僕の、従者
「どうかなぁ」
「よくお似合いですよ」
制服に袖を通して、くるっと回って見せる。
襟に銀糸の縁取りと刺繍の入った、黒の制服。
ブレザータイプを着るのは実は初めてだ。
前はずっと学ランの学校だったからな。
「プラチナ級合格おめでとう」
「……えっ?」
「襟に刺繍が入るのは、プラチナ級の制服なのよ」
紅茶を飲みながら姉上が教えてくれる。
「刺繍が、ないのが普通ってこと?」
「いいえ? そもそも制服のデザインが違うわよ」
これ、プラチナ級から落ちたら……制服ごと作り直す……の?
勉強……しまくらないといけない。
ヒロインに頑張って欲しかったのに、僕まで勉強漬けの日々がやってくる予感がする。
こんなお高そうな生地に刺繍の入った制服を作り直さないといけないなんて。
「あなたがプラチナ級に入ることがわかって安心したわ。頑張っていたものね。何かあったら私が助けてあげるから、すぐに教えなさい」
「僕だって頑張れますよ、心配しなくても」
姉上は真剣な顔で言うけれど、そんなに心配されるほど僕も弱くはないと思うんだ。剣の授業だって結構木剣も重くなってるし。
「いじめられたら、すぐに教えなさい」
ある、よねぇ。いじめも。何せシャーロットがいじめてたくらいだから。僕のこともそうだし、ゲーム内ではヒロインをさんざんいじめていたし。
「大丈夫ですよ。僕はそんなに目立つことをしたいとは思いませんから」
「目立つからいじめられるというわけじゃないわ。成績が良くても、魔法がみんなより早くから使えるだけでも、本を読むのが好きなだけでも、理由なんてなんでもいいのよ」
冷たい目をした姉上は、静かに紅茶の水面を眺めている。
「あなたは優しい子だから、侮られることになったら、すぐよ」
心当たりがないわけじゃない。僕が俺だった頃、そして俺が今くらいの歳だった頃。
みんなより少し、文字を読むのが遅かった。それだけで揶揄われ、馬鹿にされてきた。
「そう……ですね。気をつけます」
暗い記憶を思い出してしまった。軽く微笑んで姉上に頷いて見せる。
姉上も頷いて、父上にチラッと目配せをした。
頷いた父上から呼ばれ僕はそちらに向かう。応接室の隣の、サロンへ。
「まずは、挨拶かな」
そこにはアニーが待っていた。
その顔を見て、胸が締め付けられるように寂しさが押し寄せてくる。アニーと、お別れの日が来たんだ。
「ヴィトリーク様、立派になられましたね」
微笑んだアニーが、そっと僕を抱きしめてくれる。
「うん、ありがとう。今日で、アニーとはお別れなのかな」
「お別れというわけではありませんわ。リュート様のおそばにつくことになりますが、屋敷にはおりますから」
「うん、わかってる。でも、もうなんでもアニーにお願いするわけにはいかないんだね」
「これから、別のものがヴィトリーク様のおそばにつきます。生涯を通して、ヴィトリーク様を支えてくれるはずです」
父上に目を移せば、父上が頷いた。
「入りなさい」
父上が廊下に声をかけて、扉が開く。
「ジュノ……?」
「ジュノ・テベルス、参りました」
「ヴィトリークのペイジだよ。共に過ごすことになる」
ま、待って!! ジュノは……攻略対象の中だと『魔導宮の主』として出てくるキャラなんだけど? 中盤の魔導宮に協力を仰ぐことができるレベルまで来ないと出てこないのに!?
それにいまのジュノは男爵家の後継者……それが僕の、従者!?
いいんだっけ? それ。テベルス男爵家がウチの下に入るってことにならない?
「部屋には従僕を増やしておいたからね。専任のメイドも。挨拶をしておきなさい」
「ち、ちちうえ……あの、いっぺんに変わりすぎて……頭がパンクしそう」
あまりに唐突に降ってきた責任に泡を食って助けを求める。
「大丈夫。少しずつ、習いなさい。わからなければ聞きにくればいい。エドワードに聞いても教えてくれるだろうからね」
父上の言葉に、エドワードも静かに頭を下げる。
が、がんばるぞー……。
「ジュノは、魔法の勉強をしに行くでしょ? 学校には?」
「ジュノに専門的に魔法を習わせたいのかい、それもいいね」
「えっ?」
「彼をどう育てるかも、すべてヴィクスが決めるんだよ」
「で、でも、僕だって学校に通い始めるところなのに……ジュノの方が年上で、魔法だって上手で……」
「……じゃあ、しばらくはお父さんが代わろうね。方針はヴィクスと相談して決める。それでいいかな?」
「う……うん」
ちゃんと助けてもらえるようで、とりあえず落ち着くことはできた。
「よろしくお願いします」
僕の前に跪いたジュノに立っていいと伝えてから、僕は久しぶりに会った彼に握手を求める。
「これから、よろしくお願いします」
頷いた彼は、あの時よりずっと穏やかな顔をしている。父上の方に向き直ってから、ありがとうございますと頭を下げた。
「父のことも、ご配慮いただいたと聞いております」
「それは陛下のご意向があったからだね。こちらが何かできるとしたら、これからだよ」
「ジュノのお家は、何があったんですか?」
「そうだね。簡単にいうとテベルス領を、アルセン領に組み込むことになったんだ」
「ジュノのお家は、領主じゃなくなったってこと?」
「そう、テベルス地域はそのままジュノの家に任せるよ。だけど監督する家が皇家ではなくてウチになった、って形」
父上の説明の間も、ジュノは黙って立っている。
跡取りじゃ、なくなったってことなのかな。でも、テベルスの管理をするのは変わらないんだよね?
「ジュノがヴィクスのペイジになれたのは、テベルス領がウチの管轄になったからだね」
流石に皇帝陛下に断りもなく他領の跡取りをペイジにつけることはしないと父上は笑っている。
「それに、ジュノはヴィクスと一緒に学校に通うために試験も受けたんだよ」
「支援をいただいたこと、感謝しています」
「うん。いい成績を取ってくれて、鼻が高いね」
父上が微笑んで、さあ、と促す。
「入学式まではもう少ししかないよ。まずは従僕とメイドたちに挨拶をしておいで」




