入学式
「キョロキョロするな。落ち着きがないと思われるぞ」
入学式会場に、新入生として並び辺りを見回していた僕をジュノが叱る。
姉上と同い年のジュノが入学したのは中等クラスだそうだ。
「ジュノもプラチナ級だったんだね。いつそんなに勉強してたの」
「特待生を取ろうと思ったんだけどな、流石にそこまでは間に合わなかった」
プラチナ級の制服に浮かれた様子もない。うーん、頭がいい自覚があるタイプ。
在校生の列に姉上の姿だけ確認して、僕も自分の席に向かう。
学年代表挨拶、みたいなものはないらしい。プラチナ級中等クラス代表として姉上が出席しているのと同様に他の学年もクラス代表だけ、という感じ。
自分の名前のカードを置かれた席に着くと、隣にジュノが座る。
「誰か、探しているのか」
「え、ええっと。そういうわけでもないんだけど」
「物珍しかっただけか」
小さな声でジュノがそう確認して、そのまま視線を前に戻す。新入生たちが落ち着くのを待って、式が開始される。
この中のどこかに、ヒロインがいるはずなんだけどなぁ。
金髪だったか銀髪だったかがイマイチ記憶にないんだよねぇ。
魔力の高い髪色をしてることは確かなんだけどなぁ。
見まわした限り、流石にプラチナ級の生徒には金髪が多い。でも、銀髪は、僕とジュノが並んでいるだけかな。結構注目を集めている。
ぼんやりしているうちに、挨拶やら激励やらは終わったらしい。
先生に促されて新入生は教室へ向かう。中等部からの新入生は通常ここから別棟に向かうようだ。
「ジュノは、行かなくていいの?」
「俺はプラチナ級だぞ。校舎は一緒だ」
「あ、そうだった」
「俺が何のためにプラチナ級入学を勝ち取ったと思ってるんだ」
「……僕のためなの?」
「ああ」
父上やメイドたちにはものすごく丁寧な言葉遣いなのに、ジュノは僕と二人きりでいる時だけは、あの小部屋にいた時と同じように喋る。
「大変じゃなかった?」
「……そうでも、ない」
5年もごろつきに囚われていたのに。元から頭のいい人って、すごいなぁ。
「学校内でも移動する時は、必ず俺を呼べ。俺はそのためにいるんだから」
「で……わかった」
でも、それはジュノが大変ではないかと言いそうになって、それも従者のお仕事なんだったと頷く。僕がローレンツの遊び相手でいるのとは、違うんだ。ジュノは、お仕事の一つとして僕の従者になってる。
僕たちが先導されながら教室に向かっている最中、中庭のあたりに白っぽい金髪がチラッと見えた。
ハーフアップの三つ編み。襟に銀の刺繍のない、普通級の制服。ああ、普通級はセーラー型なんだ。そういえばヒロインの衣装はセーラー服バージョンもあったな。
「ジュノ、あの子迷子かな」
「は? 校内迷子くらいほっとけ。式典終わりなんだから教師がいるだろ」
「でも、この先はプラチナ級の校舎と修練場だよ」
入学のしおりに描かれた学内の見取り図からすると、普通級の校舎はもっと手前だ。
先を歩く姉上が、先導する先生に何か話してさっと列を離れる。
「あ、姉上」
思わず僕もその後を追う。
「あなた、新入生ね」
その言葉に咄嗟に僕は植え込みの中に隠れる。
入学式が終わり、『教室に向かう』ではなく『探索する』を選ぶと出てくるスチルの場面だ。
「こんなところで何をしているの。あなたの教室はこっちにはないわよ」
高圧的なシャーロットの言葉。シナリオ通り。このままなら、シャーロットが迷ったヒロインをバカにして……。
「戻りなさい。オリエンテーションが始まってしまうわ。普通級の校舎は戻って左に曲がった先よ」
姉上はヒロインを促して、待っていた教師の方を示す。
「入学案内に書かれていたクラスの番号は覚えているかしら? 教師に伝えれば正しいクラスまで連れて行ってもらえるはずよ」
「あ……ありがとうございます!」
感激した様子でヒロインが頭を下げ、教師の元へ走っていく
シャーロットもその後を追って、廊下に戻る。
そして、こちらを振り向いた。
「何してるの、来なさい。オリエンテーションが始まるわよ」
「は、はい」
「それから、ジュノだったかしら? こういうときに付いてきちゃダメよ、何やってるの。一緒になって抜け出すんじゃなくて、止めなさい」
「……申し訳ありません、お嬢様」
「あなたは私の従者ではないんだからへりくだる必要はないわ。でも、次からはちゃんとヴィクスを止めないと怒るわよ」
スタスタと早足で教室に向かいながら、姉はジュノと僕を叱る。
