第11話 金持ちの気まぐれ
「お父さん! 何言ってるの? 何を言ってるの!?」
手術費用は受け取りたくない。命に関わる事なのにそんな事を言うお父さんが信じられなかった。治療しないと死んじゃうのに!?
「お父さん! 手術を受けないと死んじゃうんでしょ!? だったら何でお金が要らないとか言えるの!?」
「普段お父さんとお母さんはあれだけカネの有る無しでケンカしてるんだろ? それが無くなりゃ良い事じゃねえか。
それにあむ。お前にとってお父さんは酒飲んでテレビやお母さんに八つ当たりしてるだけのカスじゃねえか。そんな奴がくたばってくれれば清々するんじゃないのか?」
「お父さん! バカな事言わないで! そりゃ私はお父さんは大嫌いだけど死んじゃイヤだし、助けられなかった事をずっと後悔する! だから手術受けてよ!」
必死だ。私は必死でお父さんを説得するが……
「オレはなぁ、金持ちが大ッッッッッ嫌いなんだよ! 額に汗を流さずに『シサンウンヨー』だとか言う卑怯な手段でカネを増やして遊んで暮らしてるんだ。
そんな奴の靴を舐めて命乞いする位なら、死んだ方がマシなんだよ! オレは命を賭けて金持ちに逆らってやる!」
……何を言ってるんだこの人は。そりゃ昔からお父さんはお金持ちを嫌ってたけど、だからと言ってそれを自分の命よりも優先させるだなんて!
今度はお母さんだ。
「お父さん。あむと同じような事言うけど、私にとってもお父さんはあまり良い人だとは思えない。でも死んで良いとは絶対に思わない!
それにお父さんはあむの父親じゃない! あむはまだ10歳よ!? 今のあむにとってお父さんが死んじゃうのはとんでもないショックな事だわ!
生きて! 命乞いしてもいい! 靴舐めてでも生きて!」
「何だとぉ!? テメェはオレに毎日毎日『私はお金持ち様の気まぐれで生かさせていただいている身です』って宣言しろって言いたいのか!?
そんな侮辱に耐えろというのか!? ふざけんじゃねえぞ! そんなことしたら『死にながら生きる』ようなものじゃないか!
ただ生きてるだけで死んだも同然だ! そんなのとてもじゃないが耐えられん!」
……正直、お父さんは頭が悪いとは思ってたけど、ここまでバカだとは思わなかった。がんで生きる死ぬの話をしているのに、出て来るのは自分の「プライド」や「尊厳」ばかり。
この人にとって私やお母さんの事などどうでもいいのか!? 腹の中でグツグツと怒りが煮立ってきているのを感じていた、その時だ。
「……私は10歳の頃、父親をがんで亡くしてるんですよ」
「!?」
宮本さんが口を開いた。
「私は10歳の頃に、父親をがんで亡くしているんです。それこそあむちゃんと同じ頃ですよ。当時は家が貧乏でお金が無かったから、父親を諦めるしかなかったんですよ。
そのつらい思いをあむちゃんにして欲しくないですし、岩田さんにはこんな事言ったら私のエゴに聞こえるかもしれませんが『また救えなかった』って後悔するんです!
だから生きてください! 生きて良いんですあなたは!」
「……」
宮本さんの話を聞いてお父さんは少し冷静になったみたい。落ち着いてきているように見えた。
「……オレが死んだらどうなる?」
「まず間違いなくあなたの奥さんと娘さんは更に貧困で苦しむことになるはずです。子ども食堂に毎日行かなくては食事に困る程貧しくなるかもしれません。
それに、いくら仲が悪いとはいえあなたは1人娘の父親です。父親を亡くすというのは子供にとってどれだけ仲が悪かったとしても受け入れがたい物でしょう。
少なくとも『死んでよかった』とは思えないはずです。子供にとって親というのはそういう存在です」
「……」
それを聞くとお父さんは黙った。大きく息を吸い、吐くのを3回繰り返した後、宮本さんに声をかけた。その口調はだいぶ穏やかなもので、金持ちに対する憎悪は薄らいでいた。
「……宮本さん」
お父さんは初めて宮本さんの事をそう呼んだ。
「宮本さん、アンタはなぜそこまでしてオレの事を助けようとするんだ? そういう仕事じゃないんだろ? オレみたいな底辺1人助けた所でカネにもならないのに」
「理由は2つあります。1つはあなたがあむちゃんの父親だからです。子供の頃に父親を亡くすというのは、どれ程酷い父親だったとしてもまだ幼い子供にとってはショックな物です。
あともう1つは『人助けをするのに特に理由なんて無い』というのがありますね」
「オレの命はオレだけのものではない、っていうのは分かった。でも金持ちの加護を受けるのはどうしても気に障って無理だ。男にはプライドってもんがある」
「そうですか。岩田さん、あなたの言いたいことは良く分かりました。では助成制度をお伝えしましょう。まずは『高額医療費制度』はご存じですか?」
「?? こ、こうがく……? 何だそれ?」
私も初めて聞く。こうがく……? 何だろう。
「『高額医療費制度』と言って、医療費を一定額以上支払った時に一定の上限が定められていて、申請すればお金が戻って来るんですよ」
「!? 何だって!? そんな制度あったのか!?」
「ええまぁ。他にも『傷病手当金』という助成制度があります。これを使えば私のお金に頼ることなく治療を受けられるでしょう」
「……」
お父さんはまた黙る。今度は右の手のひらを額に当てている……考え事をしているみたい。
しばらくして……
「分かった、それで行こう。助成制度を使ってカネに関しては何とかしよう」
「ありがとうございます」
「お父さん! やった! お父さん助かった!」
随分こじれたけど、これでやっとお父さんが手術を受けられるようになった!
「親ガチャ」ではハズレだけど、やっぱりお父さんは私のお父さんで、死んでほしくはない人だ。お母さんやお父さんと、命が助かったと抱き合って喜びを分かち合うなんて、夢みたいだ。
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