうしたの?」
「あれはオレに限った話だ。母さんが苦しんでいるのなら話は別だ」
ふ~ん、なんだ。あれだけお金の事でケンカしてるのに、やっぱり大事に思ってる所はあるんだ。夫婦ってよくわかんないけど、いいとこあるじゃん。
「ところで宮本さん、何でまたそこまでオレ達に関わるわけなんですか? オレ達があむの親だからですか?」
「それもありますが、貧困を救うには貧困の連鎖を断ち切らなくてはいけない。っていうのを痛感したからなんですよ。
子供が貧困ならその親もまた貧困に苦しんでいますから、親の教育こそが子供の貧困対策だ。というのを検証したいんですよ」
「ふーん。なるほどね」
宮本さんも宮本さんで何か考えてるみたい。
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