「どこでつけいられるかわからない、そういう世界に私たちは進まなきゃいけないの。周りと違うことをしたら、どう受け取られるかまで考えて行動することを覚えておきなさい」
神妙な顔で、ジュノが僕の方を見つめた。大丈夫だよ、僕はなるべくそういう政治みたいなものには近づきたくない方だから。
「承知しました、ご指導をありがとうございます」
何を考えたのか、ジュノは姉上に頭を下げてから教室に僕を促した。
「まずは、学校内、ということだな」
「……何が、まずはなの」
「気にしなくていい」
僕はシャーロットがヒロインをバカにするイベントが消えてしまったことが若干気に掛かっているんだけど。ジュノがもうここにいるってことが既にシナリオ的にはおかしなことなので、どうしたものか。
オリエンテーションは普通のことばかりだった。自己紹介とか、在校生は専攻を紹介してみたりとか。姉上とテオドール殿下は新入生にもものすごくキラキラした目で見られていたけれど。
その弟と紹介された僕の身にもなって欲しかった。
「アルセン君、銀髪なんだね」
「ああ、父譲りで」
「きっと魔法の成績はいいんだろうな」
「僕はまだ、そんなに魔法を使えないんですよ。姉とは違って……」
大体みんなその辺りで『期待したほどじゃなさそうだな』みたいな顔になるんだから。
中等部プラチナ級入学の子の中に、ちゃんとサブヒロインの姿を見つけて安心していたのに。僕に群がる新入生や上級生の姿で教室内がちゃんと見えない。
そろそろ二、三回話しかけにきた子の顔くらいは覚えてしまった。それが狙いなら、大したものだけど僕は辟易している。
「ジュノ、帰ろうか」
「ダメですよ、迎えがまだ来てません」
「え、でもオリエンテーションは終わったんだから、今日は終わりじゃないの?」
「いま外に出たらクラブ活動に委員会活動に、学外クラブの勧誘の海ですけど?」
窓の方をチラッと確認したジュノが、教室を離れたいのならと僕のカバンを持って道を開いた。腕を取られた僕が連れていかれたのは、サンルームのような小さめの応接室だった。
「やぁ、大人気の新入生君」
テオドール殿下が、ソファで笑っている。
いつの間に教室を離れたのか。
「助けてくださってありがとうございます」
ジュノが頭を下げて、テオドール殿下は気にするなと笑う。
「僕たちにはもう馴染みの光景だけど、ヴィトリークにはまだ大変だろうからね」
「すぐに寄ってこなくなるわ。それまでの辛抱ってことよ」
サロンの扉を閉めて、姉上がため息をつく。物珍しいだけか、あわよくば利用できないかを企んでいるだけだと。
「あぁ、シャーロット、もう少し扉は開けておいていいよ」
「……?」
テオドール殿下の言葉に、ジュノが扉に向かう。その扉が、ガタンと強く揺れた。
「兄上! 僕です」
「あら、そういうこと」
ジュノが鍵を開ければ、ローレンツが安心した顔で入ってくる。
「鍵をかけるなんて、何事かと思いましたよ」
「ヴィトリークを珍しがって、追ってくる子がいたらいけないと思ってね」
「ごめんなさい、鍵を閉めたのは私なの」
「ヴィトリークは、そんなに人気だったんですか」
「そりゃぁ、シャーロットの弟だからね」
僕のため、と聞いて一応納得した様子を見せたローレンツは僕が囲まれていた話を聞いてまた不満顔になった。
「僕だって、次の試験でプラチナ級に転入できます。そうしたら、僕がそばにいればいい」
「ローレンツが一緒にいてくれるのは、嬉しいですね。今はジュノが頑張ってくれてるんですよ」
「ジュノ? ヴィトリークの、従僕?」
「ううん、ペイジ。将来僕の部下になる予定って聞いてます」
一言も発さずに壁際に控えていたジュノをソファのそばに呼ぶ。そこは使用人が控える場所だったはず。殿下たちと一緒に座ることはできないけど、壁際に立ちっぱなしじゃなくてもいい。
「ヴィクス、あなた……殿下になんて言葉遣いを」
「いいんだよ、シャーロット。僕がそうさせてるんだ」
「ですが、殿下」
「いいね、僕も頼もうかな。どうかな、シャーロット」
「いけませんわ、臣下たるもの礼節を弁えるべきです」
「ヴィトリークは気にしなくていいからね。僕が頼んでそうしてもらってるんだから」
呆れた顔の姉上にニコニコとそれを無視するローレンツ。
その様子に、テオドール殿下は笑みを深めている。
「さ、外が落ち着くまではしばらくここで歓談していようか」




