魔法陣と聖女
テオドール殿下の研究発表に適当な相槌を打ちながら、私は全然別のことが気にかかっていた。
迷子の手助けをしたとき、ヴィクスも列を離れていた。あの子なら声をかけに行ってもそれほどおかしくはないのだけど、私が先に声をかけたからって植え込みに隠れるようなことはしないはずなのよね。
列に戻るか、一緒に声をかけに来るだろうと思ったら、まるで私から逃げるように植え込みの中に隠れてしまって驚いた。
あの女生徒が、何かしたわけでもないでしょうに。迷っていただけですぐに戻って行った。今日入学したもの同士で面識もないはず。
「どうしたの、シャーロット難しい顔をしているね」
「失礼しましたわ。殿下の着眼点は素晴らしいと思っておりましたの」
「そう? どこか気になるところはある? シャーロットならこれをどう運用するか聞いてもいい?」
「そうですわね」
問いかけられたので、殿下のノートをしっかり読み返す。この理論は覚えがあるわね。『過去』で。あれは、魔導宮で生み出された魔法陣だったと思うけれど。
「これを、個人ではなくてもっと大きな、例えば建物全体に適用できる方法があれば、国民の役に立つと思いませんか? 例えば、集会所などを簡易の診療所とした際の汚染防止として使えると思いますわ。対象を選べるのなら、汚染された水を見分ける方法にも」
「建物に、ってことか。そうするにはちょっと魔力消費が大きすぎるもんね」
頷いて、テオドール殿下はノートに描かれた魔法陣の設計図を見返し始める。
省力回路は、確か結構簡単に設計できたと聞いた覚えがあるわ。自力でこれを編み出した殿下なら、すぐに気がつくんじゃないかしら。確か、魔導宮に入ったばかりの新人が、共同研究に参加してすぐに気がついたという話だったもの。
「……あ」
新人、魔力量が多くて、聖女を務めながら、魔導宮殿に入った。
脳裏に、午前中に会話したプラチナブロンドの彼女が過ぎる。戻ってくる前に何度も私の邪魔をしてきた、あの子。邪魔をしているつもりなんてなかったのは、今の私だからわかることだと理解できるけれど。
そうだ、あの子の功績になるはずの魔法陣。もうほとんど殿下が完成させてしまっている。私の記憶とは——今だって夢だと思いたいあの記憶とは——違う。
あの時とは違う、ということには安心したいのに。彼女の功績が失われてしまうかもしれないということに罪悪感がある。
私は、これを完成させたのがあの子だって知っているのに、黙っていていいのかしら?
でも、あの子は普通級の生徒だったわ。今この理論を見せても、理解できなければ完成は遅くなってしまうだけ……。
そもそも、これは魔導宮殿で開発される予定のもの、どうして殿下がこんなに早く開発してしまったのかしら。あの時と、何が違うのかしら。
「どうかした?」
テオドール殿下が不思議そうに私を覗き込んでいる。不審に思われてしまったかしら。細部は覚えていないけれど、省力回路が作れそうな場所は目星がついた。でも、それを伝えてしまったら、聖女の功績を奪ってしまうわ。
「なんでもありませんわ。でもそうですね、私の研究の方も助言をいただけたらと思いまして」
殿下の前に、私のノートも広げてみせる。殿下が医療衛生関係の魔法陣を研究しているから、私は土壌改善や疫病の防除を考えて研究している魔法陣のページを開いた。
「これは土、を、あぁ、連作障害を起こしにくくするんだ。でも、これは休耕地を……ああそういうことか」
「魔法陣を読んだだけで理解してくださるなんて、殿下くらいですわね」
「シャーロットの方も同じ課題に悩んでるってことかな」
「ええ」
休耕地を効率的に回復させる魔法陣。これも、範囲が広くなるほど消費する魔力が大きくなってしまって実用的ではない。
おまけに周囲の土壌の栄養を損なってしまう恐れもある。それでは本末転倒なのよね。
「じゃあ、どっちが先に実地試験に辿り着けるか、勝負にしない?」
「殿下は、本当に競争がお好きでいらっしゃいますわ。ですが、成果をあせることはよくないとお思いませんか?」
「競い甲斐のある相手がいるからだよ。君なら、僕が失敗したって笑ってくれるだろうと思えるからね」
そうやって、私にばかり構うから、私が殿下の婚約者だとおもわれてしまうというのに。私は、卒業したら首都を出て領地へ行くつもりなのだから、ちゃんと相手を見つけてくださいと何度お願いしてもこの態度。いい加減腹がたってしまいそう。
私は、革命を起こされたことに絶望して私より先に自害してしまったような男はごめんなのよ。革命軍には私の罪の一つに数えられてしまったけれど、あれはあなたが勝手に起こしたことだったんだから。
あの頃の私もあなたも、こんな研究見向きもしなかった。あなたはただ、いつも憂鬱そうに自分しか継承者がいなかったということを嘆きながら、仕事をこなしていた。私は、貧しい人たちのためになると信じて、炊き出しや長屋を立てるのに忙しかったわね。そんなもの、何の役にも立たなかったのに。
今こうして、ともに研鑽できることはとても楽しいけれどそれはそれだわ。
私は、今度はあなたの妻にはならない。静かに生きていくって決めたの。
それに、今は魔法陣研究よりも考えたいことがある。
ヴィトリークの様子がおかしいこと。
あの子、聖女に何か気になることがあったのかしら? まさか、一目惚れでもしたのかしら。声をかけに行ったはずなのに隠れてしまうなんて。
「可愛いじゃない」
あの子の初恋が、聖女だなんて悪くないわ。昔の聖女は魔導宮殿と神殿を行き来するたけで革命が起きるまでは政治に興味なんかなかったそうだから。ぼんやりしたあの子も聖女となら穏やかに生きていけるんじゃないかしら?
別にこの国の聖女が皇家に入らなきゃいけないなんて決まりはない。
まだ、初恋と決まったわけじゃない。でも、あの子もかなりの魔力を持っている、お父様と同じ銀髪なのだから。聖女の騎士になることだって、できるわ。




